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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
序曲 第10章 賢者の哀しみ
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第122話 アルクネメの中のアクパ

 アルクネメがそこに変わり果てたマリオネットを、ただ見ていた。


 信じられなかった。

 あの優しいマリオ先輩が、グスタフ殿を殺し、シシドー殿を殺そうとした。

 ヤコブシン殿も傷つけ、今は賢者「カエサル」と殺し合いを演じている。


 しかも、オオネスカ先輩にさえその殺意を向けている。


 アルクネメは、呆然とその戦闘を見ていた。

 見ることしかできなかった。


「なぜ?マリオ先輩があんな「魔物」になってしまうの?」


 誰が答えてくれるわけではないことをわかっていながら、口に出すしかできない自分が非常に惨めだった。

 何もできないのだろうか?

 もう、元には戻れないのだろうか?


「誰が悪いの、ね、誰か応えてよ!」


 必死の叫びだった。

 だが誰もその言葉に応えるものはいない…。


 そう、いないはずだった。


(あいつだよ、僕たちを操っていたあいつが、あの人を「魔物」にしたんだ)


 どこかから、確かに声が聞こえた。

 それも精神波、のはずだが、通常のリングも戦闘用のリングも沈黙している。

 周りには誰もいない。あるのはツインネック・モンストラムの首だけだ。


(そうだよ、僕だよ、お姉ちゃん)


 再度、その精神波がダイレクトに自分の脳に突き刺さってくる。

 この子供の様な思念は、確かについさっきまで聞いていた声。


(ツインネック・モンストラム?いえ、アクパーラーの声?)


(そうだよ、お姉ちゃん。さっき僕をあいつの軛から解き放ってくれたアクパーラーだよ。ああ、そうか、お姉ちゃんたちは、僕をツインネック・モンストラムとか読んでたっけ)


 アルクネメは、驚いて静かに眠るように目を閉じているツインネック・モンストラムの首だけの姿を振り向いて確認した。


 息をしているようには見えない。

 だが、「魔物」は自分たちとは違う存在だ。

 息をしていなくても、赤い目が消えていても、もしかしたらまだ生きているのかもしれない。


(ああ、その点は警戒しなくても大丈夫だよ。今のこの地域が、さっきの白い世界ほどではないとはいえ、「テレム」濃度は高いけど…。僕の体は生存をやめて、持っていた「テレム」を垂れ流している状態。他に「魔物」がいれば喜んでこの死肉を喰らいに来るとこだけどね。)


  まさにすぐそこに「魔物」がいるが、ツインネック・モンストラムの言いたいのは普通の「魔物」達のことだろう。


(この濃度の高い「テレム」のおかげで私とあなたが会話ができるということかしら。死んでいるのに…。)


(そうだね。多分、その考えでいいと思うけど、詳しいことは解んないや。ざんりゅうしねんとかいうことらしいんだけど…)


(残留思念?魂みたいなものかしらね、ツインネック・モンストラム…。うーん、この呼び方はなんか長くていやね…。そうだ、アクパーラーと呼ばれてたのなら、アクパちゃんって呼んでいい?)


 その残留思念が少し戸惑ったように感じた。


(アクパ、ちゃんか…。年齢だけで言えば、たぶん僕の方がかなり年上な気もするんだけど…、うん、いいよ、僕、これからアクパで!)


 少し考えた末に、テンション高めの声が帰ってきた。


(じゃあさ、アクパちゃん、さっきの話だけど、なんでマリオ先輩は「魔物」になってしまったの?)


(その前にお姉ちゃん。僕のお願い、聞いてくれる?)


(えっ、急に?叶えられることなら叶えてあげたいけど…。なに?)


 アルクネメの周りに感じるそのツインネック・モンストラムの残留思念とやらが、もじもじしたような気がした。


(僕を、お姉ちゃんの中に入れてほしいんだ。このままだと、もう消えてしまうだけだから…。)


(それって、私の体に寄生するってこと?)


(まあ、そんな感じ。と言ってもこの思念だけだから、体には負担はかからないと思うんだけど)


(そうは言われてもね。私もアクパちゃんに愛着は感じてるけど、自分の中に入られるのはなあ。それでなくてもマリオ先輩の「魔物」化を目の当たりにしちゃってるし、変にこの体を乗っ取られるのも嫌だしなあ。)


 そう言ってる間にも、確かにその思念派の力が少し弱ったように感じた。


(乗っ取るなんてことはないし、それ以上に僕のこの弱い思念では無理な話だよ。「魔物」化の件については、よくは解らないけど、もっと特殊な条件が必要そうだし…)


 徐々に弱まるその思念派に、アルクネメは決断した。


(わかったわ、アクパ。私の中に入りなさい)


(ありがとう、お姉ちゃん!)


 瞬間、アルクネメの心に未だ経験したことのない圧力がかかった。

 心臓を圧迫するような、のどが使えてうまく呼吸ができない。

 強引に穴を開けられるような感覚。

 そして体の根幹を開かれるような気持ち悪さが続く。

 脈が激しく波打ち、頭の血管がズキンズキンと軋む。

 耳の中にノイズが鳴り響き、外界との感覚がなくなる不安感が襲ってきた。


(これは…、はや、まった、かな)


 アルクネメは耐えられずにその場に蹲り、いつ終わるとも知れない圧迫感にただひたすら耐えた。


(もしかして、私、やっぱり、まも…)


 急に視界が開けた感じになった。

 あれほど執拗に続いていた胸や頭にあった圧迫感が嘘のように去り、晴れやかな想いが心を満たしていく。


 その想いは、ツインネック・モンストラムのものであった。


(ごめんなさい、お姉ちゃん。辛い想いさせちゃったみたいで…。)


(ううん、もう大丈夫。アクパちゃんも大丈夫そうだね)


 急激に去った圧迫感や痛みは、どうやらアクパーラーとの意識の同調がもたらした症状のようだ。

 今は、弱くなっていた声も充分聞き取りやすくなってきた。


 蹲っていた体を起こし、マリオネットだった「魔物」は、「カエサル」との死闘を繰り広げていた。


 だが、おかしなことが起こっていた。

 アルクネメは、それほど動体視力が優れているわけではない。

 それなのに、「魔物」と「カエサル」の繰り出す攻撃をつぶさに理解できた。


 しかも、体内で起こっている「テレム」の攻防戦すら、知覚できるようになっていたのだ。


「これは一体…。」


(ぼくが見てきた景色だよ、お姉ちゃん)


「えっ!」


(ぼくが、もう一人の僕と一緒に見てきた景色。「テレム」っていうの、あれ?そのものがどう動いているかを見ることが出来るんだ。でも、体が大きくなって、なかなか俊敏に動くことは出来なかったけど、「テレム」がなければ青の大きな体を支えることが出来なかったからかな。「テレム」の動きはよく見える。今、それがお姉ちゃんの力になってるんだと思うよ。)


 アルクネメはアクパの言うことに戦慄を覚えた。

 もしかしたら、「魔物」が「魔物」を喰らうのは「テレム」を多く摂取するだけでなく、その力も取り込んでいたからなのだろうか?


 今、アルクネメはさらなる「魔導力」をわが身に備えたことを知った。


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