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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
序曲 第9章 アルクネメとツインネック・モンストラム
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第113話 黒衣の少年

 まずい!


 眼下で、今まさに光る翼を纏った人間が「テレム」供給ビームに突っ込んでいくのを見たその少年は思った。


 少年は黒衣に見える黒い微粒子をいったん解き放ち、その思念波を、上空静止軌道に存在する「テレム」の供給源、「テレム」合成工場衛星の供給ビームシステムに緊急停止を命じた。


 その直後、眼下の巨大な「魔物」の周りを、白い光が覆うのが見えた。


 頭上の衛星には、間一髪で影響を与えずに済んだようだ。


 あの翼の人間、おそらくアルクネメという少女だと思われるが、「テレム強化剤」を使用していることはこの上空からも伺いしれた。

 そして、あのギリギリまで収束させ、蜘蛛の糸程度までの細さのビームにして、静止軌道上の衛星から大きく育てることに成功した「魔物」、アクパーラーの背に特別なその強力な「テレム」ビームを受けることのできる器官を埋め込んである。


 この計画は、アクパーラーの成長を観察していた総督補佐の進言で50年ほど前から準備されていたものだ。

 この、「天の恵み」をあのガンジルク山に計画的に着陸させたのも、この計画が根底にあったからだ。


 少年は自分を育てた、父の意向に沿って、今回この世界に現れた。

 15年ほど前に自分が生まれて、5年くらい前からあのガンジルク山にて、生活をしてきた。

 彼の周りを纏う黒い衣服状のものは、微粒子が彼の存在を隠すために展開している。

 この微粒子、彼らの種族は「吸収剤」と言っているものは、光子、電磁波、レーダー波、重力波などすべてのものを吸収し、反射することがない。

 完全に存在を隠匿する物質であった。


 それ故、何かに対する命令をするとき、つまり通信時にはその一部を解除しなければならなかった。

 その一時的な黒衣の解除は、この星にめぐらされている隙が多いながらも、機能している探索網に引っかかる危険性を孕んでいる。


 だが、アルクネメの「テレム」ビームへの干渉は、アルクネメの想いが強ければ強いほど、その「テレム」ビームを伝わり、供給源の衛星に伝わり、最悪の場合その衛星ごと破壊するほどの可能性を秘めていたのである。

 少年はそれを充分認識していたため、自分の存在が認識される危険性を分かっていても、一瞬、1秒の数分の一、黒衣の一部を開き、衛星に供給の停止命令を発した。


 地上で白い輝気に見えなくなっているアクパーラーに視線を移した瞬間、その視線を感じた。


 見られた!


 地上から100㎞もの上空にいる自分という存在を見つけた奴がいた。


 オービット・デルム・シンフォニア。

 「バベルの塔」からG12号と呼ばれる「探索士」!


 少年は、自分の全「魔導力」を込めた。




 「いた!見つけた!」


 オービットの声がサムシンクの耳の届いた。


 慌ててサムシンクはオービットをみた。


「なんで、オービットの障壁を解いているのか!」


 凄まじい勢いで、アスカが鬼の形相で兵員輸送車に飛び込んでくる。


「あそこに、少年のような悪魔が!」


 その言葉を口にした刹那、オービットが両手で胸をかきむしるようにして苦悶の表情で蹲った。

 既に言葉がない。

 息も…。


「心臓がやられた!」


 アスカが叫び、すぐに蹲るオービットを横に寝かせ、野戦服を引きちぎるように脱がす。


 野戦用の胸当てもはだけさせた。

 見事なオービットの双丘が露になるが、アスカは気にしない。

 すぐに両手を心臓の部分に当てる。


「ダメだ!心臓が壊されてる。サムシンク!すぐにシシドー先生を呼んでくれ!」


 アスカは怒鳴るようにサムシンクに叫ぶ。


 外は、いまだ白く輝いている。


 既にオービットが常時更新していたアイ・シートの情報は先ほどまでのきめ細かいモノではなくなっていた。

 さらに、この白い爆発の干渉により、ほぼ役立たずになっていた。


 だが、サムシンクの心は恐ろしいほどの混乱にみまわれていた。

 ディアムロのこと、リジングのこと、オオネスカ、アルクネメ、そしてオービットの事。

 自分の心に確かにあった嫉妬、そして憎しみ。

 だがそれと異なり、オービットからの障壁を解いてくれという願い。

 アスカからの何故障壁を解いたのかという怒号。


 白い闇に呆然としながら、サムシンクは冒険者で優秀な「医療回復士」であるシシドーの場所を探し求めた。


 アスカは懸命にオービットの血の流れを追った。


 心臓に穴が開いている。


 何が起これば他の部位に損傷を与えずにこの部位だけ破壊できるのか?

 周りに大量に流れだす血を何とかそこにとどめようと「魔導力」を注ぐ。

 体内に、そして空気中の「テレム」をかき集め、心臓の穴を防ごうとするが、いっこうに進まない。

 もう間もなく脳に血が回らず、オービットの死が確定してしまう。


 アスカは自分が使わなかった残りの「テレム強化剤」の円筒をそのままオービットの胸に当て、ためらわずにボタンを押した。


 「テレム強化剤」がオービットの体内に注入された。


 その瞬間、オービットの身体がはねた。

 慌ててアスカはその体を抑え込む。


 そして、もう一度オービットの胸に手尾当て、心臓の状況を精査する。

 多少の血の流出は止まってる。

 だが、それが血液の量の低下であることを瞬時に理解した。

 もう一度「テレム」による組織再生を試みた。


 すると、恐ろしい勢いで新細胞が再生、穴を埋め始めた。


 アスカは自分の腕の服をめくり、自分の腰につけている医療器具を開け、張り付きのチューブを腕の血管に射し、もう片側をオービットの血管に差し込んだ。

 その後は自分の「魔導力」を使い、自分の血液を急速にオービットの体内に注ぎ込む。


 血液型を気にする必要はなかった。

 「テレム」により、体内に入った瞬間に血液型が適正に作り変えられるのである。


 心臓の穴は防げた。

 そしてその心臓が既に動き始めている。

 あとは、この処置がオービットの脳に損傷を与える前に終わってることを祈るだけだった。


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