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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
序曲 終章
148/231

第148話 宴

 エンペロギウス食堂の食事はいつも評判がいい。


 そこにさらに娘が無事に帰ってきた喜びから、サエツグ・ディー・エンペロギウスは腕によりをかけて各種料理を作る。

 ただし、そこに純粋な喜びだけではなかった。


 幼馴染であるブルックスとアルクネメは仲がいいことは知っていた。

 が、恋仲になるとは実は考えていなかった。

 アルクネメはブルックスの2歳年上である。

 そこに油断があった。


 自分の家を継ぐためにアルクネメは料理の勉強をしていた。

 が、「特例魔導士」になってしまい、実家を去った。

 寂しくないと言えば嘘になる。

 その結果、ブルックスとの縁は薄れていた。

 そう思っていたのだが…。


 今回の作戦に招集がかかった時、自分たち両親より先にブルックスに連絡を入れたことに、少なからず落ち込んだ。

 そして、今朝の二人の行動…。


 ブルックスも、アルクネメも、全く周りを気にしていなかった。


 まさか、両家の親たちが隠れて見ていたとは、想像だにしていなかった。


 アルクネメは顔を赤らめながら、対面に座るブルックスをちらちら見ている。

 この慰労会の始まりに姿を現した時、ブルックスに綺麗と言われて、すっかり照れている。


 そんな娘を可愛いと思いつつ、サエツグは今朝見た二人の抱擁が頭から離れなかった。


「この作戦の前にはかなり不安だったと聞いていたんだけど、アルクちゃんの様子だと、大丈夫そうだね。うちのブルが心配してたから、うちでできることは最大限やってあげたけど。」


 ブルックスの父であるハーノルドが、ランの注いでくれたマルクス産のワインを飲みながら、赤く照れているアルクネメにそう聞いてきた。


「小型飛翔機から見ていたときにはかなり落ち着いていた感じだったけど。「魔物」達は怖くなかったのかい。」


 ハーノルドの質問内容はそのままブルックスの心配の内容と一緒だった。

 この作戦の一番の危険なポイントだったことは、あの映像を見ていればわかった。


 アルクネメにとってはツインネック・モンストラムの心ともいえるアクパがいつでもいることから、今では「魔物」に恐れを抱いたりしない。

 だが、この心に異物がいることを誰にも、ブルックスにも知られるわけにはいかなかった。


「最初はすごく怖かったけど、私たちと共に戦ってくれた冒険者の人たちが護ってくれたかっら、何とか生き残れたの。でも、その冒険者のチームの人も二人死んだ。私たちのチームの人も先輩が一人死んで、一人が重体で今も治療所で集中治療を受けている。チームリーダーのオオネスカ先輩も内臓にダメージを受けて治療中。意識ははっきりしてるけどね。たくさん死んだ人がいると聞いている。」


 さっきまでの照れはなくなり、沈痛な面持ちになった。


「らしいね。私は噂でしか聞いていないけど。」


 ハーノルドは注がれたワインを飲みながら、アルクネメの声に同調した。


「何のための「リクエスト」なのか。私達ではその意味さえ分からないけど、噂だけは回ってくる。王都での叛乱も重なっているから断片的だけどね。」


「かなりの「魔物」が出たと、それこそ伝説級の…。その「魔物」に学生だけでなく、国軍兵士、騎士、冒険者まで犠牲になっているとな。酷いものだと「バベルの塔」の住人の賢者までもが犠牲になった。その尊い犠牲の上に伝説の「魔物」を葬ったって話すだが、まさかな。」


 ハーノルドの後で、ミフリダスが工房をひっきりなしに訪れる様々な客たちの噂を総合して、半信半疑でアルクネメに振ってきた。


 「バベルの塔」の住人の賢者がいくら伝説級とはいえ、「魔物」に殺されるわけがない。


 この前提でミフリダスは話している。否定されと思っての話だったのだが…。


 アルクネメの身体が硬直したように動かない。


「アルク姉、どうしたの。やっぱり、この話はしんどい?」


 ブルックスは「魔物」と戦って、生きて帰ってきたアルクネメを誇らしい気持ちもあったが、それ以上に過酷な戦闘が容易に想像できた。

 朝の違和感の正体は、この空元気ゆえであると勘違いした。

 周りで、そして自分のチームメイトが犠牲になっている。

 自分だけ楽しいパーティーなどにかまけていいのかと、思っているに違いないとブルックスは早合点した。


「うん、大丈夫。父さんと母さんの料理は久しぶりで感極まっただけだよ。確かに、いっぱい死んだ。だから生き残った私たちは死んだ人の分だけ、懸命に生きなきゃって思ってる。」


 嘘ではなかった。

 多くの人が死んだが、自分たちがあの化け物を倒さなければ、この国に被害が、大好きな家族やブルに被害が及んだかもしれなかったのだから。


 それとは別に、アルクネメには様々な想いがあった。


 今は医療用のベッドで治療を受けているであろう大好きな先輩。

 意識が戻っていない先輩。

 自分が結果的に殺すことになった先輩。

 これから別れなければならない大好きな男の子。


「ブル、ほら、食べよう。おじさんたちも私の自慢の両親が作った料理とおいしいお酒を飲んでくださいね‼」


 先程、沈痛な表情を浮かべてた少女が、明るい顔でハーノルド達に勧めた。


 誰もが、その笑顔が痛ましい記憶を無理やり封じ込めた事であることを理解していたが、その胸中を顔に出すようなことはせず、勧められるままにハーノルド、ミフリダス、サエツグが杯を空けた。

 すかさず、アルクネメ、ラン、カイロミーグがワインを注いでいた。


 ひとしきり宴が進むと、アルクネメがブルックスの横に座った。

 そっとブルックスの腕を抱きしめ、耳元で囁く。


「私の部屋に行こう。」


ここまで読んで頂きありがとうございます。

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この作品が、少しでも皆様の心に残ることを、切に希望していおります。

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