第121話 「サルトル」の苦悩
「スサノオ」から送られてくる情報を見るため、今は誰もこの部屋には近づかせないようにしている。
「天の恵み」回収用搬送車は問題なく交易ロード経由でのクワイヨンの「バベルの塔」に予定通りに進んでいる。
「サルトル」は「スサノオ」の情報にこの指令室の椅子から動けずにいた。
「ヒトが「魔物」になった?どういうことですか、「スサノオ」」
「それが分かれば苦労はしない。オオネスカチームの学生、マリオネットが「魔物」になった。直前に「テレム強化剤」を体内に取り込ませたことと関係するかどうか不明だが、他の「治験者」に異常がないところを見ると、直接的には関係してないと思われるが…。見たところ、体格が1・5倍以上になっている。全身を黒い皮膚で覆われ、結構な数の赤い亀裂が見られる。「魔物」の特徴そのものだ。ただ、これまでにあまり知的な行動を見せることはない「魔物」だが、どうやらツインネック・モンストラムには幼い子供程度の知力があったようだが…。だが、そんなことよりも、通常の成人が「魔物」となった場合、その記憶も受け継いでいるし、知力も備わっている。さらに「魔導力」も桁違いな印象だ。もっとも「テレム強化剤」を使用しているから、この剣も考慮せねばならないとは思うがね。」
普段寡黙な「スサノオ」が饒舌になっている。
もともとこの「スサノオ」の名を継ぐ前、アレクス・カサブランの時は研究者として優秀だった男だ。
確か「魔物」発見時から「魔物」についてかなり研究をしていたはずだ。
国際研究チームでムゲンシンの「魔物」研究で第一人者と言われるマイアトボス・クーミコワフと共同研究をしていたはずだ。
ヒトは「魔物」にはなれない。
そう「ならない」ではなく「なれない」という表現をしていた。
「ヒトが「魔物」になるということは、ここまで危険でエキサイティングなものだとは想像もしていなかった。「カエサル」と互角に戦っているよ。賢者などと名乗っている我々と互角にだ。しかも、新しい、一般人が知るはずのない攻撃方法を取ると、すぐに学習して使って見せてくる。どれほどの力を持っているんだ、こいつは。」
「サルトル」はあきれた。
「カエサル」と互角に戦い、しかも「カエサル」の繰り出す攻撃をすぐに吸収して使いこなす「魔物」。
一刻も早く無力化せねば大変なことになる。
それをよくこんなに興奮して喋れるものだ。
「今後、この「魔物」に対して、どうするおつもりですか?」
「今のところはどうすることもできない。できればこの「魔物」を生きたまま捕獲したいと思っている。」
「何を言ってるんですか、「スサノオ」!「カエサル」すら抑えることのできない「魔物」を生きたまま捉えることは不可能でしょう。「スサノオ」も「カエサル」と共に戦わないのですか!」
「目の前にこんな素晴らしい素材があるんだぞ。できれば生きたまま捕えたいというのは理想だ。今の状態でそれが難しいのは解っている。だから、できれば綺麗な状態で手に入れたいんだよ。これは、今後の我々の研究に大きな成果を、我々の計画に大きな進展が期待できるんだ。ここは慎重に進めたい。」
「サルトル」は大きなため息をついた。
今の「スサノオ」が動く気配は皆無だ。
他の騎士や兵士たちを動かすのも、この位置からまた送り出すことも慎重に考慮しなければならない。
ヒトが「魔物」になることは絶対あってはいけない。
もし、この情報が伝われば、クワイヨンだけではない。
全世界の人類にパニックを与えかねない情報になる。
だが、「魔物」の発生に於いて、絶対にありえないことがすでに判明していた。
つまり、自然ではありえないことだが、人為的に作ることについては、300年以上前から議論されてきた。
だが、人体実験にもなるこの研究は、倫理上行われてはならない禁忌とされていたはずである。
「サルトル」は今回の異常な数々の事実を考えた。
「天の恵み」の通常のコースの逸脱から、ガンジルク山への不時着。
さらにツインネック・モンストラムの存在。
「魔物」達の「テレム」低濃度の地への大量の移動。
宇宙からの高濃度の「テレムビーム」の照射、そしてヒトの「魔物」化。
「ランスロット」からの通信で「天の雷」の計測器にかすかに観測された重力波の揺れ。
どれ一つとっても、今までにありうべからずことであった。
「スサノオ」はこの「魔物」の件に冷静さを失っている。
あの現場にいるのは、今はデザートストームとオオネスカチームだけだ。
そこに二人の賢者。
完全に暴走している「魔物」は、今の彼らで対処が可能なのか。
大きさ的にはツインネック・モンストラムに比して圧倒的に小さい。
しかしその力だけでなく、技術的、戦術的にはこの「魔物」は凄まじい存在だ。
今現場にいるのはすべて「テレム強化剤」を使用し、その「魔導力」を極限まで高めた者たちだ。
全員が力を合わせれば、「魔物」の無力化は可能だと思うのだが、それをまとめて指令を送れる人物がいない。
しばし、「サルトル」は思考を巡らした。
もう彼に頼るしかないのか。
今、あの現場に向かうことができ、信頼に足る人物。
キリングル・ミノルフシリウス別動隊隊長。




