第2話
サンド・ワーム。
黒い皮膚に大きめの赤い目が点在する。
「ダダラフィン卿、来ました!」
大声でアルクネメが叫ぶ。と同時に身体をその巨大な山のような「魔物」にすぐさま剣を振る。
光の刃が恐ろしい長さでその巨体に向かった。
ダダラフィンは一気に後方に跳ぶ。
戦闘用石輪「リング」から思念波を他のメンバーに向け、緊急発信を伝える。
野営地でそれぞれ次の監視に入ろうとしていたヤコブシンとバンスがすぐに装備を手にしてテントから飛び出す。
その後ろから「医療回復士」グリフィス・メイヤングは二人とは逆方向、サルバシオンの「バベルの塔」から貸与された非常に強固な外壁を施された防護倉庫へと向かった。
今回の「リクエスト」が非常に困難ことから、特別案件として提供されたもので、中には非常時の避難場所として、さらには食料と医療品、戦闘用予備装備が収まっていた。
「魔物」サンド・ワームがその口を開け、その奥の黒い皮膚が震えているのが、あからさまにわかった。
「音波攻撃が来る。全員、対音響防御、展開‼」
アルクネメが宙を舞い、一気にグリフィスの前に着地し、その周囲に結界を張った。
直後、風圧がその小高い大地を襲う。
野営用に設置していたテントがその物理的な干渉を受けて舞い上がった。
「俺の夕食があ~。」
ヤコブシンの哀れな声を聞きながらアルクネメはグリフィスを抱え、防護倉庫へ飛ぶ。
サンド・ワームと距離があるとはいえ、野営用テントの支柱が防護倉庫にぶつかり砕けている。
それでも防護倉庫は無傷だった。
身動きの出来ないグリフィスをその倉庫内に押し込み、扉を閉めた。
そして振り返り、こちらを見ているような巨大なミミズ、サンド・ワームを見据えた。
先程のロングソード現象は、このミミズには利かなかったようだ。
(アルク、奴はお前を狙ってるよ、気を付けて)
「ええ、わかってる。私とアクパの持つ多量の「テレム」が目的なのでしょう?」
(そうだ。地中に溢れる「テレム」だけでなく、効率よく摂取可能のお前を狙ってる)
「都合がいいわ。向こうが来てくれるなら、こちらも心を込めて接待するだけね。」
すでにバンスがフライングソーサーを足場に使い、ミミズに向かっていた。
空中での戦いはかなり慣れてるようだ。
飛竜などのように空中を飛ぶもの相手では、この手法は分が悪い。
しかし地上からは飛んでこない魔物は、格好の獲物だった。
サンド・ワームも自分に迫ってくるバンスに気付いたようだ。
その口をバンスに向ける。
音波攻撃で仕留めようという考えがまるわかりだ。
だが空中を駆け登っているバンスは、今はあまり自由が利かない。
攻撃態勢に入るまでは隙だらけなのも事実。
ダダラフィンとヤコブシンが、バンスを追うサンド・ワームに光弾を繰り出した。
先の「天の恵み」回収作戦時には思うように出せなかったが、すでに二人とも自らの研鑽によって習得している。
光弾は、その巨体を覆う赤い目を的確に狙っていた。
だがその半分はミミズの表皮に辿り着く前に消失し、あとの半分も表皮に触れたものの、ダメージを与えるには至らなかった。
だが、バンスに向けた音波を出す口は確実に逸れた。
バンスはその一瞬を見逃さなかった。
フライングソーサー現象を解除し、その高さから自分の体重を握る剣にのせ、サンド・ワームに頭上から襲い掛かった。
その肉厚の剣が光を放つ。
ロングソード現象を起こすはずの物理的な剣戟を拡散せずに剣にためている。
そのままミミズをたたき割ろうとした。
黒い皮膚に覆われたその口の上部に確実にバンスの剣がぶち当たった。
しかし…。
その渾身の一撃は皮膚の周りに張られたサンド・ワームの流的結界により弾かれ、一点集中の力はその終始流れている結界により拡散されてしまった。
弾かれ宙に舞うバンスをミミズの頭部が薙ぎ払った。
サンド・ワーム自体にその衝撃はなかったのだろう。
だが、バンスには流的結界の流れとサンド・ワームの頭部からの衝撃が全身を貫いた。
剣は離さなかったものの、宙を舞うバンスに意識はなかった。
そのままでは、確実に小高い岩盤に全身を叩きつけて、最悪死に至るケースである。
バンスはサンド・ワームの衝撃を受ける前に全身に防護障壁となる結界は張っていたのだ。それでもサンド・ワームの打撃はあっさりとその結界を突き抜け、バンス自身に影響を与えたようだった。
意識を失い、ダダラフィンとヤコブシンのいる岩盤に飛んでくるバンスの身体を、ただ見ることしかできなかった。
だが、体が固まって動けない大人の男の間を突き抜ける影があった。
グリフィスを安全なところに回避させたアルクネメが、信じられない速度で二人の歴戦の勇士を抜き去り、そのまま飛んでバンスの身体をキャッチした。
そのバンスの勢いをうまく殺し、岩盤に横たえ、治療の詠唱を行う。
だが悠長にサンドワームが待っているわけがなかった。
またも口を開け、先程の「ため」を行わずに、攻撃をしてきた。
その音波攻撃自体の強さは先の力には遠く及ばない。
だが、詠唱治療の邪魔にはなった。
「ダダラフィン卿、ヤコブシン卿!バンス卿をお願いします!」
詠唱を中断したアルクネメがそう叫び、自分は防護障壁を3重に張った。
音波が物理的な力として、その障壁にぶつかった。
眩い虹色の光と共にその障壁が消失。
そこに白く輝く羽毛に包まれたアルクネメが立っていた。
その足元には、半身を起こしているバンスの姿があった。
自らの「テレム」とアクパの魔導増幅があいまって起こる現象。
その身が武装化される「フォーミング現象」。
「テレム」強化剤無しで起こるようになったその現象の余波は、中途で終わった治療詠唱も完結させていたようであった。
「あいつ、「テレム」強化剤なしであの形態になれるのか?」
白く神々しく背筋を伸ばして立つ女性。
アルクネメ・オー・エンペロギウス。
その背中の羽が大きく開かれると、羽ばたくことなく宙に浮き始めた。
「アクパ、対象を見逃さないで。フルサポート、よろしく!」
(了解!)
そのまま加速し、サンド・ワームに向かって突入する。
サンド・ワームはそのアルクネメの行動に対し、口を閉じて、多くの赤い目で凝視した。
アルクネメは構わず加速を続け、赤い目の一つに剣を突き立てる。
突き刺されたサンド・ワームがうめき声を発し、その頭部を急激に動かした。
その動きに不意を突かれ、アルクネメは弾き飛ばされた。
それをサポートに入ったアクパがアルクネメの翼を制御し、一度空中でバランスを回復させる。
「ダメだ、浅い‼」
(思ったよりあいつの流的結界が厚かった。流れている防御壁を無効化したんだが、最後までは無理だったようだ)
流的結界はサンド・ワームの頭部から発して、末尾迄流れる魔導力を使った障壁である。
サンド・ワームはこの流れる防護障壁を用いて砂の中を進むことが出来る。
頭部の口から発する超高圧音波により、前を阻む砂などに空間を開け、その体を前進。
流的結界がそのまま砂を後方に流すようになっていた。
逆の言い方をすれば、サンド・ワームのできることはそれが全てだ。
攻撃に音波と、防御の流的結界。
それを凌げば駆除は容易のはずだった。
こんなに巨大になっていなければの話だが。
刺された目から赤い流体をまき散らせるように頭部を振っていた。
今まで経験したことのない感覚なのだろう。
砂漠の砂から出した巨体を前後左右に振り乱している。
既にデザートストームの3人は一旦、防護倉庫近くまで後退し、こちらを見ていた。
(大きく育って意識らしきものも芽生えてきている。だからこそ痛覚も感じているのかもしれん)
アクパがサンド・ワームの状態をそう分析していた。
「ああも動かれると、やりにくいわね。流動結界なんて障壁の無効も難しいし。」
(エネルギー攻撃では弾かれるから、質量に魔導を纏わせての攻撃が有効だが)
「と言っても速度を伴わないと、やっぱり弾かれる。ミミズの皮膚は柔らかいから、しっかりとした角度でないと、あの皮膚に弾かれるわね、さっきの感触だと。」
アルクネメは一度、サンドワームが暴れている場所の上でとどまり、タイミングを計る。
「あの赤い水って?」
(ハイブリッドウイルスの濃縮液というところだ。この砂漠では問題ないが、植物などの多いとこだと微小生物に感染するだろうな)
「ああ、やっぱりそうやって増えていくんだ。」
(人間にとって脅威となる個体になるのは、かなり確率は低いが、完全には駆除できない理由でもある)
アクパの成長は凄まじい。
アルクネメは思った。
自分の身体にその精神を憑依させたときはまるで幼児だった喋り方が、今はまるで学校の先生みたいな喋り方に変わってきている。
その情報は非常に有用ではあるのだが。
眼下で暴れるサンド・ワームの急所を見極めようとした時だった。
野営地を設置していた小高い丘から一直線でそのサンド・ワームに突っ込んでくる人影があった。
チャチャナル・ネルディ・バンス。
ダダラフィンとヤコブシンのリハビリ期間、共に冒険者として各地を旅した剣士であり、アルクネメの知る限りでもかなりの腕を持つ。
特例魔導士ではないが、高度な魔導現象を駆使し、様々な「リクエスト」や依頼を達成している。
その反面、娘思いの優しい父親の顔を持ち、二人での旅先ではよくその娘について相談されたものだ。
能力の具現化ともいえる「フォーミング現象」を行い、飛翔能力を持つアルクネメとは異なり、フライングソーサー現象の応用による高機動滑空を行い、バンスは暴れるサンド・ワームに襲い掛かっていた。
既に先程のダメージはないようだ。
流的結界に対し確実にその黒い皮膚を切り裂く。
そのままサンド・ワームのいる場所を通り抜けるとその空間に足場となるフライングソーサーを出現させた。
体を回転させてその足場を使い、さらに反動を使って連続的な攻撃を仕掛けた。
切られた黒い皮膚から液体を滴らせたサンド・ワームが、迫ってくるバンスから逃げるように体を動かした。
バンスの剣が空を切った。
その直後、サンド・ワームがバンスにその巨体をぶつけた。
防護障壁を張って、その直撃は避けたものの、バンスの身体が宙を舞った。
思わずアルクネメは弾かれたバンスに向かって、飛ぶ。
そして空中で、またしてもその体を受け止める。
二人で依頼を受けた時に似たようなことが何度かあった。
逆のこともあった。
ある意味、いいコンビであったのだ。
そのままバンスを抱えて野営地に戻るアルクネメ。
ダダラフィンとヤコブシンのもとにバンスを届ける。
「済まない、アルク。」
障壁で直撃は避けたようだが、身体にダメージはあるようだった。
「危ない‼」
ダダラフィンの叫びに、すぐに防護障壁を二重に張る。
空気が震えた。
(音波攻撃だ。逃げる気だぞ、アルク)
アクパの声にサンド・ワームを見ると、砂の柱が空高く出来上がっていた。
砂を排出して駆除対象物が地中に潜る典型的な風景だった。
バンスが傷つき、野営地が破壊されている。
しかし、今逃げられると、次に奴を補足するのはかなり難しい。
今回は自分という餌がいたのでおびき寄せることが出来た。
だが、その餌が脅威と感じれば二度と襲ってこない可能性があった。
この推測はアクパも支持した。
「アクパ!奴を追える?」
(大丈夫。既に個体識別は出来ている)
「私の脳に、地中の奴の映像、まわして!」
(わかった)
まるでアイシートのように自分の視界の先に地中を逃げる巨大なミミズが不鮮明ながら見えた。
「アクパ、フルサポートお願い!」
(了解!)
純白の翼をはばたき、地を蹴った。
砂漠の上を飛ぶ。
そしてその砂漠の下のサンド・ワームを確認する。
相手は徐々にその位置を深めていた。
アルクネメは一度その高度を上げ、反転。
加速する。
ブルックスの剣を砂漠に向け、念を込めた。
轟音、そしてサンド・ワームが作ったものよりはるかに高く砂を巻き上げた。
そこに黒い皮膚と赤い目の一部が露出した。
アルクネメの身体は巻き上げた砂が降り注ぐ前に、その標的に向かって突き進んだ。




