第150話 アルクネメの手紙
親愛なるブルックス・ガウス・ハスケル様へ
一言も告げずに、旅立つ非礼をお許しください。
私はずるい女です。
作戦前夜にあなたからの告白を遮り、私が帰ってから聞くと言ったことを覚えていると思います。
私は生きて帰るための願掛けのような言い方をしたと思います。
そのことは間違いありません。
ですが、それだけではありません。
私が仮に帰ってこなかった時に、あなたの記憶に深い後悔を刻むための物でした。
「あの時、せめて自分の心の内を伝えておくべきだった。」
あなたがそう後悔し、永遠に私を覚えていて欲しかった。
そんな卑怯な事でもあったのです。
あなたは、こんな私に幻滅したでしょうか?
幻滅してしまったのならそれも仕方がないと思います。
私はこれから長い旅に赴きます。
とてもではありませんが、先輩や、友人のために国が行う葬儀に参列することはできません。
そんな資格が私にはないのです。
私はこれからの1週間程度のある訓練を行い、そのまま他の国に行きます。
あえてその国の名は記しません。
ここにそんなことを書き記してしまえば、ブル、あなたのことです。
どんなに遠い場所でも、探しに来てしまうでしょう。
「リクエスト」前日に連絡を取った後のあなたの行動が、思い出されます。
あなたには酷な言い方になるとわかっていて、あえて書き残します。
ブル、私のことは忘れてください。
私は、「魔物」達との戦いで死にました。
身体は生き残りましたが、すで心はもう抜け殻の様になっています。
死んでいるのです。
私は、本当はここに帰ってくるべきではなかった。
「バベルの塔」に帰還した時、そこの執政者に頼んで、戦死者の名簿に入れてもらうべきでした。
でも、それは出来なかった。
両親に生きていることを伝えたかった。
それよりも。
ブルックス、あなたに逢いたかった。
あなたに逢えることのみを思い、生きて帰ってきました。
あなたを抱きしめ、あなたに抱きしめて欲しかった。
私に我儘です。
そんなことが許されるはずがない身なのに・・・。
私は人を殺しました。
「魔物」を殺したのではありません。
人を、知り合いを、同じチームメイトを、殺しました。
憎くて殺したわけでも、事故で、謝って殺したわけではありません。
私の意志を持って、人の命を絶ちました。
その人の名前は戦士者名簿に載っています。
「魔物」と戦い、そして殺されたという事になっています。
ですが、その人の命を奪ったのは、「魔物」ではなく、私のこの手で殺しました。
ブルから託された「魔導剣」で、とどめを刺したのです。
謝って許されるものではありません。
この事実は、「バベルの塔」の住人の賢者様もご存じです。
そして、私に行為については、罪を糾弾するのではなく、その行為自体を称賛すらしています。
でなければ、私は重犯罪者となり、投獄されたはずですから。
私は国家防護十字勲章を承ることになっています。
返上を願い出ましたが、却下されました。
詳しく語ることはできませんが、それに足る功績は、確かに私にはあります。
ただ、とても心情的に受ける気はありません。
ですので、その勲章は「クワイヨン高等養成教育学校預かりになりました。
これも、表に出ることのできない、私に殺人に絡んでのことです。
この事実は国家機密でもあるので、これ以上のことは書き記すことが出来ませんが…。
私は人殺しです。
それでもブルックスに、ただ逢いたかった。
昨夜のことは、夢だと思って忘れて欲しい。
後生だと思って、忘れてください。
私がまだ「特例魔導士」と認定されない頃、私には二つの夢がありました。
一つは、父母が作ったこのエンペロギウス食堂を継ぎ、両親の味を伝えていくこと。
そしてもう一つはお嫁さん。ブルのお嫁さんになること。
それももう遠い夢です。
それでも、私は幸せでした。
昨夜のことは、私にとって幸せなひと時でした。
もう、これ以上は望みません。
人を殺した罪を背負って生きていきます。
両親にはすでに話してあります。
この事をブルが思い悩む必要はありません。
ブルに会えて、ブルと一つになれて、このこと以上の幸せは、もうありません。
だから、ブルは私のことを忘れて、新しい人生を、もっと可愛い人を愛してあげて下さい。
一つ謝っておかなくてはなりません。
昨夜の最初の口づけで、私はブルにある薬が調合されたカプセルを強引に飲ませました。
この薬は長く眠れる作用と、下半身への血流を増やす作用があります。
本当に私は悪い女です。
ですから、こんな酷い女のことは忘れてください。
愛しています。
アルクネメ・オー・エンペロギウス




