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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
序曲 第10章 賢者の哀しみ
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第136話 オオネスカの絶望

 アルクネメの剣がマリオネットを右肩から左脇腹にかけて斜めに切断した。


 その光景に耐え切れず、オオネスカは絶叫した。

 全身に痛みを感じているにも関わらず、エンジェルから飛び降り、マリオネットに駆け寄る。


「マリオ!」


 マリオネットの足に急速に広がっていった赤い目は、アルクネメの剣により体が二つに裂かれた時点で消えていた。


「オオ、ネスカ、済まな…、かった。」


 こときれた。


 切断されたマリオネットの上半分にしがみつくように抱き着き、溢れる血で汚れることも厭わず、ただ泣いた。


 そのときに、ツインネック・モンストラムの死骸の上に、アスカとサムシンクが現れた。


 そこで、マリオネットの凄惨な姿が二人の視界に飛び込んできた。


 マリオネットの死体に左腕はなかった。

 さらに右肩から左わき腹で切断され、今も血が流れだしている。

 その上半身部分をオオネスカが抱きしめており、下半身部分は左足がツインネック・モンストラムの死骸の中に埋もれていた。


 その死体の前に折れた剣を握り締めて立ちすくんだまま、アルクネメがオオネスカとマリオネットの死体を見ていた。

 その目からは涙が溢れている。


 アルクネメの翼はしおれるようにして背中に垂れ下がっている。

 先程まばゆい光を放っていた神々しさは今は欠片もなかった。


 その横にミノルフが立ち、慰めようとしていたのか、上げられた右手が虚空を彷徨っていた。


 二頭の飛竜が、悲しげにそんな人間たちを見つめ、静かにたたずんでいた。


 その悲しみに満ちた雰囲気に怒号が響いた。


「アルク!私止めたよね!マリオを殺さないでって。頼んだよね。どうして、私の願いを聞いてくれなかったの!もう、マリオは「魔物」じゃなかった!人間に戻っていたのよ!どうして、ねえ、答えてよ!どうしてマリオを殺したの!どうして!」


 マリオの流す血で汚れ、涙で顔がぐしゃぐしゃになったその顔に、仲間を思い、アルクネメに優しく寄り添った姉のような姿はそこにはなかった。


 憎しみに満ちたその目が、悲しみの果てにマリオネットの殺害を実行せざるを得なかった少女を射貫くように突き刺す。


 アルクネメはオオネスカの非難を、その体全身で受けていた。


 エンジェルは動けなかった。

 自分が人間と同じ大きさなら、オオネスカを止めに行っただろう。

 だが、全長で5mを超える自分の身体でマリオネットの死体を抱きしめるオオネスカを止めに行けば、他の人間に危害を加えかねない。

 特にオオネスカが悪しざまに告発を繰り返している相手、アルクネメを自分の尾で薙ぎ倒しかねない。


 だが、と思う。


 オオネスカはマリオネット殺す罪をアルクネメ一人に負わせられないとまで言った責任感を人一倍感じていたはずなのに、そのオオネスカが今、まさにその罪を告発する側に回っている。


 エンジェルにはオオネスカの心情をよくわかっていた。


 殺さねばならないと思って、悲壮な決意を胸に秘めていたが、「魔物」から人間に戻れたと思ったのだろう。

 仲間を自分の手で撃たなくて済んだ。

 しかも、元の人間に戻ってきた。


 嬉しかったに違いない。

 幼いころから見てきたお嬢、オオネスカの喜びは想像に難くなかった。


 人間に戻ってきたはずのマリオネットが目の前で殺された。

 しかも妹のように可愛がってきたアルクネメによって…。


 オオネスカは、半狂乱状態になるのも無理はなかった。

 だがその矛の先に晒された少女の心は?

 実際にその手で先輩にあたるマリオネットを殺すしか選択のなかった後輩の精神は?


 大丈夫なわけがない。


「人殺し!」


 言ってはならない言葉を、オオネスカはアルクネメにぶつけた。


「アルクの人殺し!」


 騒ぎ立てるオオネスカの元に、アスカはやっと辿り着いた。


 この状態が、なぜ起こったかは定かではなかった。


 それでも、竜鱗の多くがはがれ、その下の肌が傷だらけで、アルクネメを罵る間に何度も吐血しているオオネスカが無事なわけがない。


 きっと、今の興奮状態が一時的に体の激痛を感じさせなくなっていると想像するのは、難しいことではなかった。


 アスカは持ってきた背嚢から医薬品の入った箱を出し、鎮静剤を染み込ませてあるガーゼを取り出し、アルクネメを罵り続けるオオネスカの口をふさぐように嗅がせた。


 暫くアスカの腕を振り払おうとするが、すぐに体から力が抜けてアスカの腕の中に倒れ込んできた。


 その情景をうつろな目で見ていたアルクネメもまた、オオネスカが静かになるのを見届けるようにして、そのまま両膝をつき、倒れそうになったところをミノルフが抱きとめた。


 静かに眠るように意識を失ったオオネスカを抱きしめながら、周りを見渡した。


「何があったんですか?」


 誰にともなくアスカは尋ねた。


 その言葉に応えは返ってこなかったが、さらに人影が、このツインネック・モンストラムの死骸の上に顔を出した。


 賢者「サルトル」である。


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