第141話 マリオネットの死の隠匿
「そうやって肉体を改造されても生き抜いた感染体は「魔物」となって、他の動植物を喰らい成長するわけですが、その生体を維持するために、「テレム」と「魔導食」が必要になるわけです。このハイブリット・ウイルスはその単体で空気中は長くても数時間程度しか生きられず、その宿主が大きくなることこそが、自分たちの生存に必要だと考えられます。結果的に、他の動植物も栄養源ですが、おなじ「魔物」、そして「魔導力」の強い人間や、飛竜を喰らうことが重要になるわけです。比較的に「テレム」の多いガンジルク山などの植物が多いところに「魔物」が多いのもそれが理由です。」
「魔物」は感染する。ただ、感染後に「魔物」になるのは極めてまれなごく一部。
「実際問題としてそのウイルスはどこにいるんだ?感染するためには「魔物」達の身体から外にばらまかれてはいるんだろう?」
バンスの賢者に対する畏怖を全く見せない口調が質問として「サルトル」に向けられる。
「正確にどこにいるかは特殊な技能を持ち合わせていないと、捉えることは難しいでしょう。」
そう言いながら「サルトル」の視線がアルクネメを射抜くように見つめている。
その眼光に、アルクネメ(とアクパ)は背筋に冷たい震えを感じた。
「ただ、ガンジルク山には相当量のハイブリット・ウイルスが漂っていると思われます。このウイルスは空気感染も起こしますのでかなりの数を皆さんは吸い込んでいる筈です。」
「俺たちは大丈夫なのか?マリオみたいなことにはならんだろうな。」
「これから本当に言いたかったことに移ります。そう、ヒトの「魔物」化について。我々は先ほど人は絶対に「魔物」にはならないと断言しました。それは、仮に多くのこのハイブリット・ウイルスが体内に侵入したとします。ですが、異常情報を持つこのウイルスは、人間のような大きな固体の免疫には抗いきれないのです。基本的に細胞内に侵入し、「テレム」があったとしても、複製を作ることは言わずもがなで、持っている情報をタンパク質などを作ることもできない。結果的には免疫機能により体外に排出されて、その個体は無傷で終わります。この事は脊椎動物では、どのような個体でも同じ結果でした。唯一の例外は5㎝程度のトカゲの産卵で、卵の中に黒い皮膚の個体が確認されたことがありますが、卵を割ることなく死んでいました。研究結果では最大1㎝程度の昆虫を使って、10万匹に試したときわずかに2匹の「魔物」化を記録しています。他の個体のうち、2割がすぐに死亡、残り8割の中で1割が3日以内に死んでいますが、他の個体は全く変化を盛ることがありませんでした。」
「大きい個体では、感染の心配はないという事ですか。」
確認するためにミノルフが問う。
「そうです。だからこそ、マリオネット卿の「魔物」化は信じられませんでした。仮にモンキー級が成長進化し、ヒトのような形になることがあっても、人そのものが「魔物」にはなれないはずでした。」
そこで長かった「サルトル」の説明が終わったことをアルクネメは理解した。
これから語られることは、何故、マリオネットが「魔物」にならなければならなかったか、という事だろう。
アルクネメは死ぬ時の安らかなマリオ先輩の顔を思い出していた。
「まず一つ、皆様に頼みたいことの一つ目です。」
そういう「サルトル」の瞳は明らかに十代前半のものではなかった。
大人の、そして真剣な瞳の色であった。
「マリオネット卿は「魔物」にはならなかった。ツインネック・モンストラムとの戦いで、名誉ある戦死を遂げた。」
「記録の改竄をしろという訳だな。」
バンスの嫌味な発言に、「サルトル」はゆっくりと頷いた。
「ヒトが「魔物」になった。この事実は市民にとって、いえ、全ての人々にとって悪夢以外の何物でもありません。そして、「魔物」となったものの強さは我々賢者であっても並大抵のことではありません。さらに「魔物」が感染症によって生まれるという事も、現時点では極秘としていただきたい。よろしくお願いします。」
そう言うと「サルトル」は説明にまま立っていた場所で深々と頭を下げた。
「このメンバーが口を合わせてくれれば、まずこの重大事項をとりあえず隠すことが出来ます。」
「だが、何時かは真実が漏れると思うんだが?」
「それは重々わかっております。基本的な人の「魔物」化については、「スサノオ」が「バベルの塔」にてその理由の調査を行う予定です。それがうまくいけば、その後で露見しても対処は出来ます。」
バンスの一般的な懐疑の言葉に、「サルトル」は「スサノオ」が「魔人」化についての研究をしていると返した。
アスカには、その方法が皆目見当がつかない。
「また、マリオネット卿の名誉の戦死は、非常に大きな悲しみを持って決断し実行したアルクネメ卿を第三者から守るためでもあります。」
その言葉に、同じチームメイトを殺害しなければならなかったアルクネメを、訳も分からない他人から精神的にも、肉体的にも守らねばならないという事をここにいるアルクネメ以外の者に想起させた。
そう、今回の戦争を終わらせた少女、アルクネメは絶対に守らなければいけない。




