第14話 ブルックスの哀しみ
ミノルフの命令に、いまゆっくりと、セイレイン市第18門が外側に開き始めた。
この門が開いている時が、この国の一番危険な時である。
この門が開いている時に「魔物」が襲ってくれば、この国内で暴れられてしまうのだ。
今回の戦力はかなりの量である。30分間の開門は危険を回避するギリギリのところである。
その為、飛竜大隊20名がこの上を旋回して警戒に従事している。
ただ、何もないことを祈るのみだ。
ミノルフは地上を動く1万5千の人員の移動を確認しながら、上空の飛竜隊に目を走らせる。
今のところ、飛竜が飛ぶ高度から見える範囲での異常はなさそうだ。
ミノルフは門から出ていく部隊から、少し高台から心配そうに見ている一般の人々、そのほとんどが兵士の家族たち、に視線を移した。
まさか後方からこの兵士たちに対し攻撃をしてくるような状態にはならないと思うが、国軍兵士は後方のバイエル准将が乗車している戦闘司令装甲車をメインに警戒態勢に入っている。
心配そうに見ている一群の中にゴツイ機械に乗った少年が目に入った。
ブルックス・ガウス・ハスケル。
遠目なので詳しくは解らないが、ブルの雰囲気はよくないな。
歩いて門を出ようとする兵士たちはみな一様に野戦服に身を包んでいる。
この中から特定の一人を見つけるのは難しいだろうに。
そう思って、ブルックスが見つめているであろう箇所を見てみる。
ミノルフは飛竜大隊を任されるだけあって、視力はよかった。
その為、ブルが見ている人物を判別できてしまった。
養成学校の学生を示す隊帽の襟足から短めの金髪がちらちら見えている女性が目に入った。
背負っているリュックは配給されたものではない。
そのホルスターに納まっている剣と盾は見覚えがあった。
アルクネメ・オー・エンペロギウス。
あの位置から見えるという事か。
目がいいのか、愛する者に対する心配のためか。
ミノルフは、昨日「ハスケル」から受け取った「テレム」発生器付きの件を握りしめながら、アルクネメを何とか無事に連れ帰ってやりたいと、心から思った。
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ゴツイ鉄を纏った特殊な車両、おそらく「バベルの塔」所有の機械の車だろう、が数十人の国軍へに守られるようにして門を出ていく。
先ほどまでの激励とも哀しみともとれる人々の声は、もうない。
アルク姉さんはもうかなり前に門から外に出て行った。
この後、どういう形でその「天の恵み」着陸地点の移動するのかはわからない。
さすがに徒歩ではとても作戦遂行時間には間に合わないから、何らかの移動手段があるのだろう。
自分が今乗っているバイクで追いかけるべきだろうか。
馬鹿な考えであることは十分わかってることを、ブルックスは自覚していた。
残っている燃料は半分を切っている。
それこそ「特例魔導士」であれば、自分の持つ「テレム」濃縮器を使い、十分追いかけることは可能だろうが、自分の持つ「魔導力」では、いいとこ野営ポイントに辿り着くのが精一杯だろう。
邪魔にしかならない。
このバイクをアルク姉さんに渡していれば?
扱い方に慣れていないものが、たとえ有効なものでも、余計足を引っ張ることになることはブルックス自身、骨身にしみている。
十年以上前に、父のハーノルドが剣の代金の代わりにせしめてきたこのバイクを運転しようとして、がけから落ちかけたことを思い出した。
門が締まり始めた。
数か所から明らかな安堵の心の声が漏れてきていた。
この城壁は、「魔物」達の侵入を阻むために遥か昔に建てられた代物だ。
門が開いている時に、その恐怖の対象である「魔物」が攻めてきたら、ひとたまりもない。
この門の町、セイレイン市は「冒険者」達が近辺に現れる「魔物」を駆逐したり、他の都市国家に行く際の宿場として成り立っている。
交易ロードと呼ばれる比較的安全に他の都市国家に行くルートはあるが、使用には当然のように料金、税金がかかる。
この大門ではなく、そのそばに中小のいくつかの門が設置されており、料金を払うことによりそこの開閉を操作してもらうことが出来る。
その料金は交易ロードの使用に比べ、格段に安い。
この近辺に出る「魔物」はそれほど大きいものではなく、「リクエスト」が発令されていなくとも、狩った「魔物」から有益な素材を手に入れることが出来、その売買もこの街で行われている。
サミシル藩セイレイン市から各方面行きの馬車も出ていることから、この街はそこそこの賑わいを見せている。
最外城壁の町という、「魔物」が攻めてきたときに最前線になるという事を忘れて…。
しかし、今回の大規模作戦があると、この地区に住む人々にとって、やはりここは恐怖と隣り合わせの町であることを痛感させられているようだ。
「さてと、これからどうするべきかな。」
ブルックスはバイクに跨ったまま、今後の自分の身の振り方を考えていた。
「リクエスト」の終了は最短で4日くらい。
これは目的地までの最短の往復の時間だ。
実際の回収に時間がかかれば、もっと日数を要するだろう。
「一度家に帰るべきなんだろうな」
それが現実的だ。
1万5千もの人員が今はいないから、宿は取れるとは思うが、ここに留まる理由がない。
いや当然愛する人が無事に帰ってきて、すぐに会いたい!という強い気持ちがあるが、何もせずにいれば、ただ不安に押しつぶされるだけだろうことも簡単に思い当ってしまう。
ブルックスはバイクのエンジンを始動した。
そして、昨日来た道に方向を転換する。
今は何も考えずに身体を動かすしかない、そう思ってアクセルをまわした。




