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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
間奏 小夜曲 冒険者アルクネメ
157/231

第5話

5話程度で終わる筈が倍以上に延長です。

 向かってくるバンスに対し、その剣の直撃を避けるため後方に跳びながら、アルクネメは防護障壁を展開させた。


 その直後、光が弾ける。


 バンスの剣が、アルクネメの防護障壁を破り、そなまま鋭い突きとなってアルクネメの胸部に迫る。


 アルクネメは自分の剣をかろうじて体の前に出すことによってバンスの剣を受け止めた。

 防護障壁を破るために、刃に込められた魔導力は消費され、武具としての剣ではあったが、その衝撃を全て受け止めてしまえば、華奢なアルクの身体に少なくないダメージが残る。

 そのため、剣の傾きを変えつつさらに後方に体を流した。


 バンスの剣の勢いと、自らの脚力で、アルクネメはバンスから距離をとることにかろうじて成功した。


 やはり夕刻のサンド・ワームとの戦いで体力と魔導力、自分の体内に貯めていた「テレム」を使い切っており、生半可な技ではバンスに太刀打ちはできないことを痛感した。


 この点一つとっても、バンスが優秀な剣士であり、戦術家でもあることが窺える。


 今まで二人で行ってきた「魔物」討伐や、貴重な薬草の採取、商人の積み荷を乗せた馬車のキャラバンの護衛などで、その達成率は100%である。

 この事実は、バンスの事前の準備と、実戦でのその環境を生かした作戦の実施がとてつもないレベルのものであった。

 これはアルクネメにとって幸運だった。

 それを吸収したからこそ、今回のサンド・ワームの駆逐に成功したのだ。

 多少の無茶をした自覚はあったが。


 バンスにしても、サンド・ワームの攻撃でかなりの重傷であった。

 それを回復させたのはアルクネメ自身である。

 自分の状態も良いとは言えない中で。


 今の自分には手加減などを行えば、命を奪われる危険性があった。


 だが、どうしてもバンスを恨んだり、殺したいという思いは芽生えてこない。


 バンスと対峙し、この最強とも思える剣士に対しどう戦えばいいのか、考えがまとまらなかった。


 バンスが片手で再度剣を持ち直した。

 と、その剣の周りに、明らかなエネルギー反応をアクパが感じていた。

 その危険な兆候はアルクネメにも瞬時に共用される。


 バンスの突き出す剣の周りから、光弾が一気にアルクネメを襲ってきた。


 その光弾を張りなおした結界が防ぐ。

 ただし、先の障壁に比べるとかなり小さい範囲のみであった。

 そこに光弾が叩き込まれ、アルクネメの視力を奪う。


 白い闇となった視界。

 だがアクパが「敵」の方向を示す。


 白い闇の上方から階段を駆け上がるようにして中空にバンスが現れた。

 障壁の展開は間に合わない。

 アルクネメは剣をアクパの示す方にかかげる。


 衝撃が自分の両腕に直撃した。

 瞬間的に腕が硬直した。


 バンスはアルクネメの剣と激突して、すぐに今度は横から剣が迫ってきた。


 またバックステップを取らされ、徐々にこの野営地の端へと追い詰められていく。


 すでに間一髪でバンスの剣を回避しているが、掠ってはいるため、野戦服が着られ、その下の肌にも切られた跡が出来始めている。


 野戦服の下に、簡易のものではあるが防護用のプロテクターは付けているのだが、そのプロテクタごと、切断されている。


 野営地がある頑丈な土地は砂地から切り立つようになっている。

 そのため、サンド・ワームの討伐において、アルクネメはその巨体をかなり引き上げることになった。


(この崖の下は砂地の吹き溜まりになっている。だが、バンス卿の剣の勢いは衰えていない。あの剣戟をかいくぐることは今の状態だと難しい)


 アルクネメは自分の状況を確認した。


 バンスの猛攻はアルクネメに休む暇を与えはしなかった。


(この下の砂地の奥、「テレム」が溜まっている。試す価値はあるぞ)


 アクパがアルクネメの思考に対して、ある解答をもたらした。


 体力も魔導力も普段の30%と言ったところか。

 体内の「テレム」に至っては、この野営地に「テレム」がほとんど存在しないこともあり、完全に枯渇状態である。

 だがそれは初手に防御障壁を破るために刃に力を集中したバンスも同じはずだった。

 バンスはさらに光弾まで使っている。

 体力的にはバンスがアルクを圧倒しているが、今は自らの剣術のみでアルクネメに対して攻撃をしてきていることからも、間違いはないはずだ。


 追い詰められた崖の下に、大量の「テレム」があるのなら…。


 ついにバンスの剣が、避け切れなかったアルクメネの肩を突いてきた。

 その勢いでアルクネメは足を踏み外し、崖からそのまま落ちてしまった。


「しまった!」


 バンスはこの崖から落とすつもりはなかった。


 アルクネメの身を案じたわけではない。

 この夜で彩られた世界で、眼下の砂地に落ちたアルクネメを探すことが不可能だからである。

 そして、アルクネメがこの程度で死ぬわけがないことも確信していたのだ。


 この崖の下に飛び降りることを考えている時だった。


「バンス!お前、何やってんだ!」


 ダダラフィンの怒声がバンスの耳に届いた。


「大将、か。」

「今、アルクに攻撃して、この崖から叩き落したよな。何考えてんだよ!」

「俺とアルクの話は聞こえていたのか?」

「聞こえるわけないだろうが!だが、お前とアルクの間に何かしらあったことは解った。だが、こんなところから突き落とすなんて…。」

「理由はあとで話す、ダダラフィン。まずこの崖を降りるための装備と、照明を頼む。」

「ああ、そうだな。アルクを助けんと」


 ダダラフィンが慌てて防護倉庫に向かった。


 ダダラフィンがいなくなり、バンスはまた真っ暗で見ることの出来ない崖の下に視線を向けた。


 暗闇でも、赤外線探知用の暗視スコープはサルバシオンから貸与はされていたが、倉庫の中で、今は使えない。


 だが、ほとんど見えないはずの眼下の砂地に、かすかな動きが見て取れた。


 他のサンド・ワームか?


 いや、今の状況でもし他の個体がいたとしても地上に出てくるはずがなかった。

 餌になるような大量の「テレム」はここにはない。

 とすれば…。


 バンスの目にもそれは鮮明に見えた。

 暗闇の中、かすかな月明かりに照らされたそこから、砂が盛り上がり始めている。


 直後、砂が爆発した。


 砂が弾け飛ぶように四散し、この崖の高さを優に超えた砂の中から、ボロボロの野戦服を纏いながらも、天の使いのような神々しい女性が月の輝きをバックに出現した。


 ああ、何と美しいのだろう。


 バンスはその女性と戦闘中であるのにも拘らず、そんな感動を持ってしまっていた。


 既にアルクネメのとった行動の意味が解っていた。

 そう、アルクネメはわざと落ちたのだ。

 そして砂漠の中に潜り、滞留している「テレム」を吸収したのだ。


 純白の翼を纏う戦闘変態形ではなく、通常のアルクネメだったが、先ほどの自分との剣の打ち合いよりも格段に強くなっていることが、その姿からひしひしと伝わってきている。


 もう勝てない。


 それが嫌というほどわかっていたが、もう娘のためという考えは消えていた。


 一人の剣士として生きてきた自分の最高の戦いが今始まることに、歓喜の想いでいっぱいだった。


 天空から迫ってくる脅威。

 その圧倒的な力を感じながら、バンスの心は無風時の水面のように静かであり、冷静にアルクネメの攻撃の筋を読み取る。


 上段に構え当た剣が振り下ろされる。

 その剣戟の周りから同じような空気を切るものが見えた。

 光の刃。

 その数は10を超えている。


 平行にバンスを襲い来る。

 もし逃げるなら後方に移動するところだろう。


 だが、バンスはその場を動かず、自分が両の手で握る剣を振る。


 その剣は光刃を迎え撃つ。

 高速で剣を振りその全てを剣に当て、さらにその「テレム」で形成されたエネルギーの塊を剣に吸収させたのだ。


 アルクネメは冷静に自分の攻撃をすべて受けたバンスに驚愕の表情になった。

 が、そのままもう一度、今度は剣で直接、バンスの頭部に打ち込む。


 しかしその動きは完全にバンスに見切られていた。

 アルクネメの剣はバンスの剣に流された。

 バンスの前にアルクネメの脇腹が完全に防御のできない状態で曝された。


 バンスの右手が剣から離れ、ゼロ距離で拳が打ち込まれた。


 アクパが懸命に体内に障壁を形成し、ギリギリ内臓を守ったが、アルクネメの身体はまだ着地出来てなかったことも相まって、横にふっとんだ。

 そのまま大地に倒れ込む。


「クッ‼」


 アルクネメのうめきが漏れる。

 痛みに耐え、すぐに起き上がった目の前にバンスの剣が迫る。

 アルクネメは左腕に強化を施し、バンスの剣戟を受けた。

 バンスの剣自体は硬質化した左手に阻まれたが、衝撃は内部に達し、アルクネメの左腕の骨を破壊した。


 アルクネメは激痛を耐え、右手に握った剣をバンスに振り抜こうとした。


 が、バンスが左手でその剣を止めた。


「手打ちの剣では簡単に捕まるぞ、アルク!」


 そう言って、アルクの腹に蹴りを入れる。

 内臓を直撃した。


「ゴホッ。」


 アルクネメの身体がくの時に曲がる。

 その後頭部にバンスの剣の柄が打ち込まれた。


 そのまま、地に倒れ込むアルクネメ。

 砂漠の中から充填したはずの「テレム」をほとんど有効に使えないまま、完全に戦いの技量でアルクネメはバンスに負けていた。


「これで終わりだ。」


 バンスの剣が正確にアルクネメの首を切断するために振り下ろされた。


 その瞬間、光が爆発した。


 アクパがアルクネメの危機に対し、その守護の力を用いたのである。


 アルクネメの中から解き放たれた「テレム」がバンスの剣を弾き飛ばした。

 バンスの身体も数m後方に弾かれる。

 すぐに剣を拾い、アルクネメに飛び掛かってきた。


 だが、そこに僅かな時間が出来たことにより、アクパはアルクネメの損傷した体を緊急修復。

 意識を取り戻したアルクネメが高速意識を発動。

 アルクネメの知覚が異常なスピードで回転し、その結果、周りの運動が遅く感じる。


 迫るバンスの剣からいち早く除け、そのままカウンターでアルクネメの剣がバンスの右肩を直撃した。


 バンスには何が起こったか、全く理解できなかった。


 アルクネメの魔導力により自分が弾かれたことは理解していた。

 だが、アルクネメは自分が与えた打撃により、身体を損傷してうまく動けないはずだった。

 回復の時間を与えない連続の攻撃で、簡単にその体を動かせる状態ではなかったはずだった。


 だが現実はとどめを刺しに行った自分がカウンター攻撃により右肩を砕かれ、戦闘が著しく困難な状況に追い込まれていた。


 バンスには目の前に倒れていたアルクネメが消えたように感じたのだ。


 右肩を砕かれ無様に倒れているバンスの前に、剣を突きつけている美貌の金髪の女性が見下ろしていた。


「負けたよ、アルク。強いとは思っていたが、ここまでとはな。」

「純粋な戦闘技術では全く敵わないことがよく解りましたよ、バンス卿。魔導力頼りの戦い方ではやはり限界がありますね。「テレム」を使い切った後では、手も足も出せないと痛感しました。」

「それはよかったよ。この死にぞこないの最後の仕事がお前さんの成長を促せたからな。殺してくれ、アルク。」

「それは出来ません。貴方を殺せば自動的に私の中のアクパが危険認定されてしまう。それにリーノちゃんのためにもあなたは生き続けるべきです。」


 アルクネメの言葉に、既に死を覚悟していた男の顔が苦渋にまみれた。


「お前たちは一体何をしているんだ?何故、仲間同士で殺し合いをしているんだ?」


 倉庫からアルクネメを助けるための装備を取りに行っていたダダラフィンが、呆然と二人を見つめていた。

 その後ろには「医療回復士」のグリフィス・メイヤングが怯えながら見ていた。

 テントからは引き攣った顔のヤコブシンが出てきた。


 東の空が明るくなってきた。

次話でこのエピソードは終了します。

最後までお付き合いしていただけると嬉しいです。

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