第111話 サムシンクの心情
サムシンクは、両目を固く結び、かなりの力が体に入っているとみられるオービットの姿に、これが選ばれたものの姿であることを痛いほど実感していた。
自分たちは「特例魔導士」であり、強力な「魔導力」の使い手であることは自覚している。
一般の人々から見れば、非常に恵まれた待遇でこの国で生きていられると思われるだろう。
確かにサムシンク自身、自分の「魔導力」が強いという自負はある。
だが、横にいるオービットや、アスカはもとより、アルクネメ、マリオネット、そしてチームリーダーであるオオネスカなどは、異次元の存在にしか見えない。
同じ「特例魔導士」であるにも関わらず、何故、彼らはあんなにも能力を高めることが出来るのだろうか?
ユスリフル野営地戦でその命を散らしたディアムロは、その強さは間違いなかった。
だが、彼は「探索」というものをあまりにも軽視していたため、オオネスカは彼と袂を分かつ結果になった。
サムシンクは、当時オオネスカの気持ちが分からなかった。
実際にディアムロが抜けアルクネメが入ったオオネスカチームはランキングを大幅に下げた。
逆にディアムロを受け入れたリジングチームは、今まで1桁になることがなかったのに、いきなりトップ5に躍り出たのだ。
クワイヨン高等教育養成学校でのランキングに影響を与えるのは、模擬戦、「魔導力」を教授する教官のチーム5人との「魔導力」での模擬戦闘、学校の要請で冒険者が捕獲してきた、生きたままの「魔物」との結界内での駆除を行う「魔物」駆除戦、「バベルの塔」内の「テレム」で満たされ限定戦闘空間での「鉄のヒト」3体との総合戦闘、そして座学の筆記試験の合計ポイントで決定される。
実際に学生同士で戦うのは模擬戦のみである。
このため、単純な剣技で、優越を決めたがる学生が多く、下の成績の者を馬鹿にする傾向はあった。
それが「探索士」や「医療回復士」を馬鹿にするような傾向に繋がっている。
このことは、実戦を経験し、少なくない仲間を失ったものには、骨身にしみていたはずである。
このチーム編成は、クワイヨン高等教育養成学校に在籍する学生であれば8名以内で自由に構成できる。
しかし、低学年が入ればポイントの減少は致し方ないものであった。
その為、通常4年時でチームの構成員に選ばれることが多い。
3年時のアルクネメを加入させることで、必然的にランキングは落ちることになる。
当然個人成績も同様の評価を受ける。
団体戦では個人の功績も個人の成績に加味され、卒業後の進路に大きく影響する。
つまり、チームは学校内のものでしかなく、卒業後に同じチームで働く機会は非常に少なくなるので、基本、剣士、戦士で固まる傾向は否めなかった。
サムシンクにオービットに対する妬みは確かにあった。
学校でのオービットの評価はスタイルがいい、「外見だけの女」というのが学生たちの中で囁かれていたものである。
そして、サムシンクもそれを信じていた。
模擬戦では後方でほぼ戦闘に参加せず、教授との「魔導力」戦でも目立つことはなかった。
「魔物」の駆除戦で剣を振るう事はなかったし、「鉄のヒト」との時も、アルクネメに助けられていたのを思い出す。
だが、思い直せば、すべて後方から相手の動きをチームメイトに正確に伝えていたのだろう。
よく、相手の先を行く反応を他のメンバーがしていたことを思い出した。
だからこそ、個人の成績が良かったことを思い出した。
あれはオービットの女性の武器を使っているのではないか、とまことしやかに囁かれていた。
だが、今はそれが嘘だという事を見せつけられていた。
ディアムロの死は、言うなれば自業自得だ。
それはサムシンクにとっては疑いようはない。
だが、ディアムロを庇おうとしてリジングの死は、サムシンクにとって後悔しかなかった。
おそらく、オオネスカを敵視するディアムロがチームに居なければ、リジングもリゲルも死ななかったのではないか?
ふと、そう思ってしまい、結果的にオービットが間接的に殺したのではないかと考えてしまい、それを懸命に否定する。
もう何度もサムシンクの心の中でループしていた。
オービットから送られる戦場の様子は、非常にまずい状態であった。
対「魔物」駆逐弾頭がすべてなくなった。
うち、ツインネック・モンストラムに命中したのが3発。
だが、駆逐には至っていない。
ツインネック・モンストラムの背から伸びる「糸」により供給される「テレム」により、いまだ健在である。
賢者が二人がかりで挑んでいるが、目に見える成果が得られてはいなかった。
「あ、あれは…。」
ふと、オービットが呟いた。
「どうしたの、オーブ。」
「「糸」の出てるところが、かすかに…。でも、そのそばに、何か…、我々に対する、悪意がある。」
オービットはその眼に見えているわけではない。
当然である。
オービットはこの態勢になってから一度も目を開いていない。
「悪意?我々に…。それは、「魔物」達を操ってるやつなの?」
「分からない、遠すぎる…。サムシンク、障壁を解いて、くれない?」
オービットはそう言いながら、「カエサル」から渡されているあの円筒、「テレム強化剤」の容器を持ち上げた。
「遠すぎて、よく解らないから…、障壁を解いてくれると、見えるかもしれない、から…。」
そう言い終わると、自分の左手を露出させ、円筒を押し付けた。
そしてボタンを押す。
「それ、「テレム強化剤」の容器。大丈夫なの?」
「もうちょっと、もうちょっとで見える、の」
「うん、わかった。」
サムシンクは広範囲に展開していた障壁を解除した。
オービットは少し靄がかかっていたような、風景が鮮明になっていくのが分かった。
そして…。
「見つけた!」
その瞬間、オービットの心の視界が白で埋め尽くされた。




