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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
序曲 第10章 賢者の哀しみ
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第135話 マリオネットの願い・オオネスカの想い

「マリオ先輩!」


 アルクネメの悲痛な呼びかけにも、今は反応を示さない。


(お姉ちゃん!中の虫たちが増え始めてる。やっぱり全部は殺せなかったんだ!)


 アクパの悲鳴のような声がアルクネメの全身に広がった。


 アルクメネの目に、ツインネック・モンストラムからの「テレム」が流れ込んできているのと同時に、その虫と思われるものが、確かに増えているように見えた。

 アクパは噓を言っていない。


 マリオネットの体が立ち上がるように、動く。

 おかしな方向に捻じられていたはずの太腿も正常に戻ったようだ。


 その赤い瞳から、雫が落ちる。


「ア…ル…ク…。」


 声が零れた。

 その小さく零れた声を、アルクネメはしっかりと聞き取った。


 そのマリオネットの小さな命の叫びを纏った呟きの意味するところを、アルクネメは悟ってしまった。

 そしてそれが正気に戻ったことによる、必死の懇願。


 その真の意味を知ることが出来たのは、今、共にいるアクパの最期の願いと同じものだったから、である。


 すなわち、


「殺してくれ」という重い響き。


 先ほどまでの「魔物」との命を賭けた戦いの中では、何度も行おうとした行為であった。


 だが、この言葉、この想いは、あの時とは全く違う。


 そしてそれは人のまま死なせて欲しいという、マリオネットの心そのものだった。


 アルクネメは、頭の中で騒ぎ立てるアクパを完全に自分の思考から切り離し、ほんの一呼吸、心の水面を波一つ絶たない、静かな状態にする。


 無心。


 そして、


「マリオ先輩の心、確かに受け止めました。」


 アルクネメの翼が大きく広げられた。


 その姿に、傷つきながらも懸命に上半身を起こし、オオネスカはアルクネメの心を読み取った。


「やめて、アルク!マリオは、もう、「魔物」にはならない!」


 アルクネメの耳に、オオネスカの恐ろしく純粋な願いが聞こえた。


 アルクネメ自身、その静止の声に従いたい衝動に駆られる。


 だが、その衝動は、マリオネットの小さな呟きを抑えるには、あまりにも不十分だった。


 翼を開き、頭の先からつま先まで、アルクネメの決意を示すようにしっかりと伸びた。


 そして体から、目が眩むほどの光が発せられた。


 決意は変わらない。


 それでも、その責を果たさねばならないことに、アルクネメの心は哀しく染まっていった。


 折れた剣を頭上にかざす。

 身体から放たれている光が、折れた剣の刃を形作るかのように集まり、天へと伸び始めた。


 ロングソード現象。


 今回の戦いの中で自分自身も修得し、さらに他の者のなしたその現象の中で、ミノルフはこんなにも美しいものであることに、改めて目を見張った。


「やめて!これ以上、もう私の仲間を!」


 オオネスカはそれ以上の言葉を出すことが出来ず、エンジェルの背に突っ伏すように倒れた。


 マリオネットの身体は、しっかりと立ち上がり、ツインネック・モンストラムの身体に突き刺さった左足から、赤い目が次々と開いていく。


 マリオネットが天空に伸びる光の剣をかざすアルクネメに向かい、微笑みらしきものを浮かべ、その瞼を閉じた。


 アルクネメの目から涙が流れ落ちる。


「いきます、マリオ先輩。」


 その言葉を発するのとほぼ同時に、天にかざすその剣を、袈裟懸けに振り下ろした。


「うわああああああああああああああ~~~~~~~~!」


 オオネスカの絶叫が、その空間を支配した。




 アスカとサムシンクはサムシンクの作り出したフライングソーサーに乗り、ツインネック・モンストラムの死骸に向かっていた。


 賢者「スサノオ」がオービットの治療を続ける車両に荒い息をして乗り込んできたのはつい先程だった。


 既にシシドーは息絶えていた。


 ヤコブシンは何とか意識を戻し、国軍兵士の操る小さな車両で「天の恵み」回収用搬送車両に向かっていた。


 オービットは生きている。

 それは間違いがなかった。

 しかも、リングが光り誰かと精神感応通信を行っていることもアスカにはわかっていた。

 だが、本当に意識を取り戻したようには見えなかったため、引き続き、オービットの身体のモニターをしつつ心臓に「テレム」を送り込み、治療を続けていた時だった。


 「スサノオ」は片手に自分たちが渡された「テレム強化剤」を注入した時の円筒形の機器を持っていた。

 「スサノオ」でさえも「テレム強化剤」の連続注入をしなければならないほどの「魔物」だと思った。

 だが、それが本当にあのマリオネットが「魔物」化したものとは信じ切れずにいた。

 ヤコブシンからその話を聞かされたときには、何故そんな話を聞かせるのか正気を疑ったほどだ。

 が、オービットの通信したと思われる数分後に戦闘用リングからアルクネメの戦闘参加要請の言葉、続く「スサノオ」の参戦の表明から、かなり強い相手であることは見当がついていた。


 その後は戦闘用リングが使われることはなかったため、詳細が分からないでいたのだ。


 詳しい話はその賢者「スサノオ」からもたらされた。


 やはり、ヤコブシンの言っていた通りに、「魔物」化したマリオネットと戦っていたこと、さらにオオネスカが「魔物」化したマリオネットと戦い、重傷を負っていることを告げられた。


 オオネスカが重傷。

 それはアスカにとって自分が死ぬことよりもおぞましいことであった。


 アスカ・ケイ・ムラサメはバッシュフォード伯爵家の従者の子として生まれた。

 その翌年にオオネスカ・ライト・バッシュフォードが誕生する。

 かくして、伯爵家従者の子、アスカはその美しい姫の従者として、ごく自然にその立場を受け入れた。

 特に父親のケンシン・エー・ムラサメが伯爵家付きの医者であったこともあり、医療の知識を幼い頃から吸収し、オオネスカを助けてきた。


 幼少よりオオネスカの世話をする必要があったため、アスカは男性であったが、オオネスカと同じように女性の振舞い方を身に着けてしまっているという、特殊な状態になってしまっていた。


 さらに運命は否応なく二人を近づけた。


 「特例魔導士」のサインともいうべきファンファーレが二人全く同時に鳴り響いたのである。


 アスカにとってオオネスカは自分の命を捧げる対象になっていった。


 そのオオネスカが重傷を負った!


 自分が医療の知識と、回復の特殊技能を持つ「特例魔導士」となったのは何のためか?


 オオネスカこそが、アスカにとっての存在理由(レゾン・デートル)であったのだ。


 が、仲間を大事にするオオネスカにとって、オービットもまた彼女の大切な人の一人であった。


 どうするべきか?


「オービットは私が責任を持って診る。君たちは一刻も早くオオネスカを助けに行きなさい。」


 この「スサノオ」の一言がアスカの背中を押したのだ。


 アスカは医療器具の入った背嚢を担ぎ、サムシンクとともに、輸送車両から出たのだった。


 オービットを賢者に任せ、ツインネック・モンストラムの死骸の近くまで来た時だった。


「うわああああああああああああああ~~~~~~~~!」


 アスカとサムシンクはオオネスカの絶叫を聞いた。


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