第145話 賢者とアクパ
「アルクネメ卿、アクパと話が出来ますか?」
「分かりました。リング越しの方がいいでしょうか?」
「かまいません。」
腕のリングにかすかな光が点る。
(アクパ。大丈夫。もうバレてるから開き直ろう)
(う、うん。お姉ちゃんを信じる)
(この感じは、ヒトのものではないですね。もうご存じだと思います。私はこの星の「バベルの塔」に所属する賢者「サルトル」と申します。出来得れば、今後も友好的な関係を望んでいますが…)
アルクネメの中でアクパの精神が硬くなる雰囲気が伝わる。
この「魔物」の精神がもし人類に対して敵意をむき出しにするようであれば、アルクネメごと消去したとしても不思議ではない。
もし仮に、「サルトル」がその判断をした時、自分はどうすべきか?
その判断に従い、殉じるか?逃げる、または戦うか?
アルクネメの心も体も緊張し、血が引いていく感覚を懸命に抑えようとした。
(僕となにを話したいの、賢者さん)
「サルトル」が顎に右手を添え、少し首を傾ける。
その様子は少女の佇まいによく似合っているが、だからと言って考えていることがその様子にふさわしいものであるはずがなかった。
(そうですね、聞きたいことは山ほどあります。ですが、まずはあなた達「魔物」との初めての意志接触となることを、心から喜んでいます。今までは、「脅威」というだけで、あなた方「魔物」族が何を考え、どういう行動原理をしているのか、その行動のみでしか推測できませんでしたから)
(僕に多くを求められても困っちゃうよ。僕は僕の事しかわからない。他の「魔物」のことは聞かれても困るよ。わかることは答えるけど…)
(それで結構です。まず、あなたはこのアルクネメ卿の中に入ったように、他の生体の心に入ったことはありますか?)
(ないよ。これが初めて。ただ、消えたくなかったから、お姉ちゃんの中に入れればいいなと思ったんだ)
(ちょっと、待って、アクパ。あんた私に中に入る時に大丈夫って言ったよね?)
(あはは。バレちゃった。あいつに操られるのは嫌だったし、もう一つの僕の意識もなかったから、一人はさみしかった。もう体を独りで動かすのもつらかったから、お姉ちゃんに頼んで殺してもらったけど…。お姉ちゃんと話が出来て、消えそうになった僕の意識をお姉ちゃんの中なら大丈夫かと思ったんだ。うまくいって良かった、アハ)
(ちょっとお、アクパ。なんなのよ。じゃあ、もしかしたら、酷いことが起きてたかもしれないってこと?)
(うまくいったからいいでしょ。ダメだとしても、それは僕の意識が消えるだけだよ。僕の方が圧倒的に弱いんだから)
(アクパさん。あなたのもう一人とのやり取りもこういう形の思念波を使用していたのですか?)
(違うよ。こういう言語的な考え方を手に入れたのは、もう一人の僕が死んでから。それまではイメージでやり取りしてた。もう一人の僕が死んで、あいつの僕に対する干渉が強くなったんだ。その時から僕はこういう言語化を強いられた気がする)
(あいつとは、あなたを支配していた「少年」のことですね)
(そうだね。人間の小さい姿をしていたから、「少年」という見方もできるね)
(では、やはり、彼はあなたを動かすことが出来た?)
(動かすというのは、あの「鎖」で繋がれてからだよ。それまでは、飼われていたって感じかな。あいつの前のおじいちゃんは優しかったけど…)
(そう、前任者がいたという事ですか。あなたはどうやって飼われたんですか。何かいい条件でも?)
(優しくしてくれて、小さい時に、大きい餌をいっぱいくれた。で、強くなった。でも何度かそのおじいちゃんを食べようとしたけど、敵わなかった。最後には僕ともう一人の僕に光線を出す装置を付けてくれて、大きな獲物も苦もなく取れるようになったんだ。ただ最大の「テレム」を使ったのがついさっきだけど…。)
(そうか、やっぱり取り付けられたのか、あのレーザーは…。他には何かされたことは?)
(凄い昔に何かつけられた気がするけど…。覚えてない)
アクパの声に「サルトル」が何かを考えはじめた。
(アクパさん。あなたはどのぐらい生きていたんですか?それと、そのおじいさんとはいつ会ったんですか?)
(どのくらいだろう?覚えているのは、自分の顔が湖に映ったとこ。君たちの言うリノセロス級ってやつだった。それくらいにおじいさんに逢った。その時は、そうお姉ちゃんくらいの年だったかな)
(食べようとはしなかったんですか?)
(したけど、捕まって、意識がなくなった。戻った時にはもうその人を食べようという気がなくなってた。他にも何頭かの「魔物」を引き連れていた。それからは自分で他の「魔物」を捕ったり、危ない時はその人が守ってくれて、逆に大きな「魔物」をくれた)
しばし、「サルトル」が考え込んだ。
(最後の質問にします。アクパさん、あなたはアルクネメ卿の精神を乗っ取れますか?もしくはアルクネメ卿の心を喰らえますか?)
本当のことを答えるだろうか、アクパは。
アルクネメはアクパの本心を知る術を知らない。
アクパはしばらく考え込んでいるようだった。
そして…。
(無理だね。お姉ちゃんの心は強い。この身体も、君たちとは違うよね。とてもじゃないけど、刃が立たない。逆に僕の方が食われる可能性が高いと思う。でなければ、心を同調した時に僕のものになっていたと思う)
(やっぱりアクパは私を食おうとしたのね)
(その気があったらって言っただろう、お姉ちゃん。僕にその気はないよ)
(言語能力も急速に向上しておるようですね、アクパさん。結構です。「バベルの塔」はあなたの存在を認める判断をしました。アルクネメ卿をこれからも助けてください。そして、「バベルの塔」がいつも見守ってることを忘れないでください)
(それって、四六時中監視してるという事だね、「サルトル」)
(そう考えて構いません、アクパさん。これからもよろしく)
「という事で、ツインネック・モンストラムとの件は終了しました。今後のことについて、少しお話ししましょう。」
「今後のこと?」
サルトルが真剣な顔つきでアルクネメを見ている。アクパの件が終了すれば、問題がないのでは?アルクネメは緊張を解いたのも束の間、また緊張で体が硬くなってしまう。
「あなたが心に「魔物」を飼っている。先程のこともありますが、しっかりとした「心の壁」を構築しないと他の人間にバレてしまう可能性があります。」
「そう、ですね。」
「それとオオネスカ卿の件があります。」
「オオネスカ先輩?」
「そうです。意識を戻した後、あなたとオオネスカ先卿の間が以前と同じになれればよいのですが、そうはならないでしょう。最悪、学校内での変な憶測すら出るかもしれません。」
「憶測?」
「「オオネスカとアルクネメの険悪な雰囲気はアルクネメがマリオネットをその手にかけたからだ」という憶測。そしてアクパさんのことがバレれば、あなた自身が「魔物」扱いを受けかねません。」
その「サルトル」の言葉に、ミノルフが頷いていた。
これはすでに何らかの話が「バベルの塔」と騎士団の間でついているという事だろうか?
「そこで提案があります。」
「サルトル」が笑顔でアルクネメに向かう。
「2年ほど学校を休学しませんか?そうすれば、オオネスカ卿と顔を合わせることなく済みます。」
休学?私が?私は何か悪いことをしたのか?何故?
アルクネメの心を、今言われた言葉の意味を見出そうと混乱した。
「君の混乱することは理解できるよ。今回の「リクエスト」に関して、明らかにアルクの貢献が一番だ。国家勲章でも第一級の国家防護十字勲章も君の活躍に比べれば遜色するほどにね。だが、マリオネットの件を戦死扱いにするとなれば、そのことでの勲章や褒章は国としては出すことはできない。と、同時にマリオネットの「魔物」化について知っているものは、極力時期限定で、この国から遠のいてもらわなければならなくなった。5年生のオオネスカ、アスカ、オーブはマリオネットの「魔物」化前までの戦闘の功績で特別卒業として、学校を離れる。すでにオオネスカは我々シリウス騎士団飛竜隊の隊員でもあるので、私のもとで共に訓練を受けてもらうことになる。アスカはとりあえずオオネスカに付き添う形で、我が団の医療部隊に籍を置く。オーブはまず、治療を優先となるだろう。ダダラフィン達デザートストームは、外国での冒険者活動をすることになっているんだが…。アルク、ダダラフィン達と一緒に冒険者として2年間、過ごしてみないか?」
ミノルフの言葉は、アルクネメにとって、まさに意表をついた提案だった。
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