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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
間奏 小夜曲 冒険者アルクネメ
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第8話

 その無機質な会議場には、すでに3人の賢者がいた。


 中央にクワイヨン国「バベルの塔」臨時代表「スサノオ」、向かって右側にアルクネメは初めて会う「ランスロット」、左側には一番の顔見知りである、少女の姿をした「サルトル」が座していた。


 バンスも何とか体調が戻り、今は中央の席についていた。

 それをチームリーダーであるダダラフィンが気遣う。

 そのダダラフィンの横にヤコブシン、バンスの横にアルクネメが座っている。


「久しぶり、と言っておこうか。この「バベルの塔」と君たちが呼ぶ組織の臨時の代表を務めている「スサノオ」だ。「天の恵み」回収作戦時以来だと思うが。」


 代表の「スサノオ」が話し始めた。


「そんな挨拶は時間の無駄だろう。それよりも、早速本題に入ろう。まず、何故アルクネメを殺そうとするのか?この嬢ちゃんはクワイヨンにも、あんたら「バベルの塔」の住人にとっても恩義ある人物ではないのか?」


 ダダラフィンが挨拶抜きに、いまにも飛び掛かろうとしている感で、スサノオにかみついた。


「どこかで意思伝達の齟齬があるようだな。我々はアルクネメ卿を殺そうとしたことは一度もないよ。」

「実際、お前らの指示に従って、バンスはアルクネメの命を狙った。だが返り討ちに会い、今ようやく自分の足で立てるようになった。」


 ダダラフィンは何とか怒り狂いそうになる自分の感情を抑制した。


「確かに我々はエンペロギウス卿がアクパという魔導精神生命体に侵食されているようであれば、この「バベルの塔」に連絡を入れ、無力化を試みてほしいという依頼はしている。」

「であれば、アルクの暗殺と同じではないか!」


 椅子から立ち上がって、ダダラフィンが抗議した。


「無力化とは殺害という意味ではない。我々としても「魔物」との初めての接触だ。単純に抹殺できる事柄ではない。このことについては、かなりの時間を割いてバンス卿と話したと思っていたんだが。」


 スサノオの言葉に、思い当たる節があるように目を伏せた。


「どういった話があったかは俺らではわからん。だが、無力化と言われれば、即抹殺という考えは間違っていないだろう。現に貴様ら「バベルの塔」は「魔物」に対してかなり否定的な立場にあるはずだ。」


 バンスはまだ項垂れるように机に視線を向けている。


 すでに、バンスが思いつめたうえでの今回の行為であるという事は、アルクネメとアクパの共通の認識であった。

 でなければ、あの暗殺を行おうとする前の長時間、防護倉庫の前に佇んでいたことが説明できない。

 バンスが扉を開けて催眠性ガスを入れる前から、その躊躇する想いが二人にはわかっていた。

 だからこそ、催涙性ガスは無効化し、バンスが入って来るのを待っていたのだ。


「君たちも「サルトル」から聞いていたと思うが、あの「魔物」に関しては、発生に於いて我々にも責任の一端がある。この「バベルの塔」と呼ばれる構造物がその象徴のように思われているが、我々は「魔物」を駆逐することが存在理由だ。だが、ここにきて事態が急速に変わった。」

「ああ、何言ってやがる。お前たちがアルクを殺そうとしたことに変わりはねえだろうが!」

「ちょ、ちょっと、ダダラフィンの旦那。もうちょっと落ち着いてくれよ。あちらさんは俺たちが知らなくていいことを、わざわざ説明しようとしてるんだから。」

「わ、わかってるよ、ヤコブシン。ちょっと、あいつらの高慢ちきな態度にムカついただけだ。」

「口、悪いっすよ、旦那。」


 ふん、と言って席に座りなおした。


「まず、エンペロギウス卿の中の魔導精神生命体、そんな呼び方を我々はしているんだが、アクパ殿の存在だ。別にアクパ殿が「魔物」の代表だと思ってはいないが、その「魔物」の立場のモノと意思疎通できることは我々にとって様々な情報を得るチャンスなんだ。さらに「敵」、エンペロギウス卿のチームのオービット卿の言葉を借りるなら「少年のような悪魔」という者たち。複数形を使わせてもらったのは、個体で対処できることではないと我々は考えているからだ。その「敵」が、明らかにアクパ殿のツインネック・モンストラムや、他の「魔物」を操っていた。これは大きなことだ。いまだそのような術を我々は持っていない。」

「確かに、今までと状況が変わったことは理解できた。だが、人類の敵になった時、アルクの力が大きすぎて対応が出来ない。だから殺せと。」

「これは重要なので訂正させてもらうよ。あくまでも無力化だ。エンペロギウス卿の意識が完全に破綻し、暴走した、という事ならば無力化=殺害の図式は成り立つ。だが、エンペロギウス卿の自意識がその肉体を完全に制御している状態ではその公式はなりたたない。」

「どういう意味だ?」

「話し合うことが出来る、という事だ。エンペロギウス卿もそのことは解ってくれると思う。」


 急に「スサノオ」が視線をアルクネメに向けた。


「君はアクパをその体に置いた。君が思う思わないに関わらず、アクパは君の影響下にあった。もともと「魔物」としての記憶、操られたものの記憶があるが、それを言語化できるまでには至らなかった。だが、あの「テレム」の過剰爆発の白い世界で、君たちは意思疎通を果たし、さらに君は彼をその体内に宿した。その後はアクパ自身がエンペロギウス卿の考え方、理念、感情、知識を吸収した。その結果、我々とも意思疎通の機会を得るに至った。この考えに間違いはあるか、アクパ殿。」

(概ねその通りだ、賢者「スサノオ」。ただ、私が支配された2人の人物には、君たち賢者と同じ匂いがする。これは偶然か?)


 やはり、アクパは他の人との思念のやり取りができるのか。


 アルクネメは自分の中から湧き出る思念にそんな感想を抱いていた。


「その問いには、いまだ我々には解答できない。君たちを操ることが出来るだけの技術を持つ存在がいる、という事しか我々にはわからないんだ。だからこそ、アクパ殿。我々はできうることなら、君とは協力関係、いやそこまで行かなくとも、対話ができる状況は維持したい。」


 賢者の中でも「スサノオ」は尊大なイメージがある。

 それはこの国での「バベルの塔」の正式な代表が現在不在という事が影響しているという事は、バンスから暗に示唆されていた。

 この話し合いでも代表として発言していた。

 最初に顔合わせの時にも「臨時代表」という肩書を示していた。


「では、無力化とは具体的に何を指示してたというんだ。」


 ダダラフィンが「スサノオ」に詰め寄る。


「それは私から説明させてもらいます。」


 10代にしか見えない少女が口を開いた。

 「サルトル」である。


「先に「スサノオ」から説明があったように、我々はアクパ殿とはいい関係というものを築きたい。だが、この「バベルの塔」と呼ばれる場所にいる仲間うちには「魔物」に対する拒否反応の者がいるという事も、いることを覚えておいてほしい。我々の存在理由が「魔物」の駆逐であったためでもある。それでも我々はアクパ殿を通して、お互いに利益のある関係性を求めて生きたい。そこで、アクパ殿を対等に話すべきだと考えるものと、エンペロギウス卿の肉体を乗っ取って、さらなる脅威に発展する可能性を唱えるものが出てきた。その結果、排除するのではなくこの世界に対する脅威にならないように対処するという意味での無力化という意味であったんだ。」

「その説明は、散々受けたよ。」


 顔を伏せていたバンスが「サルトル」の言葉に、口をはさんだ。


 焦燥した顔ではあるが、その瞳は力強く輝いていた。


「自分で、アルクと共に依頼をこなし、旅をした。その最中に、何度も考えたんだ。その無力化の方法を。だが、この二人、アルクとアクパは非常に強大な力を感じ、挫折したと言っていい。」

「その苦悩は、充分に理解しています。我々はある意味、バンス卿のの子供を人質に取っているような形になっていましたから。剣術に関してはバンス卿にアドバンテージがあると考えていました。しかし、魔導力を考えた場合に、1個人で対抗できるものではなかった。だからこそ、バンス卿とアルクネメ卿の間にしっかりとした絆を築き、それをもってアクパ殿の精神との対話を完成させてほしかった。」

「それは、無茶だ。」

「我々も、バンス卿に無理強いをしてしまった。だが、あの時点で「ヒトの魔物化」という異常事態と、アクパ殿の存在が当時の我々に重くのしかかっていました。緊急避難的な意見として、アルクネメ卿の国外への退避、並びにそのアルクネメ卿とアクパ殿の監視、できうることなら人類とアクパ殿の間に信頼関係を築くことをバンス卿に求めてしまった。」


 「サルトル」は済まなそうにバンスを見る。

 バンスも、今は自分の中で整理がついたのか、そんな「サルトル」を見ていた。


「俺は、「バベルの塔」の要求が、アルクがアクパを完全に掌握できているかどうかという事を監視するものと思っていた。アクパが暴走するようなことがあれば、人類に太刀打ちが出来るのか、俺は自信がなかった。そして、サンド・ワームの駆逐の時に、アルクとアクパの姿は、あまりにも強大だった。恐怖したと言っていい。俺は勝てるとは思えなかったが、俺の命を捧げることはは俺の娘、リーノの今後を「バベルの塔」が保証してくれると思ったのだ。」


 バンスの悲痛な顔がダダラフィンとヤコブシンには堪えた。


「現時点で私とアクパの関係は極めて良好です。私やアクパのこの力を利用するということが無ければ人類に敵対することは無いでしょう。「バベルの塔」に限らず、私たちに強要ではなく、依頼するという契約であれば、その時の状況如何ではありますが、協力できることも多少はあるかと考えています。」

(私はアルクの考え方に賛成だ。我々に対して、弱みに付け込むようなことをしなければ、良好な関係を維持できるであろう)


 アクパもまた、アルクネメの考え方に強い同意を示した。


「わかりました。我々クワイヨン国の賢者、およびその関係者は、アルクネメ卿とアクパ殿と関係を維持したい。無理な供与をしないことを誓います。」


 「スサノオ」がそう言い、「ランスロット」と「サルトル」は首肯した。


「では、これで最低限、私たち、アルクネメ・オー・エンペロギウスとアクパはクワイヨン国「バベルの塔」と友好関係を結んだこととします。これは、もしそちら側が不穏な動きをした場合には一方的に破棄し、我々は自らの生存をかけた行動に移ります。このことはよく覚えていてください。」

「了解した。」


 「スサノオ」がそう言って、アルクネメに右手を差し出した。

 一瞬躊躇った後、アルクネメはその右手を握った。


 「スサノオ」との肉体的接触をした時だった。

 アルクメネの心に、非常に多量な情報が飛び込んできた。

 あまりの多さに、アルクメネの周りの世界が歪むように感じた。

 だが、崩れ落ちる寸前に、その情報の受け手をアクパが変わってくれた。


「い、今のは…。」


 何とか言葉を紡いだ。

 そんなアルクネメに「スサノオ」は人の悪い笑顔を見せる。


「今の情報は、今回の友好の印だと思ってくれ。さすがに機密情報までは与えていないが、現時点でアルクネメ卿、そしてアクパ度のには知ってほしい情報だ。但し、くれぐれも他言しないで頂きたい。この国の立場もあるのでね。」


 情報の多さに頭痛が襲って来ていたが、アルクネメは懸命にそれに耐えた。

 自分とアクパにとって、「バベルの塔」との和解は重要な件ではあったが、それだけではなかったためだ。


「今もバンス卿のお子さんはこの「バベルの塔」にいるんですよね?」

「ああ、保護している。高濃度の「テレム」の存在する部屋で元気にしている。実際問題として、その部屋にいる限りは普通の子供と何ら変わりはない。」


 アルクネメの問いに「スサノオ」が応えた。


「これは推測なんですが、普通の子とは明らかに違いますよね、リーノちゃんは?」


 アルクネメの言葉に、問われた「スサノオ」だけではなく、バンスも驚いた。


「普通の子供、じゃないと…。リーノは普通ではないのか?」

「バンス卿。この「バベルの塔」に保護されたのちに、リーノちゃんを見まいに行かれたことはありますか?」

「いや、ないな。この「バベルの塔」から、高濃度「テレム」という環境は通常の人間にはいい環境ではないと言われて…。手紙だけは送っていたが。」


 アルクネメの指摘に、初めて「バベルの塔」に不信を抱き始めたようだ。


「賢者「スサノオ」。バンス卿のお嬢さん。リーノちゃんに直接会わせてください。」


 「スサノオ」だけでなく「ランスロット」も「サルトル」も苦痛にゆがめた顔をアルクネメに向けた。

 しかし彼らには許可を出すしか道はなかったのだ。


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