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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
序曲 第10章 賢者の哀しみ
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第128話 死闘 Ⅱ

 全くピクリとも動かない「カエサル」をアルクネメに見せつけるように立つ「魔物」の口元が醜く歪む。


「遅かったな、アルクネメ!これからこの賢者殿の体をいただいた後、てめえをちぎってやるからよ。待ってな。」


 そういうと、「魔物」の口が真横にぱっくりと開き、動かない「カエサル」の頭部を丸ごと咥え込んだ。


「まずい!アルク!阻止してくれ!賢者をあいつに食わせては、取り返しがつかない!」


 バンスが絶叫しながら、懸命に「魔物」を止めるために、疾走してくる。

 既に体力も「魔導力」も底をついているはずなのに…。


 同様に、高速で疾駆するアルクネメも、「カエサル」の頭部を完全に口の中に収め、あり得ないほど頬から喉が膨れ上がっている。

 首が噛み千切られ、首のなくなった上半身をそのまま放り投げた。


 アルクネメは一歩間に合わなかった。


 アルクネメはそのまま剣を振りかざし、「魔物」に斬撃を仕掛けた。


 が、「魔物」は軽々と身を(ヒルガエ)し、アルクネメからも、バンスからも距離を取った。


 大きく膨れた口元が、骨を砕く寒気を(モヨオ)す不気味な音を、これ見よがしに大きく響かせた。


 咀嚼(ソシャク)が続く中、バンスはとうとう足を絡ませて、地面に転がった。


 アルクネメもまた、言いようのない無力感に囚われ、「魔物」の数m前で地面に降り、自分の心を奮い立たせて立ち上がった。


 次の戦いの幕開けに備えて…。

 賢者の力を手に入れた「魔物」と対峙するために…。


 その時、アクパが悲壮感を漂わせるアルクネメに、力強く声を掛けてきた。


(お姉ちゃん、そんなに心配しなくてもいいよ。確かにあいつが人間を喰ったことで多少は再生するかもしれないけど…)


(だって、賢者を喰らったんだよ。さっき、賢者の一部を吸収して格段に強くなったようなことを言ってたよね、アクパ)


(そう、本当にその賢者とやらを喰えば、そうなるんだけど…。今のあの死骸ではそうはならない)


 アクパが首をちぎられ、上半身と下半身が爆発したために分断された、悲惨な死体に目をやりながら呟く。


(何が言いたいのか、理解できないよ)


(あの死骸はもう賢者じゃないんだ)


(えっ!)


 アルクネメが驚いて、その死体をまじまじと見た。


 その後方で「カエサル」の頭部を咀嚼し終わったようで、内臓へと飲み込む「魔物」の姿が見えた。

 満足そうにこちらに視線を向け、獰猛な笑みを浮かべる。


「賢者「カエサル」の頭部を頂いたよ。この体に吸収されれば、お前らに勝ち目はないぜ。とっとと逃げたらどうだ。後ろから襲うなんてことはしねえからさ。」


 その残忍な面持ちは、その言葉が嘘であることを雄弁に語っていた。


 戦うしかない。


 バンスは地面にしたたか、体を打ったはずだが、剣を杖のようにして、体を起こし立ち上がった。

 顔には血の気はなく、その状態は痛々しいものであったが、毅然としていた。

 刺し違えてでも、ここで「魔物」を止める気でいることが、アルクネメには痛いほどわかった。


 アルクネメもしっかりと右手で剣を構えた。

 左手には鞭のようにしなる光るひも状のものが出現した。

 さらに纏う羽毛が逆立つように、「魔物」に向かっている。


 「魔物」はこの状態でも、小刻みにアルクネメの体内に攻撃を仕掛けていた。


「まったく、うっとうしい!」


 アルクネメは大地を蹴った。

 左手の輝く鞭をしならせる。

 少し怯んだところに剣を薙ぐ。


 「魔物」の体がその動きに反応するが、右手の爪だけで軽くいなすとその表情をゆがめた。


 ぎりぎりでアルクネメの剣から逃れ、何かをしようとしている。

 だが、どうやら思った通りに事は運ばなかったらしい。


「おかしい!無くした手も、「幻体」も出て来やしねえ!どうなってんだ!」


 賢者の体を、特に頭部を吸収したはずの「魔物」にとって、思ったように「魔導力」が使えないようだ。

 明らかな隙が出来ている。


 アルクネメは左手の光鞭をしならせ、さらに長い距離に対して立て続けに打ち付けた。


 「魔物」の体の前でその鞭は跳ね返されていたが、その間に距離を詰め、その足元に巨大な力場を発生、動きを止めようとする。

 と同時に「魔物」の頭上に雨のごとく光弾を降らせた。


 アルクネメの鞭の攻撃に「魔物」の意識が戻され、足元の変化にも気づいたのか、地を蹴った。


 一拍置いてその「魔物」がいた場所に光弾が降り注ぎ、地面が弾けた。

 残っていた「カエサル」の死体もその爆発に散り散りに崩れていった。


 その爆発のさなか、再びアルクネメの体が宙を舞う。


(何があったの、アクパ。さっきマリオ先輩のことは心配がいらないようなことを言っていたと思うんだけど)


(あの死骸はもう賢者ではなくなっていたんだ)


(それは死んでいるからということ?)


(僕もうまく説明できないんだけど…。僕の体がお姉ちゃんに殺されたでしょう?)


(あ、う、うん、そうだ、ね)


(あ、別に攻めるわけじゃなくて…、お礼言ったと思うけどな。で、体は死んでも、ここ、「テレム」がいっぱいあるから、さっきみたいに残留思念、だっけ。そういう状態で残るんだよ、体が死んでも)


(そう、なんだ。あれはアクパだからかと思った)


(僕が特別なのは認めるけど。でね、あの死骸の周りに、違うな、もっと前から。賢者の思念はあの空間?場?にはなかったんだ)


(意味が分からないよ、アクパ)


 アルクネメは何処かを目指してる「魔物」との距離を詰めながら、アクパの言おうとしていることを考えた。


(例えがいいかわからないけど、剣とか槍とか、武器を使ってて壊れて使えなくなったら、どうする?)


(その状態にもよると思うけど…。修理が出来るんだったら直すかな。でも、だめそうなら、新しい物に変える?そんな感じ?)


(それを賢者はやった、と言ったらわかるかな?)


(まさか、体が使い物にならなくなったから、捨てて、どこかに行ったということ?精神?心?)


(そう、そう。その賢者の精神がどこに行ったかはわからないけど…。あの死骸は抜け殻なんだよ。ある意味では脱皮した後って言った方が、わかってもらえるのかな)


 アルクネメには驚きと納得が同時に湧き起った。

 簡単に精神と体を分離できることは驚きだが、「サルトル」のあの10歳くらいにしか見えない体に、恐ろしいほど落ち着いた態度。

 ずっと違和感があった。

 もしあの肉体に違う精神が憑依していたとしたら…。


 そして思い出した。

 オオネスカ先輩の言っていたこと。

 確か「カエサル」が言った言葉だと思う。

 「君たちと同じ体」、確かそんなことを言っていたと。


(賢者の使っていた体だから、吸収すればそれなりに力にはなるだろうけど…。奴は右手を喰らったときよりも巨大な力を得られると思ったに違いない。それが全く実感できなかったんだよ、たぶん)


 「魔物」が逃げ続けている。


 もう少しで追いつけると思ったが、左手の再生はできなくとも、やはり「魔導力」自体は大きくなっているようだ。

 アルクネメが思ったようには距離が縮まらない。


 ふと「スサノオ」の大きさが変わった気がした。

 もしかしたら「カエサル」の精神が同居した?


 違う!

 単純に距離が近づいただけ。

 そう、「魔物」の目的は…。


(あいつ、僕の体を狙ってる!)


 「魔物」は「スサノオ」が手を出さないと踏んで、ツインネック・モンストラムの死骸から「テレム」を奪おうとしているのか!


 賢者二人を相手にしては分が悪い。

 そう考えて、敢えてツインネック・モンストラムの死骸から遠ざかって戦っていたはずだ。

 しかし、「カエサル」が死んでも「スサノオ」は動こうとしない。

 「スサノオ」は動かない。

 そう判断した「魔物」は、ツインネック・モンストラムの死骸にある多量の「テレム」に目を付けたようだ。


(お姉ちゃん!僕をあいつから守って!)


 悲痛な叫びであった。


 あの「魔物」を強くさせれば更なる犠牲者が増える。


 私はもう迷わない。

 たとえあの優しく強かったマリオ先輩に許しを請われても…。


 私はマリオ先輩を殺す!


 懸命に「魔物」に向かってアルクネメは飛んだ。


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