第114話 白い闇の世界
アルクネメの全精力を込めた「魔導剣」が、細い糸状の「テレム」に接触した瞬間、世界を白い光が包んだ。
爆心地であるはずのアルクネメの周りは不思議と静かであった。
接触寸前に高濃度収束「テレム」供給射出装置がその働きを強制停止したため、その時点で射出されたビームがなくなるまで、その白い闇に供給され続けた。
その爆心地、アルクネメとツインネック・モンストラム、またの名をアクパーラーより外側のものには、強風が吹き荒れたが、それも一時的であった。
強い想念を込めたブルックス特性の「魔導剣」はその刃に「テレム」が塗り込まれている。
さらに「テレム」発生器から送られた「テレム」をかなりの量を蓄えていた。
その「魔導剣」と「テレム」の塊である超高濃度収束「テレム」ビームの接触は、「テレム」結界ともいうべき高濃度の「テレム」の空間を作り出した。
ある意味、高濃度「テレム」爆発と言えなくもない現象を作り出した。
古代、人はこの「テレム」の存在により、心と心を通わせ、精神波のみによるコミュニケーションを確立していたのだ。
そこに「言葉」「文字」という概念はなかったのである。
その後の劇的な環境変化により、「言葉」を使い、「文字」をしたためるようになった。
今、その白い世界は、古代のような空間を一時的に作り上げていた。
(こわい、…こわいよお)
まるで子供が怯えるような声が、アルクネメの心に沁み込むように伝わってきた。
(ぼくは、ただ、あのあたたかなところから出たくなかったのに…。)
泣きそうな声だった。
アルクネメは辺りに子供の姿を探した。
この戦場にそんな子供はいないはずなのに…。
(ぼくはお山を出たくなかった。なのに、なのに、むりやり…)
微かに響いてくるのの声は、下の方から聞こえてくるような気がした。
アルクネメはるば差をたたみ、ゆっくりと降りる。
そこにはかすかに赤い光が、所々にあった。
ツインネック・モンストラムの背中なの?
確かに、ツインネック・モンストラムの背中の中央から伸びる細い糸のようなもの、「テレム」の糸を切ろうとした覚えはあった。
だが、今なぜ、この世界は白い闇に覆われているのだろうか?
(あいつが、あいつがむりやり、ぼくをあのお山から出るように、引きずられた。くさりを付けられて…。)
やはり周りには、誰もいない。
いや、少し離れたところに賢者二人の意識を感じた。
「スサノオ」も「カエサル」も呆然としているようだ。
少し高いところにオオネスカ先輩とエンジェルの心も感じられる。
だが、さっきから心に響くこの子供のような人の姿は捉えられない。
あるのは自分たち、そして、ツインネック・モンストラム…。
愕然とした。
この思考はツインネック・モンストラムのものなの!
(あなたは、だれ?)
自分の驚きにその子供のような心が反応した。
(私の名前はアルクネメ。アルクネメ・オー・エンペロギウス。君の名前は?教えてもらえる?)
(ぼくにはもともと名前なんてなかったよ。あいつは、悪魔のようなあいつは、ぼくを、アクパーラーと呼んでいた)
ああ、やっぱりこの子は、この下にいるツインネック・モンストラムなのね。
(アクパーラーって、古代のこの世界の想像図で描かれた地表を支える亀の名前よね)
(ぼくにはどう意味があるかはわからないよ。でも僕にくさりを付けて引きずり出したあいつは、そうぼくをよんでいた)
(あなたはあの山、ガンジルク山を出たくなかったのね?)
(あのお山はそう呼ばれているんだね。あそこには食べるものがいっぱいあって、仲間もたくさんいた)
(仲間、あなたに仲間がいたの?)
(力は全然弱いし、ぼく、おなかがすくと食べちゃうこともあったけど、おなじ力と、おなじ蟲を持つ、仲間。いっぱいいた。違うものもいたけど、それは僕たちの食べ物だったから、仲間じゃない)
(蟲?あなたたちは、同じ蟲を持っているの、体の中に?)
(そう、その蟲さんたちが、ぼくたちに力をくれたの)
アルクネメは力というものが「魔導力」であることは想像がついたが、蟲とは?「テレム」は蟲とないわないだろう。
(何故、私たちを襲うの、アクパーラーさん?)
(わたしたち?あなたは、あのあいつと同じ体を持っている生き物のこと?ぼくたちと同じ力は持っているけど、蟲さんを待っていない生き物の?)
あいつとはやはり人間という事か。
でもやっぱり蟲の意味が分からない。
(そう、なのだと思う。あいつというのが何を指しているのかわからないけど)
(あなたたちが、ぼくたちのお山に悪いことをしたから、おっぱらおうとしたの…。そしたら、ぎゃくにぼくは負けちゃった。でも、あいつがぼくにもっと力をくれるというから、たのんだの。そしたらあの細いくさりをつけられた。からだに力はもどって、あいぼうの首もふさがって、力がなくなるのももどった。でも、あとはあのくさりに、ひきづられるようにして、お山を出されて、はしらされた)
だんだん、言葉の力が弱くなってきている。
おそらく、「テレム」の供給がなくなって、対「魔物」駆逐弾頭で開けられた穴から、血や「テレム」が流出されているのだろう。
(ああ、だんだん、はなすのが、つらく、なって…きた)
周りに見えていた赤い光が次々と消えていく。
(ぼく、…つかれ、ちゃった)
白い闇が薄れ始めてきている。
急速に周りの風景が視覚に戻ってくる感じがした。
(あなたは、…おねえちゃんなのかな?)
ツインネック・モンストラムのまだ光る赤い目がアルクネメを認識したのだろう。
そして最後の言葉が、アルクネメの心に入り込んできた。
(おねえ、ちゃん。僕を………、ころして…)
急速に白い闇が一点に集まった。
その瞬間、ツインネック・モンストラムの背中にいたアルクネメたちが弾き飛ばされた。
地上に叩きつけられたアルクネメは、剣を杖代わりにして立ち上がった。
一緒に吹き飛んだオオネスカも、エンジェル、そして賢者の二人も何とか無事のようだった。
周りには多くの「魔物」達の屍と、動かなくなった兵士や騎士たちのほかに、ツインネック・モンストラムと、自分たちを見る傷ついた、それでもまだ生きて戦っていた人々がいた。
ツインネック・モンストラムが、咆哮した。
そう、たぶん最後の力を振り絞って…。
「ええ、分かったわ、坊や。君の望みを叶えてあげる。」
アルクネメは剣を構えた。
ツインネック・モンストラム、いやアクパーラーの目が優しげに、期待を込めて、アルクネメを捉えている。
光の翼がアルクネメの背中から広がった。
静かに舞い上がる。
「アルクネメ!すでに「テレム」の供給は閉ざされた。奴は死ぬだけだ、下がれ!」
ダダラフィンがツインネック・モンストラムに向かっていくアルクネメの姿が無謀に思えたのだろう。
もう、決着はついたと思い、アルクネメに危険なことをさせたくないという思いが痛いほど伝わってきた。
それでもこれはアクパーラーの最期の願いなのだ。
それを果たせるのが自分だけなのも充分に理解している。
アルクネメに迷いはなかった。
「さようなら、アクパーラー。今度会うときは、友人として、会いましょう。」
「テレム」発生器最大出力。
「魔導剣」が青白く輝く。
剣を振りかぶって、そのまま首に向かい加速した。
その勢いのまま、首に剣を打ち下ろす!
瞬間、アクパーラーの口元が笑ったようにアルクネメには見えた。
剣は全く抵抗を覚えることなく首を切断した。
分子間力無効化現象。
アルクネメの行動を注視していた「スサノオ」は、とうとうこの現象までもアルクネメが得ていることに震えた。
そう、このチームは異常だ。
切断され、地上に落ちたツインネック・モンストラム、そしてアクパーラーの名を持つ「魔物」の最期であった。
その口が微かに動く。
アルクネメにははっきりと「ありがとう」という言葉を聞いた。




