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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
間奏 小夜曲 冒険者アルクネメ
155/231

第3話

「無茶をする‼」


 ダダラフィンが砂漠の中に突っ込んでいったアルクネメの行動にそう叫んだ。


「だが、これしかない。お嬢が奴を引きずり出して来たら、あとは俺たちの番だぜ。」

「ああ、解ってる、ヤコブシン。」


 そう言って自分の2本の刀を手に持つダダラフィン。

 さらに、珍しく剣を砂漠に向けるヤコブシンの姿。

 防御剣士として、自分から攻撃に回ることはまれであった。


 バンスはその後方で自分の受けた損傷の回復に努めているのだが…。


(危険すぎる。アルクの力は人類が手にするには…)


 バンスは「バベルの塔」との契約を思いだす。

 いまだ誰にも語ったことのないもう一人の10歳になる娘の姿と共に。






 一度吹き飛ばした大量の砂が激しい雨のようにアルクネメの身体に降り注ぐ。


 アルクネメの握る剣はその柄のところまで深々と「魔物」サンド・ワームに突き刺さっていた。

 すでにこの砂漠の砂の中に多量の「テレム」があることは判明している。

 であるからこそこの巨大な「魔物」は自分に刺さった剣の痛みに暴れだしていた。


(このミミズ、重い)

(アルク、何をわかり切ったことを…。剣から「テレム」を注入、こいつの身体を支える鉤をイメージしなさい)


 アクパの冷静な声に、剣から8本の光の剣を生やし、その先端が屈曲した抜けない構造をイメージした。


(最低限の酸素は確保した。「テレム」により身体を強化。私もサポートする。こいつを持ち上げるぞ!)

(アクパ、了解した)


 アルクネメは砂が降り注いですでに周りには「魔物」の赤く発行する目以外見えない状況で、自分がこの巨大な化け物を砂漠の上、デザートストームがこの巨体を狙えるところまで飛翔することをイメージした。


 周りの砂の中の「テレム」が一気に自分に集中してきたのを確認。


 そのまま上を目指し、自分の体に対して上下に「テレム」を噴出した。






 上空に舞い上がった多量の砂が一気に元の砂漠に落ちていくのを見ながら、ダダラフィンとヤコブシンは自分の剣に自分の魔導と「テレム」を集中した。


 リングを通じて、アルクではない思念波がカウントダウンをしている。


 これがまれに聞こえる「アクパ」と名乗る強大な2本首を持った「魔物」ツインネック・モンストラムの残留思念であることは解っていた。

 当初、漏れていた思念はまるで幼児のようなものだったが、この1年で一気に成長し、冷静な、敢えて言うならば「バベルの塔」の住人のような思念波へとなっていった。


 このアルクネメの肉体にいる別の精神体は平行思念も出来るようで、チームの緊急事態時に、各々に全く別の思念を送り、華麗な連係プレーをさせられることすらあった。


 実際、それで窮地は救われているのだが、その後にバンスの苦虫を潰したような表情にダダラフィンは危惧を覚えている。


 誇り高き男、チャチャナル・ネルディ・バンス。


 「魔物」に操られているような感覚に、自分の矜持を潰されたような想いがあるのだろう。

 特に自分とヤコブシンがチームから外れていたときにはアルクと二人で依頼をこなしていたのだ。

 その時にも何かしらのアクシデントがあったのかもしれない。

 ダダラフィンは単純にそう思っていた。

 バンスが「バベルの塔」から受けている「命令」のことはダダラフィンもヤコブシンも知らない。


 轟音が響いた。

 当時に、また大量の砂が柱のように天に伸びる。


 その砂嵐のような影響で、視界が一気に悪くなった。

 だがその砂の中を白い翼に引き上げられる巨体、赤く発光する多くの目を見ることが出来た。


 その者たちの高度が上がり、逆に吹き飛んだ砂が大地に落ち始めたところでその陰に隠れていた物体が、日の落ちた中ではっきりとその姿を晒した。


 純白の大きい翼を広げたアルクネメが両手で握りしめている剣。

 そこに30mは越えるかと思われる黒い皮膚に赤い目が施された「魔物」サンド・ワームが吊られるようにしていた。


 おそらく深々突き刺さった剣の痛みと、宙空に吊り上げられている恐怖のために、その体をのたうち回らせようとしているのだろう。

 さすがに自重がそれを許さず、結果的には細かい痙攣を起こしたようにしか見えない。


 だがその巨体を地中から引きずり上げ、さらに自分たちが狙いやすい高度まで持ち上げているという事実。

 どうすればそんな芸当が出来るのか?


 だが、そんなことを考えている余裕はない。


 カウントダウンが止まった。


 ダダラフィンとヤコブシンの剣から長く光の軌跡が見えた。

 そう感じた瞬間、その光の刃が二人の剣から切り離されて、獲物へと向かっていく。


 獲物―「魔物」サンド・ワームへと。


 すでに流的結界は無効化されている、


 3枚の光刃がサンド・ワームの肉体を切り裂いた。


 「魔物」に光刃が届き切り裂くのを確認し、アルクネメはその状態から、サンド・ワームをヤコブシン達に向かい放り投げてきた。


 二人は慌ててその場から一気に後退した。


 ドフッ。


 柔らかい肉塊が地に落ちる音をあたりに響かせて、サンド・ワームが固い大地に投げ放たれる。

 だが、まだ死んではいない。

 もぞもぞと動き、自分の前に音波による大地の破壊を試みようとしているのか、大きな口を開いていた。


 ダダラフィンとヤコブシンが起き上がり、とどめを刺そうとしたとき、その傍らを高速で駆け抜けたバンスが、あっさりその頭部と思われる部位を切断した。


 「魔物」を象徴する赤い目がその数秒後、全て光をなくした。


 それを確認したようにアルクネメが3人の真ん中に舞い降り、その純白の羽毛を纏った姿から人間の時の野戦服に戻った。

 そのまま片膝をつき上半身が倒れそうになる。


「何とか、ハァ、しとめること……、が出来ましたね。」


 肩で息をしながら、その言葉を吐いた。


「大丈夫なのか、アルク。「テレム強化剤」なしで、あの姿に化けたのもさることながら、こんな奴を引きずり出して。」

「ほぼ、強制的に力を極限まで出しました。アクパの支援なしでは到底できませんでしたが…。」

「そりゃあ、まあ、そうなんだろうが…。」


 そう言いながら防護倉庫から顔を出している人影を見つけた。


「メイヤング!すぐに回復薬と栄養剤を。アルクの疲労回復を頼む!」


 急に声を掛けられたメイヤングが驚く。

 が、すぐに自分の持つ医療バッグを抱えて、アルクの横に駆けつける。


「まずこれを服用してください。」


 渡されたカプセルを口に含み、ダダラフィンが差し出した水筒をそのまま口をつけた。


「歩けますか。」

「ええ、大丈夫ですよ、メイヤングさん。」

「では防護倉庫内のベッドまで。」


 メイヤングはアルクネメを支えながら一緒に防護倉庫の中にあるベッドに寝かせた。

 そのままバッグから栄養剤の点滴一式を取り出し、アルクネメに装着した。


「2時間くらいで終わります。できればしっかりと寝てください。」


「ありがとう、メイヤングさん。」


「とんでもない。これくらいしか私には個々のメンバーにしてあげることが無いのですから。」


 そう声を掛けて、外に出た。


「どうだ、メイヤング。アルクの様子は。」


 ダダラフィンの問いかけに、グリフィス・メイヤングは肩をすくめてみせる。

 束ねてあったグレーがかった黒髪が落ちる。

 情報端末も兼ねている眼鏡をはずし、大きめの膨らみがある胸元のポケットに入れた。


「恐れ入るわ、あの子。あの体格で、あれを持ち上げて放り投げたんでしょう?あの筋肉量でそんなことが出来るなんて…。魔導力と「テレム」量が一般人とはけた違いってことね。もっとも、今はかなり「テレム」が減った状態ではあるけど、健康状態は問題なし。しっかり寝て、しっかり食べればすぐ元気になるわよ。」

「まったくだ。土の中を自在に動き回るサンド・ワームの駆逐って言うのは、俺もあまり例を聞かないからな。このしっかりとした大地に引き摺り出して対処した例があるくらいだ。噂では「バベルの塔」が重火器を持ち出して砂漠を砲撃して仕留めたってことくらいだ。だがここはすぐそこに交易ロードがある。そんなことが出来るわけがない。」


 二人で砂漠の闇に浮かぶ交易ロードに視線を向けた。


 交易ロードは砂嵐からそのロード部を守るために半円のチューブ状になっている。

 ここからでは中を行きかっている者たちの姿は見えない。

 基本は馬や馬車が行きかうが、自分たちが「天の恵み」回収作戦時に使用した自動車両も走っている。

 大抵は政府上層部か、「バベルの塔」が絡んだ時に使用されているはずだ。

 「魔物」の脅威の無い交通網だが、使用料はかなり高めに設定されている。

 寄合での馬車を使うことが一般的で、城塞国家間の距離が長いことから、宿屋街が数カ所設置されている。


「あれが破壊されたら、物資の流通が止まる。すぐに影響が出るわけではないが、経済が貧窮することは充分に考えられるからな。」

「そうね。特に医療物資は国によってはひどく偏っているから、断絶すると大変なのよ。特にこのサルバシオンとスフィロート間の交易ロードは二つの国にとっては生命線でもあるから。サルバシオンが農業に特に力を入れていて、スフィロートは「魔物」に対する装備の製造に力を入れている。どちらも国民を食べさせることはなんとかできるけど、お互いにそれぞれの分担が出来てしまっている。この二つの国をザハラ砂漠が横断してるから、他の国のように交易ロードなしでの交易が難しいという問題があるものね。」


 ため息をつきながら砂漠を見つめるメイヤング。


「グリフィスはスフィロートの出身だったっけ。」

「そうね。もう国を出て20年くらいになるかしら。ここの大学を出て、研修がてらラズームヌイで病院に勤めてた時に、あんたの師匠に誘われて冒険者のチームに入った。」


 ここから交易ロードの先に微かに明かりが見える。

 そこはサルバシオン国であり、メイヤングの故郷は、野営地としているこの場所からは山が遮ってみることはできない。


 20年か…。

 ではあの、災厄ともいえるフワンツ国の「魔物」達の大暴走による虐殺事件の5年前になるのか。

 ダダラフィンはあの暴動事件を今も苦しい思いで、考える。

 なぜあんなことが起こったのか?

 あの時の四肢欠損者の多くを見て、このグリフィス・メイヤングという若く美貌の「医療回復士」は義肢の研究のために、冒険者を辞めたのだ。


 フワンツ国を恐慌に叩き込んだ「魔物」達の城壁破壊、続く人間の捕食。

 「魔物」の数自体は先の「天の恵み」回収作戦に比べればわずか300というところだろう。

 だが城壁内に侵入したことによる国民のパニックが、のちの大虐殺に発展した。

 今もその傷は癒えず、軍事政権が続いている。


「おい、ダダラフィン大将。美人としっぽりしているのはいいが、夕飯の支度手伝え。それと野営用のテント張り直さなきゃいかんのだ。デートは仕事が終わった後にしてくれよな。」

「そうだ、そうだ。」


 バンスの声の後ろから囃し立てるヤコブシン。

 ダダラフィンとメイヤングが苦笑を交わし、作業する二人のもとに歩き始めた。


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