第137話 「サルトル」の説明と要請
メリークリスマス!
今回から、少し説明会が続き、そののちに、この序曲が終焉する予定です。
時間を置いて、やっとブルックス君の登場です。
よろしければお付き合いください。
今、マリオネットが殺されたのちに、ツインネック・モンストラムの死骸の上にいた者に加え、ダダラフィンとバンスが加わって、広い移動用輸送車両の中にいた。
バンスは足が不自由なダダラフィンを支え、ツインネック・モンストラムの死骸を目指していた。
バンスもまた、「魔導力」が尽きかけていたため、とてもではないがアルクネメの呼びかけに答えられる状態ではなかったのだ。
二人はツインネック・モンストラムの死骸に向かう途中で、「サルトル」が乗ってきた輸送車にのせてもらうことになった。
バンスは暖かい飲み物を与えられ、ダダラフィンは別室の医療用ベッドに寝ている。
右足の止血はアルクネメが応急でやってくれたが、再生などできるわけもなく、ベッドで失った血液の点滴を受けている。
その横に飛竜のような竜鱗を体に発生させたオオネスカが横になっている。
アスカの持っていた精神安定剤を鼻腔から嗅がされ、今は眠りに落ちている。
だがその体の損傷は見た目からは分かりにくいのだが、内臓の損傷がひどい。
右肺の半分が潰れ、肝臓の大部分が機能していない。
心臓は何とか無事だが、肋骨や大腿骨などには多くのひびがあり、右手と左足には骨折箇所があった。
神経が寸断されているところも多数あった。
今はアスカほどではないが、国軍の医師と看護師が二人の治療を行っている。
アスカは出来ればオオネスカから離れたくはなかったが、賢者「サルトル」の要請により、これから行われるマリオネットの「魔物」化についての検討会なるものに参加するために、この医療室を離れた。
この二人のほかに、左足をツインネック・モンストラムの死骸から切り離されたマリオネットの遺体が、冷却カプセルの中に入れられ、置く場所がないために同じ医療室に入れられている。
この大型輸送車は、今回の「天の恵み」回収作戦の上層部の搬送用に本隊で使用されていたものであり、「天の恵み」回収用搬送車両と一緒にクワイヨン国に向かっていた。
「スサノオ」がオービットの乗る兵員輸送車に到着するとすぐに、「サルトル」にツインネック・モンストラムの死骸に向けて持ってくるように指示され、急遽反転し、この車両の出せうる最高速度で戻ってきた車両であった。
その時に「スサノオ」から「サルトル」にそこに残っていた者たちへの状況の説明、並びに要請を指示されていた。
この件は、クワイヨン国のみならず、この世界全てを巻き込みかねない大きな問題を孕んでいるためであった。
今もこの車両は最大速度で、クワイヨン国への帰還するために「天の恵み」回収用搬送車両に向かっている。
結局俺は何の役にも立たなかったな。
ミノルフは大きく揺れる車内でそんな自虐的な想いを感じていた。
ここでバラバラに戦っている学生や冒険者に指令の任を、目の前にいる「サルトル」から託され、ペガサスと共に戦地に赴いたが、出来た事と言えば、超人たちの戦いをただ見てうただけ。
しいて言えば、オオネスカの窮地に間に合い助けることが出来た事と、アルクネメの倒れる瞬間に、支えることが出来たぐらいか。
(そんなことはない。お前がいなければ、あの戦闘の後の対処は誰もできなかった。あの状況を報告できるものは存在しなかっただろう?)
リングから聞こえるエンジェルの思念波だった。
確かに、あそこで何が起きたか、何故マリオが人間に戻っているにもかかわらず、アルクネメが殺さなければならなかったのか、「サルトル」に報告できた人間は自分しかいなかった。
だが、何も出来なかったという虚無感は拭い切れない。
「それでは、今回の事態に関しての報告と説明を行います。これは「バベルの塔」を代表して今回の作戦の責任者、賢者「スサノオ」の要請により行われることを付け加えておきます。」
「サルトル」はそう言うと、この会議室に集まった人々にその視線を向ける。
長い机の短い辺に「サルトル」が座している。
その後ろに大型のスクリーンがはめ込まれ、クワイヨン国とガンジルク山、その間をつなぐようなルートが3本繋がれている。
今回の作戦のルートであることを全員が認識していた。
「サルトル」の右側にこの作戦中のシリウス別動隊司令キリングル・ミノルフ、その横にデザートストームの唯一のメンバーであるチャチャナル・ネルディ・バンスが座っている。
「サルトル」の左側にアルクネメ・オー・エンペロギウス、その横にアスカ・ケイ・ムラサメ、サムシンク・オオキが座っている。
別室にエンジェルとペガサスが公開思念波通信装置で会議に参加できるようになっている。
「ではまず、今回の作戦の概要から説明します。」
そう言った「サルトル」は「天の恵み」の不時着から、「リクエスト」公布、戦力とその運用、3ルートからの不時着場所までの移動を説明した。概ね、ほぼ知っていた内容だが、学生達には自分たちの置かれた状況以外の作戦の状況を初めて知ったことも多かった。
「最初の戦闘は、このユスリフルで行われた。本来なら安全と思われた野営地であったが、多くの「魔物」達との交戦になった場所である。」
「それはそう仕組んだ奴がいた。そうですね「サルトル」。」
バンスが、さも偶発的に起こったように語った「サルトル」に向かい切り込む。
「ええ、そうです。実際に野営施設があることからも安全であることは間違いなかった。ただし、今回に限って言えばここにいつもと違う要因があった。」
「多数の「特例魔導士」の存在、つまり学生たちが多くいた。ですね。」
「すべて見抜かれてんすか。そう、その通りです。「魔物」の習性に、「テレム」の存在と、「魔導力」の大きなものを摂食するというものがあります。」
「我々は、餌、ですか?」
アスカが、この会話から推察されるもっともあり得る答えを口にした。
「餌、というのは正確さにかけます。確かにあなた達「特例魔導士」の学生たちを多く密集させ、「魔物」達が近寄りやすくしたのは事実です。ですが、このユスリフル野営地までは山からそこそこ離れている。ここに来るものは「魔物」としてはランクの低い者ばかりのはずだったんです。」
「それはどういう目論見で、ですか?」
「山中は弱肉強食の世界です。また、住んで入るのは「魔物」ばかりではありません。詳しい調査はしてはおりませんが、多くても全動物の1割といったところでしょうか。通常の栄養補給では、山を出る必要がないんです。「特例魔導士」の匂いで出てくるものは「魔導力」を欲しがる下っ端だけのはずでした。「魔導力」が大きいランクの高い「魔物」は山の中の「魔物」を食せばいいわけですから。つまり、あまり「魔導力」を持つ者を喰らう事の出来ない低級な「魔物」が襲ってくると読んだのです。」
「サルトル」はそこで大きく息をついた。
「ですが、結局我々の考えが浅はかだったという事でした。モンキー級や、ウルフ級くらいだと踏んでいたのですが、タイガー級、ベア級、タートル級の出現は想定外でした。」
「まさにそうだな。「サルトル」様からその話を聞いたときには、はらわたが煮えくり返る気がした。いくら、実戦を経験させるためとはいえ、学生の1割が死んだのだから。」
「ミノルフ司令。私に様付けはしなくて結構です。その後の作戦展開はここのメンバーは承知してましたね。」
「テレム強化剤」の漏洩、その防護のための爆裂飛翔体の緊急射出、ツインネック・モンストラムの出現、その対応は、ほぼここにいる者たちでの処理だった。
そして、ツインネック・モンストラムの追撃。
「そして、この戦いの中で我々はこの事態を生み出した「敵」と相対することになりました。」
「少年のような悪魔。」
サムシンクが呟いた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
もう少しでこの序曲が、終わり、本篇に移行する予定です。
そのモチベーションのために、是非、ブクマ、感想、よろしくお願いします。




