第115話 暗躍する黒衣の少年
モニター上の中に白く輝く球状の世界が広がり、完全にツインネック・モンストラムを包み込んだ。非常に細いビームが、今完全に消失したことが判明した。
「「天の雷」のエネルギーの供給緊急停止。最優先で停止だ!」
「ランスロット」の怒号が制御室に響き渡った。
「放熱板をフルオープン!太陽光パネル緊急収納。繰り返す。放熱板フルオープン!蓄電システムを放熱板委接続急げ!」
「放熱板全開終了。現時点で充填率65%。「天の雷」用砲塔へのエネルギー充填回路接続解除。エネルギー供給停止完了。」
「エネルギーを熱変換システム正常に駆動。放熱開始。」
「エネルギ充填率、50%まで低下。順調にエネルギー放出中。」
制御室に様々な声が飛び交っていた。
その様子を見ながら、「ランスロット」は椅子にそのまま倒れるように座り込んだ。
大きく息を吐いた。
「間に合った!」
少年は眼下に広がる白い光の球を冷ややかな目で見ていた。
あの「テレム」のビームが途切れた今、アクパーラーの命も尽きることだろう。
あそこまで大きくして、あれほどの破壊力を得る「魔物」を今後作ることが難しいことは当然熟知していた。
あの個体は、この計画の前任者が見つけた時には普通のタートル級でしかなかった。
分厚い装甲の甲羅があってゆっくりとしか動けない。
襲われることは少ないが、餌を得ることが極端に難しい状態だった。
前任者は、あのアクパーラーだけではなく、他にも数種の「魔物」を根気よく飼育していた。
その中で100年の歳月をかけた成功例なのだ。
今後、技術的な発展がなければ、やはり100年程度の時間を要することになるだろう。
しかし、今回、様々な仕掛けをしてしまった。もう、後戻りはできないだろう。
少年は白い爆発のようなその球を見ながら、かなりの速度で降下を開始した。
その黒衣を纏った少年は、「魔導力」事態はかなり優秀な数値を示しているが、高度100mで見下ろすような力は持っていなかった。
その手元には、アクパーラーの一つの首が爆発した時に転がっていた、小型飛翔体の心臓部、重力制御装置であった。
あの時の爆発は、あくまでもバッテリーの爆発であった。
その爆発の規模から少年は重力制御装置が無事であろうことは推測していた。
そこで近辺を捜索し、無事この重力制御装置を見つけることが出来た。
バッテリーはなかったが、直接「魔導力」を注入することで動かすことが出来た。
「ふっ、この機械がまた僕の手に帰ってくるとはね。前任者が、この城壁国家同士の結束を崩すために撃ち込んだ楔なのにね。」
少年は、すでにアクパーラーのことは諦めていた。
ここまでクワイヨンの状況を引っ掻き回せば十分と考えていたためだ。
もう2,3体ほど、あれくらいに成長してくれていたら、面白かったのにとも思っていたが、すでに次の作戦の布石は打ってある。
少年の足が地上に降り立った。
白い光が、急速に小さくなっている。
打ち込んでいた「テレム」の最後が消費されたためであろう。
少年は呆然と立ち尽くすある人物を見つけた。
今までさんざん、その心に語り掛けていた相手だ。
だが、その時とは明らかに違うものに変わっているようだが、重ね合わせた精神波の同調が、まぎれもない「彼」であることを語っていた。
さて、この舞台の上で、最後の演武を見せてもらうよ。
白く球状に輝く光が急速に小さくなっていく。
アルクネメが白く光り輝く翼を羽ばたかせ、ツインネック・モンストラムの中央に向かい、その剣を一閃させたところまでは確かに見ることが出来た。
だがその剣が、何かと接触したように感じた時に、この光の球が出現した。
そしてアルクネメもツインネック・モンストラムも、そして宙を舞っていた蝙蝠のような翼をはやしたオオネスカ、金色に輝くエンジェル、懸命にツインネック・モンストラムの背で、傷を抉ろうと剣を叩きつけていた二人の賢者もその光の中に消えていった。
すでに周りに生きている「魔物」の姿はない。
マリオネットの近くには生き残った人間が、マリオネットと同じく、その光の球を見つめていた。
デザートストームの「医療回復士」として、この前線で助けられる兵士や騎士などの救命蘇生活動を行っていたシシドーは、必死の形相で走ってきたサムシンクに連れていかれた。
どうもオービットに何かしら起こったことしかマリオネットにはわからない。
もし、オービットに何かしてあげることが出来るなら、すぐにでも向かうところだが、おそらく自分がいても邪魔になるだけだという自覚はあった。
その光球が消える瞬間、強風がマリオネットたちにぶつけられたが、それまでの戦闘に比べれば、如何ほどのこともなかった。
そしてそこに、翼で自分の体をくるむようにして膝をついているアルクの姿があった。
どうやら、無事らしい。
他のオオネスカやエンジェル、二人の賢者にも目立った損傷はなさそうだ。
ただ、誰もが沈痛な面持ちをしている。
マリオネットのアイ・シート上にツインネック・モンストラムの「テレム」が流失しているさまが映し出されていたが、つい先刻までとめどもなくあふれていた情報の波は今はない。
明らかにオービットの身に何かあったのだ。
アルクネメが立ち上がり、こちらに飛んでくる。
その直後、ツインネック・モンストラムの残っている首が高々と持ち上がり、恐ろしい咆哮を発した。
空気が、その声に感電したように震える。
「ちっ、まだ動くのか、このバケモンは!」
マリオネットの足に力が入る。
自分の全身全霊を込めた一発は、この化け物の首の方向を変えるのが精一杯であることは理解している。
だが、今は「テレム強化剤」をしこたま体に注入した。
この一発がどれほど、この化け物に効くか試すいいチャンスだ、とそう思った。
が、自分の前に舞い降りた天使のようなアルクネメが、軽くマリオネットを左手で制した。




