第112話 「天の雷」の代償
「ランスロット」は「天の雷」の操作を続けていた。
「天の雷」操作権を譲渡され、ツインネック・モンストラムの背から伸びる糸状のものが何処から出ているのか、捜索を断念し、本来の運用に戻していた。
できれば使いたくはなかった。
だが、切り札として用意した「天の恵み」内に積まれていた対「魔物」駆逐弾頭がすべてなくなった。
発射用の電磁加速砲塔の一門は何とか回収できたものの、電磁加速用特別弾頭は現時点で1発もないのだ。
現在、「天の恵み」内の積載品のリストをもう一度チェックを続けているが、大部分が生命維持装置に関わるものであることは解っている。
「テレム強化剤」そのものは、多量にあるものの、生体内に打ち込むために調整された注射液も、その注射液を打ち込むための簡易噴出筒も全て使い切ってしまった。
どれもこの「バベルの塔」内で製作は出来るが、今、この時には間に合わない。
「いや、違うな。」
「ランスロット」は思わず口に出してしまった。
そう、この「天の恵み」を無視すれば、あのツインネック・モンストラムを仕留める、というか消し飛ばす方法はある。
だが、それは本当にどうしようもない時である。
現段階では、「天の雷」を動かせる以上、この「天の恵み」はこの国の、いやこの「バベルの塔」の生存のために絶対に必要なものである。
ここで失う訳にはいかないのだ。
何故、このような事態になったのか、今考えても仕方がないことだ。
まず、この窮地を脱すること。
分析は後回しだ。
「太陽光パネル、状況を報告せよ。」
別室で国軍の特殊技術軍の精鋭を集め、「天の雷」操作を行っている。
「天の雷」のみの姿勢制御だけであれば、「ランスロット」一人でも操作は出来るが、本来の使用には最低10人以上のオペレーターを必要とする。
しかも、常日頃から演習をしているシステムではない。
ほぼ、マニュアルを見ながらの操作となる。
既に太陽光パネルから、エネルギーを充填している最中である。
ただし、23か国会議でも問題になったが、今までに2度しか使用されたことがないのだ。
メンテナンスは行っているものの、正確に動くか、細心の注意を必要としている。
「太陽光パネル、問題なくエネルギー充填されています。」
「パネル、太陽と同調問題ありません。」
「衛星軌道高度、問題ありません。」
「ランスロット」の目の前の巨大モニターに「天の雷」からの超長遠距離カメラが映し出すツインネック・モンストラムの姿を見ていた。
「照準器、オープン。」
モニター上に照準マークが表示。
「照準合わせ、目標、ツインネック・モンストラム。」
「了解!ツインネック・モンストラムに照準合わせ!」
照準マークがツインネック・モンストラムの背中に移動してゆく。
長遠距離の照準を合わせるため、かなりのブレが出る。
2つのマーカーがモニターの中を縦横無尽に動く。
数分後、その2つが重なり、赤く色が変わる。
「目標、ロックオン!」
「目標、ロックオン!」
数か所のオペレーターが声を上げた。
「エネルギー充填40%、順調に充填中。」
「ランスロット」は「天の目」と照準用モニターから、地上の様子を確認する。
ツインネック・モンストラムの周りにいたはずの「魔物」達がほぼいなくなっている。
ツインネック・モンストラムはモニター上の右に直撃した対「魔物」駆逐弾頭により、動けなくなっている。
このため、「天の恵み」回収用搬送車とはすでに30㎞と距離が広がっている。
「ランスロット」がこの「天の雷」の使用を躊躇う理由は、かなり深刻なものである。
その威力があまりにも大きいからだ。
2度使用されたうちの一つ、200年前の海上都市「アクアリウム」に使用された。
そして、「アクアリウム」は消失した。
ツインネック・モンストラムに対してこの「天の雷」を使用した場合、直径にして1㎞以上のものが消失するだろう。
すでに十分な距離を「天の恵み」回収用搬送車とは開いているが…。
「アクアリウム」は、直径にしておよそ20㎞以上はあったはずだ。
「天の雷」の直撃により、海の藻屑となった。
「天の雷」だけで消えたという訳ではないのだが、実際にどの程度の被害が出るかの予想は難しい。
出力を絞る方法も考えたが、中途半端な方法では目標のツインネック・モンストラムに通じるかも検討が付かない。
さらに厄介なことに、エネルギーの充填が80%を超えると、中止することが出来ないという特徴があった。
80%に達しない段階であれば、エネルギーを熱に変換して、強制的に放熱という手段を取ることが可能だ。
それを超えると、放熱速度が追いつかずに、この「天の雷」自体がオーバーヒートし、瓦解してしまうことになる。
当然、目標の消失は、賢者の2人も含めて、戦っているすべての人間の消失も意味する。
「エネルギー充填率、50%超えました!」
モニターを睨みながら「ランスロット」は判断に迷いを生じていた。
すでに撤退の命令を出したとしても、安全圏に逃げられる時間は、ほとんどなかった。
そして、それを2人の賢者は知っている。
知っていて、自らが残ることにより、多くの目撃者に、巨大な雷がツインネック・モンストラムを周りにいた兵士ともども焼き尽くしたという事実を見せるというストーリーを組み立てているのだ。
決して、「バベルの塔」が人類を計画的に殺戮したようには見せないために…。
そしてここで業務を行う兵士たちも、記憶の操作という処理が待っている。
もし、万が一記憶操作に支障が出ることがあれば、不幸な事故が起こることになるだろう、「ランスロット」と共に。
エネルギーの充填が60%を超えた。
その時だった。
微かにモニターのわずかな一部に、「揺れ」が起きてるのが見て取れた。
「ランスロット」はコンソールパネルを操り、その「揺れ」の部分を確認しようとしたが、すぐに消えた。
だが、消える前に確かに確認できたことがあった。
それは重力波の「揺れ」であった。




