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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
間奏 小夜曲 冒険者アルクネメ
156/231

第4話

 サンド・ワームの音波攻撃により、野営テントは吹き飛ばされた。

 簡易用が防護倉庫の中にあったが、それは先に設置したテントに比べてかなり狭い。

 大の大人が3人で寝るのはぎりぎりだった。

 メイヤングとアルクネメから場所を変えることを提案されたが、男の矜持(プライド)でそれを断った。

 その断りを今、ダダラフィンは後悔していた。

 わかっていたことだが、ヤコブシンは寝相が悪く、特に義手をつけていることから、その手を振り回されたときには、命の心配をしたほどであった。


 何とかヤコブシンがしっかりと寝てくれたようで、ダダラフィンも気を落ち着けて寝るために目をつぶった。

 少し眠気が出てきた。


 バンスが哨戒任務に就いている。

 ただ、この砂漠地帯で「魔物」が出ることはまずない。

 唯一と言っていいサンド・ワーム級も今回の依頼対象ほど大きいものは滅多にいないし、このしっかりとした土地のところまで来ることは無い。


 逆に言えば、緊張感のない任務はある意味で言えばつらいものだ。

 野営をしている以上、哨戒活動をしないわけにはいかないのだが…。


 テントの外の気配はまるでない。

 明日の朝には撤収のため、サルバシオンの「バベルの塔」直属部隊であるチームがこの野営地に来る手はずになっている。

 それでこの依頼は終了。

 アルクネメの異常な能力のお陰で、早々に終えることが出来て助かったともいえる。


 そのアルクネメは、夕食も無事に取れて、今はグリフィス看護のもと、体力の回復のために就寝中である。


 だが、何故か不安がダダラフィンの胸中を騒がせていた。


「仕方ない。バンスと変わるか。」


 一度眠気が来て、そのまま眠れると思ったのだが、その得も言えぬ不安感のため、完全に覚醒してしまっていた。


 そっとテントの布を開けて外を見た。

 そこにはバンスとアルクネメが対峙していた。






 やはり暗殺行動など自分には向いていない。

 バンスはそう痛感した。


 密閉空間であるはずの防護倉庫の中に催眠薬を流したはずであった。

 その証拠に、アルクネメの状態観察を行っていたメイヤングはしっかりと寝ていたのだ。


 だが、扉にかかるカギを静かに開け、隠密偽装を自分の周りに施して侵入したにもかかわらず、アルクネメはその両目をしっかりと開けて侵入したバンスを見ていたのだ。


 ベッドから起き上がり「外に出ましょう」と言うアルクネメに従い、バンスは防護倉庫とテントの中間地点でアルクネメと向かい合っている。


「やはり寝込みを襲うことはできなかったか。」


 大きくため息をついた。

 そんなバンスにアルクネメの冷静な瞳が突き刺さっている。


「説明をしていただけますか、チャチャナル・ネルディ・バンス卿。」

「説明も何も、ただ若く美しいお前さんを手籠めにしようとしただけだ。俺もただの男だから、って説明じゃ不満か?」


 バンスの下手な悪態のつき方に、アルクネメは無言であった。


「ふっ、俺はそんなおかしなことを言ったか?」


 アルクネメは無言で見つめることで、バンスが本当のことを言ってくれるのを待ったが、どうやらそれが難しいという事がわかった。


「今までも二人で依頼をこなしてきました。その時もまったくそういうことをすることは無かった。それがなぜ今頃、という気持ちなんですが…。」

「これでも俺は娘がいる身だ。しかもアルクよりも上のな。だからそういうことはなんとか抑えてたんだよ。だけど、今日は久しぶりの強敵だった。俺の心も相当興奮して、理性がぶっ飛んでしまった、ってことだ。」


 いつものバンスにはあり得ないほど饒舌になっている。


 その言葉に、アルクの表情はさらに暗くなり、重いため息をつく。


「娘さんのことは何度も聞いています。貴方がどれほどその娘さん()()を愛しているのかも。」


 アルクネメのその言葉は、確実にバンスの心の深いところにヒットした。


「娘()()?」


 疑問形の問いかけに静かにアルクネメは頷いた。


「何を言ってるんだ、アルク。俺の娘は21の…。」

「そしてその妹になる10歳の娘さんがいますね。一緒に暮らしてはいないようですが。」


 アルクのその言葉にバンスは何も言えなかった。

 その事実が、肯定であることはバンスにもわかっていたが、誤魔化す言葉が出てこなかったのだ。


「な、何故そのことを知っている?俺は誰にも喋ったことは無いんだぜ…。」

「その点については謝ります。あなたの心から漏れてくる思念を読み取ってしまいました。」

「人のプライバシーを、何だと…。」

「バンス卿。貴方がこんなことをしなければ、言うつもりはありませんでした。」

「はっ、人の心を盗み見るような奴に言われたくはないな。ちょっと二人で楽しいことをしようとしただけじゃないか。」

「私を()()()()が楽しいこと、ですか?」


 アルクの言葉は鋭くバンスの胸を貫く。

 この女性に嘘をつくことなど出来ないことを知っているのにもかかわらず。


「あなたの下の娘さん、リーノちゃんですね。先天性の疾患で「バベルの塔」で治療中。「バベルの塔」からは出られない身体、正確には高濃度の「テレム」存在下でないと、その体を支えることが出来ない病気にかかっている。」


 バンスは何も言えず、ただ鬼の形相でアルクネメを睨みつけていた。


「娘さんの治療を続ける条件として、あなたは「バベルの塔」に逆らえなくなった。いかにその命令が自分の矜持を曲げることになっても。そして今回、あなたに新しい命令が下りた。それはクワイヨン国の外で、私を始末すること。この機会を狙ったのは、サンド・ワームとの戦いで、魔導力・「テレム」共に底をついた状態で、今までの中で唯一私をアクパごと葬れる可能性が高かった。」


 アルクの言葉に、初めてバンスが首を横に振った。


「いいや、違うよ、アルク。私が今回、君の抹殺を謀ることになったのは、それだけが条件ではないんだ。それと「バベルの塔」が私に発した命令は単純に君の殺害というものでもない。」


 口調が変わり、偽悪的な表情も消え、いつもの理知的なバンスの表情になっている。


「アクパ、「魔物」の意思をその体内に持っていて、さらに魔導力が大幅に向上した君たちを「バベルの塔」が危険視したのは間違いはない。」

「私を危険視?」

「正確には君を危険視したというよりも、アルク、君がいつまでその心に飼っている「魔物」アクパを抑え込んでいられるか、という事だ。」

「アクパは確かに強力な魔導を宿してはいます。その力を利用して、索敵を行ったり、瞬間的にはサンド・ワームを駆除したように直接的なパワーを行使もしますが。私の身体を使っている以上、人類に対して敵対行為をすることはありません。」


 アルクネメの言葉に、バンスは苦笑交じりのため息をついた。


「その言葉が本当に信じられればいいのたけどね。確かに今のアクパは君のサポートのみを行っている。もともと君の魔導力が強いからアクパを抑えているという見解なんだ、「バベルの塔」は、ね。」

(君たちが私を危険だと思う気持ちは十分理解している)


 唐突に、直接心に「魔物」であるアクパが語り掛けてきたことに、バンスは少なからず動揺した。

 今までもアルクネメを介しての会話をしてはいた。

 だが、直接の会話はこれが初めてであった。


「アクパの声、なのか?」

「ええ、そうです。」

(急な会話への割り込みは確かに礼を失していたようだ。謝罪するよ、バンス卿。どうしても私の思いは伝えておくべきだと思ってね)

「たった1年半程度で、完全に我々の言語をマスターしたという訳か。以前の話だと幼児程度の知能という事だったんだが…。」

(アルクの中で私は様々な知識を共有してきた。だから、子供の様な無秩序な力の使用はしないことなら約束できる。君たち「バベルの塔」の危惧は、解消されるのではないだろうか?)

「そう判断してくれればいいんだが、逆にその知能の向上を、彼らは脅威だと感じている。だからこそ、その排除をするように私に命令が来た。」


 バンスの言葉に、アルクネメは悲しい思いが胸を詰まらせる。

 このままでは、バンスと闘わなければならなくなる。

 それを回避するための道を懸命に模索していたのだが、それもうまくいかなさそうだ。


 本気であれば、バンスに負ける気はしなかった。

 だが、お互いが本気の戦闘になった場合、バンスの命を奪うしかなくなってしまう。


 すでに、バンスは自分の命を捨てる気なのがわかってしまった。

 自分の命を差し出すことで、アルクネメを、正確にはその心に潜むアクパの抹殺の大義を「バベルの塔」が得ることになるだろう。

 そしてその大義を作ったバンスに対しての報酬が、娘・リーノの命だ。

 また、国の総力を向けられれば、アルクネメとアクパは生き残れる道はない。


「「バベルの塔」の命令は君とアクパの監視だ。そして、人類では到底かなわない力を発現する可能性が見えた時は、その力が大きくなる前に排除しろというものだった。」


「今回の巨大サンド・ワームを簡単に葬ったという事実に、「バベルの塔」が私たちの抹殺を命令したという事ですか?」

「そう思ってくれて構わない。」


 そう言うと、バンスは自分の剣を抜き、その魔導を刃に集中してきた。


「チャチャナル・ネルディ・バンス、参る!」


 強力な意志を込め、バンスの身体がアルクネメに向かって地を蹴った。


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