第147話 アルクネメの帰還
太陽が昇り始めている。
まだ二つ目の太陽が昇るまでには時間がかかると思うけど。
ブルックスは自分の部屋から階下の工房に降りた。
祖父も父もまた夜遅くまで作業をしていたようだった。
ブルックスはそのまま外に出る。
石畳の道を何気なく王都の方に目をやった。
すでに王都の混乱は落ち着いているようだ。
叛乱軍のほとんどが投降し、その首謀者、シリウス騎士団団長だったアインも「バベルの塔」の防護隊によって殺害されたと報じられている。
うちに在庫も完全になくなり、大慌てで剣やら槍やらを作り始めている。
ブルックスも手伝いたいところではあったが、いい加減学校に行かねばならない。
もう5日ほど休んでしまった。
どうやら「リクエスト」の事案も終わったという噂は耳にしていたが、実際には何の発表もない。
「リクエスト」事案は叛乱よりかは情報価値が低いようだ。
朝の新鮮な空気を吸っていると、遠くから馬車の音が聞こえてきた。
大きな馬車だ。
ルーノ騎士団のアシカワ・ダズクが乗ってきた馬車よりは一回り小さいものの、中に大の男が6人は乗れる大きさである。
この時間にこの道を通っていくような馬車はまずありえないのだが。
ブルックスがそう思っていると、近づいてきたので慌てて道を開けるように端に体を移動する。
そのまま通り過ぎると思ったのだが、急に馬を操る御者が急に馬車を止めた。
ブルックスは目の前で止まった馬車に、驚いてしまい体が硬直した。
「ブル、ただいま!」
耳の心地よき聞き覚えのある声が耳に届いた。
馬車の扉が、大きく開く。
その中から人影がブルックスに襲い掛かるように飛びついてきた。
思わずその人影を受け止めてしまった。
と同時に唇に柔らかな覚えのある感触が甦った。
さらにその感触から、ぬめりのあるものが自分の口に差し込まれる。
甘い香りがブルックスの鼻をくすぐり、口の中に生暖かい自分のものでない舌が、ブルックスの舌に絡みついてきた。
ブルックスは目の前にある短い金髪と、胸に押し付けられる膨らみにしばしの時間、酔いしれるように味わった後、一度唇を離した。
「お帰りなさい、アルク姉さん。」
「うん、帰ってこれたよ、ブル‼」
笑顔いっぱいのアルクネメにブルックスもまた、もう一度抱きしめて唇を合わせた。
二人の熱いラブシーンに、御者は静かに目を逸らしている。
馬車の中には誰もいなかった。
「これから一度家に帰って、学校に顔を出したら帰ってくるの。夜、一緒にご飯食べよう!」
ブルックスは、そう明るく話しているアルクネメに、何故か違和感を覚えた。
変に明るすぎる。
作戦前夜の、不安をかき消すような口づけを思い出した。
「アルク姉、大丈夫か?一緒のご飯は嬉しいけど。」
「何言ってんの、ブル。私無事に帰ってこられたんだもん。そんな心配そうな顔しないでよ。」
「そうだね。じゃあ、学校から帰ってきたら、連絡くれる?すぐに行くよ!」
「OK!まだ一緒にいたいけど、また、すぐ帰ってくるから。」
そう言って、今度は軽く唇を合わせ、馬車に乗り込んだ。
御者が軽く馬に手綱を振る。
馬車がゆっくり動き出した。
その窓から上半身を出し、大きく手を振っているアルクネメに、照れながら手を振り返す。
「今夜は一緒にね!」
「楽しみに待ってるよ!」
はしゃぎすぎている。
ブルックスはアルクネメに合わせながらそう思った。
あの後の戦いで、何かがあった。
そのことを隠すようにしている、幼馴染で大好きなアルクネメのことをブルックスは心配していた。
アルクネメの実家である食堂が臨時閉店なった。
無事に「リクエスト」をこなしての帰宅である。
既に学校への報告を済ませており、1週間ほどの休暇を特別に認められたらしい。
その1週間後には、国王の国葬と、叛乱軍に殺された兵士や王宮職員たちの王室葬と「天の恵み」回収作戦での戦死者のための「バベルの塔」主催による特別葬儀が合同で執り行われることになっている。
父ハーノルドの話によると、噂の範囲ではあるものの、「クワイヨン高等養成教育学校」から参加した学生、200余名のうち、実に3割もの学生が死亡し、他3割程度が負傷して病院での治療を受けているらしい。
通常、戦闘での骨折程度の障害は「医療回復士」の存在のため、帰還時までにほぼ治癒していることが多い。
つまり、病院での治療を受けている学生は、重症もしくは意識のない重体という事になる。
いかに過酷な作戦であったかという事が伝わってきていた。
そんな中で、アルクネメは無事に帰ってくるどころか、この作戦の重要功績者の一人に数えられている。
ブルックスにとって、作戦前におびえていた少女を見ていただけに、信じられない思いであった。
もっとも、小型飛翔機で見たアルクネメの姿は、愛くるしいアルク姉ではなく、確かに「特例魔導士」アルクネメ・オー・エンペロギウスであったのは間違いなかった。
実はブルックスは今回の作戦では、キリングル・ミノルフのことが気になっていた。
シリウス騎士団筆頭騎士であり、この作戦の別動隊を指揮していたミノルフが大丈夫なのか?
大丈夫であったとして、国王殺害、王宮の破壊、行政ビルを破壊した叛乱軍の大部分が残留していたシリウス騎士団に所属していた。
実際にはそれを良しとしないシリウスの騎士たちもその叛乱軍の鎮圧を支援していたらしいが、団長自らが反乱を起こしたのだ。
シリウス騎士団は、下手をすれば解体されかねないのではないか。
心配の種は尽きなかった。
ブルックスが久しぶりの学校から帰宅すると、いつもは工房で二人で作業していることが多い父ハーノルドと祖父ミフリダスが、リビングでそわそわしていた。
「お帰り、ブル。さっきエンペロギウスさんの食堂でアルクちゃんの無事を祝ってささやかなパーティーをするからって招待を受けたのよ。それで二人とも作業を片付けて、お茶を飲んでたんだけどね。どうにも落ち着かないようで…。」
「だってなあ、母さん。もしかしたら婚や…ぐふふ。」
急にハーノルドの口を母であるカイミローグが手で抑え込んだ。
「まあ、この人ったら何を言っているのかしら?」
口は笑っていたが、カイミローグの目からは殺意が溢れていた。
父さんはいったい何を言おうとして、母さんの逆鱗に触れてしまったんだ。
ブルックスがそんなことを思っていると、その隣で、少しカイミローグに恐れるような感じで、震えながらミフリダスが茶を啜っていた。
チラッと時計を見る。
「そろそろ、時間だぞ、カイルさんや。ハーノルドも馬鹿なことを口に出すなよ。」
ミフリダスにはハーノルドが何を言いたいか、分かってるような口ぶりであった。
「いや、でも、朝、もごもご。」
またもハーノルドはカイロミーグの手で口を押えられた。
だけでなく、どうもそのまま口を押えてる手に異常な力が加わっているようだ。
「さあ、行きましょうね、あなた。」
カイロミーグはそのままハーノルドを引きずって外に出た。
ブルックスもミフリダスもその後に続く。
アルクネメの実家であるエンペロギウス食堂は、ブルックスの家からものの数分で着く距離にある。
どちらかと言えば住宅街ではあるものの、広い土地に石造りの家を建てているところが多いので、行くまでにはそんなに人に会うことはない。
数人顔見知りに会って挨拶をしてればアルクネメの家に着く。
臨時休業の札がかかっているが、窓から見れば、少し明るめの電灯と、蠟燭の灯が見えた。
既にハーノルドは小型飛翔機を修理した過程で得たバッテリーの知識を活用していた。
「魔導力」で電気を作ることはできるのだが、それは一時的なもので、貯めておくことは出来なかった。
が、ハーノルドはこのバッテリーを既に5個程度作ったらしい。
そのうちの一つをエンペロギウス家にプレゼントしたようだ。
「こんにちは、エンペロギウスさん。」
カイロミーグがそう声を掛け、扉を手前に引いた。
「いらっしゃい。ようこそ、皆さん。」
アルクネメの母親であるラン・エンペロギウス・ベルが笑顔で出迎えてくれた。
ブルックスも挨拶すると、何とも言えない表情の笑みを返してくる。
親愛の情は示してくれているようだが、どこか人の秘密を見つけたかのような、落ち着かせない笑みだった。
既においしそうな料理がテーブルに並んでいる。
さらに奥の厨房からは何かを炒める音と、香ばしい匂いが漂ってきた。
「アルク!皆さんいらっしゃったわよ!」
ランが2階に向けてアルクネメを呼んだ。
「お母さん、本当にこれでそこに行くの?」
「そうよ。そのためにアルソラクソン市随一と言われる、ラビット織布店にあつらえてもらったんじゃない。」
「そうかもしれないけど。前の長い髪には似合ったかもしれないよ。でも今は切っちゃたし…。」
「うだうだ言ってないで、早く降りてらっしゃい。ブル君にしっかりアピールしなさいよ!」
「ちょっ、お母さん、変な事言わないでよ!わかった、わかりましたよ。今、降りていきます。これ歩きにくいんだけどな。」
しばらくすると、奥の階段から歩いてくる音が聞こえてきた。
現れた姿に、ハスケル家一同が、「おお!」と驚嘆の声を上げた。
薄ピンクのシルクのワンピースで、くるぶしまで丈がある。
その素足に高めのヒールの赤いエナメルの靴。
ウエストに太めの帯でサイドをリボンで止めていた。
その分、女性らしいラインが形作られ、ふくよかな胸のラインが美しい。
その上に濃紺のハーフジャケットが七分丈で上品にまとめられている感じである。
短めの金髪にプラチナのカチューシャはアルクネメの可憐さを一際演出されていた。
普段あまり見た事のない化粧が施され、ブルックスは見惚れてしまった。
「綺麗だ。」
ブルックスの口から思わず出た言葉は、アルクネメのチークをつけていなかったはずの頬を、うっすらピンク色に染めていった。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
もし、この作品を気に入っていただけましたら、ブックマークをお願いします。作者の書いていこうという気持ちを高めるのに、非常に効果的です。よろしくお願いします。
またいい点、悪い点を感じたところがあれば、是非是非感想をお願いします。
この作品が、少しでも皆様の心に残ることを、切に希望していおります。
よろしければ、次回も呼んでいただけると嬉しいです。




