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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
序曲 第10章 賢者の哀しみ
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第118話 「魔物」マリオネット

「そんな、バカな。」


 「スサノオ」はその光景が信じられなかった。


 ヒトが「魔物」になった例は、今まで一度もない。

 それは事実である。

 だが、その可能性すら、既に否定されていた。

 それはこの「魔物」が誕生するのか、という事に他ならない。


 この星の人類には秘匿されている事実。

 「魔物」が出現した理由が関わってきているからだ。


 「魔物」には性別が存在しない。

 では、どうやって増えているのか?


 「バベルの塔」ではすでにこの「魔物」について、かなりの研究が進んでる。


 「魔物」の出現は、「バベルの塔」の住人が大きく関わっているため、その極秘条項は、すべての「バベルの塔」に共有されている。

 そしてこの「魔物」が存在するために、「バベルの塔」を作ったのである。

 基本的に、この「魔物」関連でのみ、「バベルの塔」はこの世界に干渉している。


 そして、ヒトがそのまま「魔物」に変わることは絶対にない。

 そう、絶対に!


 今、そこで起こっていること、その事実が、「スサノオ」の行動を完全に停止させてしまっていた。


 まさに、今、ヒトが「魔物」に変貌した。


 何故?


 「スサノオ」は混乱していた。


 そこに、直接「カエサル」から秘匿思念波が響く。


【「スサノオ」!この事実を受け入れてくれ!この場にいる人間は少ない。全て抹殺するか!】


 ヒトの「魔物」化。

 この事実は、どんなことをしても一般人には隠さねばならない。

 だが、今のこの戦力なしで、この「魔物」を倒せるのか?


 今までの「魔物」であればそれが一番確実だった。

 しかし、ツインネック・モンストラムの出現、「魔物」を操る「敵」の存在が、その決断を下せない。


【その提案は却下だ。この現状で、戦力を失いたくない】


【了解した】


 そのまま「カエサル」は跳躍していく。


 大きく跳んだ「カエサル」はツインネック・モンストラムの首を跳び越え、「魔物」化したマリオネットを眼下に見る。


 異様な光景だった。

 もう人とは言えないマリオネットは全身が黒い皮膚に覆われ、赤い目がその皮膚からいたるところから覗いている。

 その右手はグスタフの胸部に刺さり、背中へと貫いていた。

 顔にも多くの赤い目が蠢くように露出している。

 その中でも元々眼があったところの赤い目が「カエサル」に向けられた。


 「カエサル」の背筋に冷たいものが走った。


 空中に小さな光が出て、「カエサル」はその光を踏むと、そのまま空中で、後方に飛んだ。


 「魔物」はグスタフから右手を抜き、そのまま拳を「カエサル」に向かってぶつけるように差し出す。

 その瞬間、空気が震えた。


 衝撃が「カエサル」に向かって放たれた。


 空中でバックステップをした「カエサル」を掠めるように飛んでいった。


 アームインパクト現象。


 「魔物」化したマリオネットは一段と進化した。

 「カエサル」は認めざるを得ない。


 ヒトの「魔物」が非常に厄介だということに。


 マリオネットに手刀で刺し貫かれ、倒れていたグスタフの右手が、「魔物」の足首を掴んだ。


「やめろ、マリ…オ。心を、捨てる、な。」


 グスタフはなんとかそう口にし、左拳を握り締めた。


 「カエサル」に己が拳を当てられず、怒りを露にしていた「魔物」が、グスタフを見た。


 その顔面に、グスタフは全てを込めて左拳から衝撃波を撃った。


 「魔物」は咄嗟に顔を逸らし、その衝撃波を回避。

 が、その顔に驚きの表情を浮かべた。

 そしてさらに怒りを込めて、掴んでる手にもう片方の足を叩きつける。


「グアゥ!」


 骨の折れる嫌な音と絶叫が重なる。


 「魔物」は緩んだ手から足を外し、間髪を入れずグスタフの顔に蹴りを入れた。


 グスタフの首が異様な方に向き、上半身が浮き上がった。そこにさらに力のこもった蹴りがたたきつけられた。


 グスタフの体が後方数メートルに飛ばされた。

 だが、さらにそのグスタフに向かい右手の拳を振り抜く。

 宙を舞っていたグスタフの体に衝撃波がまともにぶつかった。

 周りにいたダダラフィンやバンスの耳に、内臓の潰れる音、骨が粉々に折れた音、そして断末魔の叫びが届いた。


 デザートストームのメンバー全てが怒りに我を忘れた。


 ダダラフィンとバンス、ヤコブシンが動くより先に、一気に「魔物」に接近した男がいた。


 シシドーである。


 彼はつい先ほどまで、サムシンクの哀願に従い、オービットの状況を診ていたが、今は一刻も早くクワイヨンの国立の病院での治療が必要であると判断した。


 その時に、「魔物」化したマリオネット、そしてグスタフに対する容赦のない攻撃に、オービットをアスカに任せ、兵員輸送車両から飛び出し、そのまま中空を滑空していった。


 残されたサムシンクとアスカだったが、サムシンクはアスカからの非難の目に耐えられず、シシドーを追った。


 信じられない速度で「魔物」マリオネットのいる場に到着したシシドーは、グスタフを蹂躙する「魔物」に対し、今まで考えられないような憎しみの炎を燃え上がらせた。


 比喩ではない。

 シシドーの体は、実際に燃えていた。


 そのまま、さらにグスタフの体を完全に破壊しようとする「魔物」の前に立ち塞がり、その憎しみの目を巨人と化した「魔物」に向ける。


 その刹那、その二つの陰に大きな火柱が立ち上がった。


 シシドーの憎しみの炎は「魔物」だけにとどまらず、自らをも焼き尽くす勢いだった。


 ダダラフィンも、バンスも、ヤコブシンも、その炎に臆せず、その炎にいるはずのグスタフの敵、「魔物」に向かい突っ込んでいく。


 バンスはその剣から繰り出されるロングソードを、ヤコブシンはその盾から無数の光弾を、そしてダダラフィンは大剣と長剣の二刀を携え、上空に飛びあがりその二刀を「魔物」に向けて振り下ろす。


 が、その炎を弾き飛ばすような衝撃波が「魔物」を中心に弾けた。


 その衝撃波は火柱のような炎を吹き飛ばし、ロングソードを消し去り、光弾をあらぬ方向に飛ばし、ダダラフィンの二本の剣を折り、ダダラフィンを後方に弾き飛ばした。


 黒い体に赤い目を散りばめた人型の「魔物」はそこに悠然と立っていた。

 その足元には、体の数か所にやけどを負い、さらに右腕が弾き飛ばされ、肩口から出血しているシシドーが、蹲っていた。


 その「魔物」に目立った損傷はない。

 口元に悪魔のような笑みすら浮かべている。


「俺は力を手に入れ、人を越えた。」


 その言葉が、口から発せられたのか、心に直接届いたのか、聞いたものには判別がつかなかった。

 だが、禍々しい雰囲気はその場にいた人に無力感を与えるに十分だった。


 それでも、バンスがさらに剣を「魔物」に向けはらう。

 「魔物」の対象がバンスに向けられた。

  その隙を狙って、ヤコブシンの超人的なスピードで、倒れているシシドーとグスタフを救出し、一気にその場を離れた。

 

 さすがにグスタフは既に息をしていなかった。

 シシドーも大量の出血で意識はなかったが、かろうじて息はしていた。

 だが、奴を倒さねば、ここからの撤退は難しい。


 「魔物」の視線がバンスからヤコブシンに移った瞬間、それを待っていたように「カエサル」が「魔物」の後方から飛び掛かってくる。

 が、体に無数にある赤い目が、向かってくる「カエサル」に赤い光の礫を放出する。

 「カエサル」はその礫を障壁で弾きながら、攻撃を断念。

 さらにそこから上に跳躍した。

 その上空からさらに「カエサル」は無数の光弾と、炎の球をぶつける。


 瞬時に「魔物」が移動する。

 ほとんど瞬間移動かと思わせる加速で、シシドーを抱えたヤコブシンの後ろに回り込んだ。

 先程まで居た場所に「魔物」の残像があるくらいの移動速度である。


 「カエサル」が投じた光弾と火球は、その残像を過ぎ、大地に着弾した。


 爆発音の中、「魔物」はヤコブシンが障壁を張る前に、ヤコブシンに接近した。

 慌てたヤコブシンはグスタフを右手で抱えたまま、左手に剣をもちかえ、迫ってくる「魔物」に突き出した。

 が、「魔物」はその下をかいくぐり、剣を持つ左手を押さえ、何の躊躇もなく、肘からその左手ごと、ねじり切った。


「ぎゅうあああああああー!」


 ヤコブシンの痛みの絶叫が、辺りを覆う。


 「魔物」はねじり切った右手には興味を示さず、奪った剣を慈しむように撫でる。


「お前たち全員、この場で殺してやるよ。余裕ぶりやがって。ずーっと思ってたんだよ。冒険者なんか、ただの怖がりだろう?自分一人で何もできんのだ。ここで死んでも誰も悲しまないぜ。」


 「魔物」が声を出し、デザートストームを侮蔑している。

 その言葉がマリオネットの本心なのか、「魔物」に変わったことによる変心なのか?


 今まで「魔物」とコミュニケーションを取ることが出来なかった。

 いや、つい先程ツインネック・モンストラムとアルクネメの間にコミュニケーションが成立していたな。

 だが、この場合はコミュニケーションではない。

 ただの悪意だ。

 「カエサル」はそう判断した。


「とりあえず、貴様の苦しむ声には満足した。死ね‼」


 ヤコブシンから奪った剣を何の予備動作もなく、薙ぎ払おうとした。


 痛みで気を失いそうになりながらも、障壁を展開させギリギリでその剣を止めた。


「ふん、往生際が悪いな。で、これはどうだ?」


 そう言って四方八方に赤い目からまた礫を発射した。


 後方からヤコブシンを助けるために接近していたダダラフィン、バンスは急にばらまかれた礫に足止めされた。

 さらにヤコブシンに対して放たれた礫が間断なく障壁に降り注ぎ、削られていく。


 伝説とまで呼ばれた冒険者チーム、デザートストームが、今まさに全滅の危機に瀕していた。

 もともとデザートストームの名に重きを置いてなかったが、仲間が死ぬこと、しかもいたぶられ、惨殺されることには到底耐えられるわけがなかった。


 ダダラフィンは間をおかずに襲い掛かってくる赤い礫を折れた剣で弾きながら、右足を蹴りつけるようにして、衝撃波を「魔物」に向かって叩きつけた。

 アームインパクト現象の変形である。

 だが、その衝撃も障壁を展開して、「魔物」は簡単に弾いてしまう。


「このままでは、グスタフ、シシドー、ヤコブシンまで…。」


 その時、凄まじい咆哮が大地を揺らした。

 一瞬後、「魔物」化したマリオネットの身体が弾かれるように宙を舞っていた。


 ダダラフィンとバンスがその方向に目を移すと、低空を飛来するエンジェルとオオネスカの姿が映った。


 今の咆哮はエンジェルの音波攻撃のようで、収束率を高め、マリオネットを狙ったようである。


「今のうちに、救助を‼」


 オオネスカの言葉に、ダダラフィンとバンスが速やかに行動を起こした。


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