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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
序曲 第10章 賢者の哀しみ
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第140話 ハイブリッドウイルス

「先程説明した細菌ですが、この大きさは顕微鏡により確認できる大きさです。ですが、「魔物」にさせる感染物質は顕微鏡で見ることができません。いわゆる風邪という病気はうつる事が知られていますが、その正体は解明されていないことになっています。」


「ちょっと待ってください!風邪の感染物質は判明していない…。「バベルの塔」は解っているんですね。」


 「サルトル」の言葉に反論しようとして、アスカは賢者というものに思い当たったようだ。


「はい、我々はすでにその正体については解ってます。この世界で難病と言われ、医療魔導士ですら治療法を見つけられていない病気に関しても、すべてではないですが、わかっています。」


 その言葉は、冷静というのではなく冷徹という表現がふさわしいと、アスカは思った。


「アスカ卿、そして皆様は思うでしょう。病気を治せるのなら、何故助けてくれないのかと。」


 アスカと、アルクネメ、サムシンクの学生が頷く。

 だが、バスクとミノルフは達観したような雰囲気で、「サルトル」を見つめていた。

 そう、「バベルの塔」は、自分たちにあまり干渉しないということを知っていた。

 基本的に、「魔物」が関与する場合と自分たちが危険にさらされない限り、動かない。


「我々「バベルの塔」は、この世界の人類に干渉することを最小限にしております。ミノルフ司令とバンス卿は充分ご存じのようですね。我々の技術力は、この世界の300年先を行っています。その理由は最大重要極秘事項です。ここで話すつもりはありません。ですが、「魔物」について、その発生を起こすもの、我々の世界では「ウイルス」と呼んでいます。」


 我々の世界、か。

 ミノルフは「サルトル」達、「バベルの塔」の住人が、この世界のものでないことを証拠づける一つの傍証ととらえた。


「このウイルスの代表的な感染症が風邪と呼ばれる一連の症状です。よく風邪をうつされたという割にはその正体は解明されていない。それは今の技術で見ることが不可能であるからです。」


「その技術を「バベルの塔」は持っていると?」


「ミノルフ司令、その通りです。順調にいけばあと100年から200年程度でその技術をこの星の人も手に入れることになるでしょう。ですが、現段階の脅威については、そう悠長なことも言っていられなくなりました。」


 この星の人、か。

 次から次へとよく出て来るもんだ。


「ウイルスを直接見る手法も既にあります。実際にこの技術を公開すると、先の「魔物」になるウイルスが発見されてしまう危惧がありました。その為、そう言った技術に関しては、人類が自分の手でつかみ取る必要を決定したのです。」


「ですが、その、ウイルス、ですか?それが蔓延してしまっては、手遅れになると思うのですが。」


 アスカが医療者としての立場で「サルトル」に質問した。


「その通りです。もし発症しやすいウイルスであれば、それ相応の対処を認められます。しかし、先ほどから言っている通り、このウイルスで「魔物」になることはないと断言できるんです。正確には昆虫程度のものより大きければ、そもそも感染するはずのない、ウイルスなのです。それについて、もう少し詳しく説明します。」


 スクリーンにウイルスの模式図が示される。

 ミノルフ達には何のことかさっぱりわからない。

 アスカだけが驚いた顔でその図を見ている。


「こんなものが存在するのですか?」


「そうですね。あなたならこの意味するところが分かるでしょう。アスカ卿。」


「これって、外殻のタンパク質はまだしも、あとは遺伝子だけって…。」


「これは簡単にした模式図です。ただ、基本的にはその解釈で結構です。このウイルスは、遺伝情報を持っているだけのものです。」


「こいつがどうやって増殖するんですか。遺伝情報だけでは増殖のしようがない…。」


「そう、だからこのウイルスというものは自分の遺伝情報を宿主の細胞に注入し、その細胞の力を横取りして、増殖します。」


「そ、そんなの、生物の基本ですらない…。」


「我々の間では、半生物などと呼ぶものもいます。」


 他の者の理解を置いてきぼりにして「サルトル」とアスカの間で話が進んでいった。


 たまらずミノルフが手を挙げ、発言を求める。

 バンスは完全に明後日の方角を向いて、意識がどこかに行っているような顔だった。


「申し訳ない。二人が何を熱く語っているのかが分からない…。」


 そこで二人がはっとした顔をした。

 前のめりに上半身を浮かしていたアスカが居ずまいを正して、座りなおした。


「すいませんでした。話しを戻します。ウイルスは細菌などと違い、自分で栄養を摂取して増殖することが出来ません。その為感染した宿主の細胞内で自分の遺伝情報を増殖させ、自分の身体を作らせて体外に出ていくという増殖戦略を取っています。通常病気になるのは、このウイルスに毒性があったり、ウイルスに対しての免疫作用により体内に異常が出るわけです。」


「そのウイルスとやらが、「魔物」を発生させているんだな?」


 バンスが意識を戻し、「サルトル」に問いかけた。


「簡単に言えばそうです。ただこのウイルスは通常のウイルスとは違います。基本的にこの世界の生物の遺伝情報を担う遺伝子は同じものを基本としています。それに対応するタンパク質が作られ、身体が作られます。ですが、この「魔物」にしてしまうウイルス、我々は「ハイブリッドウイルス」と呼んでいますが、全くこの世界にはない異質の遺伝情報が複合されていました。」


 スクリーンに違うウイルスの模式図が映る。

 遺伝情報を示す線が所々色が違うものになったいる。


「これはつまり、この遺伝子に載る筈のない情報が載ってしまっているという事でいいんですか?」


「そうです、サムシンク卿。本来あり得ない情報が載った遺伝子を持つウイルス。それがハイブリッドウイルスです。ですが、こういった異常遺伝子はその情報を発言できないので、すぐに淘汰される。即ち死滅するのが普通です。」


「そうでしょうね。情報を発現できなければ、増殖もできない。あとは死ぬだけ…。」


「サムシンクの言ってることが通常は常識。だけど、その中で生き残って、しかもその遺伝子に載っている遺伝情報を発現する状況があった。そういう事ですね、「サルトル」様。」


 なんだが講義みたいだな。

 ミノルフは昔通っていた学校の景色を思い出していた。


「通常では発現されるはずのない遺伝情報が発現する環境、それは「テレム」の存在でした。」


「「テレム」、ですか?」


「そう、「テレム」が、本来は発現するはずのない遺伝情報を発現させてしまった。そして、発現した結果、その宿主の身体は急激に違うものに作り変えられた。この反応は、その宿主に過大な負担を強いるもので、ほぼ大部分は死んだと考えられています。しかし…。」


「生き残った者がごく少数いて、そいつらが「魔物」になったという訳か。」


「ええ、そう考えられています。」


 バンスの言葉に、「サルトル」が首肯する。


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