第110話 「糸」
「ランスロット」は懸命に「天の雷」の操作を行っていた。
しかし、同じ静止軌道にいるはずのツインネック・モンストラムに「テレム」を供給しているはずの装置を見つけることが出来なかった。
それは「天の雷」の姿勢制御に限界があったためである。
どうしてもある角度以上に照準器である光学レンズを向けることが難しかったのだ。
また、光学的な計測器でなく、各種レーダー機器には、オオノイワ平原をカバーする「天の目」があるのみで、それ以外の人工衛星は探査できない。
重力検知のシステムにも異常な検査値は見て取れなかった。
しかし、G12号であるオービットの「探索」情報には非常に細いものがツインネック・モンストラムから天に向かって伸びていることが明瞭に表示されている。
その非常に細いものの指し示す予測線と静止軌道の交差する地点には、「バベルの塔」の「探索能力」には何もないことが「結果」として表示され、何度計算を繰り返しても変わらなかった。
考えられる可能性は2つ。
一つは、その「テレム」のビームはさらなる上空、かなり遠くの宇宙空間からの照射。
だが、自転を続けているこの星の地表に、数時間にわたって精密照射をすることが果たして可能なのか?
もう一つの可能性は空間迷彩が、光学的、レーダー的に、その上重力すらも隠せるほどの技術を持っているということ。
そこまでの技術力が可能とすれば、「向こう側」の科学力がこちらをはるかに凌駕しているということを示唆している。
もしそれが可能なのだとしたら、「向こう側」が直接的に、またはこの星の他の城壁都市国家が「向こう側」の支援を受けて、この星に侵攻を開始、もしくはその前段階の準備に入ってることを意味している。
この推測は何処まで23か国で共有するべきなのか。
「ランスロット」は政治的に、困難な選択を迫られている。
それ以前に、奴―ツインネック・モンストラムを葬るための手段を考えなければならない。
すでに現地での対抗策であった対「魔物」駆逐弾頭がすでに無くなったのだ。
「ランスロット」は「天の雷」を本来の役割に戻す作業に入った。
「スサノオ」はツインネック・モンストラムの亀裂から、その中に剣を突き刺し、何とかその穴を広げようとしていた。
だが、中の肉塊を切ることはできても、外側の甲羅を破壊して広げることがなかなか出来ない。
そのなかに光弾を出現させ、爆発もさせているのだが、一時的には効果があっても、無尽蔵に「テレム」が供給されている身体は、破壊した先から再生され、しかもそこには無数の障壁が形作られている。
内部からの「魔導力」を使用しての破壊が有効に機能しなくなっていた。
さらに、「魔導力」そのものの消費の著しい分子間力無効化を試みるも、すぐにその部分が再生される、アリジゴクのような状態になっていた。
「スサノオ」の全精力を駆けても、「テレム」が無尽蔵の相手には、一時しのぎにしかならないことを、思い知らされた。
賢者として、かなりの年数を過ごしてきたが、このように、全く力が及ばなかったのは、初めての経験であった。
この肉体も寿命なのかもしれない。
だが、それが事実だとしても、今はこの化け物を確実に殺さなければ、この国はなくなってしまう危険性が出てきた。
もともと、「魔物」は「テレム」がなければ生きられないのだ。
だからこそ、「テレム」の豊富な土地と国を切り離して、この環境を作ったはずだったのだ。
今も「テレム」なしで生きられないのは変わりない。
だが、その「テレム」が際限なく供給されていれば、どこにでも「魔物」は行けることになる。
それは絶対に阻止しなければならない。
「スサノオ」は、「バベルの塔」の「ランスロット」が、その供給源を早く探すように、初めて天に祈った。
「神」などをいないことを理解しているにも変わらず…。
オオネスカは前を跳ぶ白く輝く光の翼を纏うアルクネメに軽い嫉妬を覚えていた。
(お嬢、そうむくれるな。お嬢のその背の翼も私の翼に似て神々しいぞ)
(適当な慰めはやめて、エンジェル。エンジェルはそれこそ黄金に輝く神竜そのものじゃない。私の翼は蝙蝠の薄い翼を大きくしただけのものよ。ご丁寧に黒い翼に、黒い戦闘服。本当に蝙蝠になった気分)
(見方によれば、悪魔のように美しいのに…。そんなに嘆くことではないだろう。それに、これからの戦闘は、かなりの危険なものだ。その翼の使い方には十分注意しろよ)
(了解したわ、エンジェル。生き残るわよ!私の姿が蝙蝠だろうと、中身は強靭な竜であることを見せてやる)
(その意気だよ、お嬢。行くぞ!)
今、眼下にツインネック・モンストラムの赤い目に覆われた背中があった。
そしてその中央に、非常に細い糸のようなものが天に伸びていることが何とか、それこそ「テレム強化剤」の効果で視認することができた。
その周りには無数の赤い目が、自分たちを見つめている。
だが、あの赤い光がいつ凶暴な刃となって襲ってくるか分からない。
「先輩!あの細い糸のようなもの切断、やってみます!」
アルクネメがその白く輝く翼を煽ぎ、瞬時に加速した。
「気を付けて、アルク!」
肉眼では識別することすら困難なその細い糸状のもの。
だが、オービットが送ってくれる情報表示装置、アイ・シートにはしっかりと写っている。
アルクネメは、「テレム」発生器を握りしめ、最大の出力を握りしめた剣に流し込む。
わずかに細く見える糸。
オービットの能力でアイ・シート上にくっきりと映し出されるその線は、このツインネック・モンストラムの文字通り、生命線のはずである。
オービットからの情報で、この「糸」に操られていた「魔物」達は、そのくびきを外れ、自分たちの住むべき世界、ガンジルク山に向かって移動を開始していた。
おそらく、「魔物」達にとって、その「糸」は傀儡士の扱う糸そのものだったのだろう。
3発の対「魔物」駆逐弾頭を喰らい、ツインネック・モンストラム自身はその「テレム」の供給をダイレクトに受けているために、まだ動くことが出来るが、操り人形まで「テレム」を供給することが出来なくなったのだろう。
眼下で、賢者「スサノオ」達が懸命に穿った亀裂を広げようとしているが、「テレム」が無尽蔵ともいえるほど供給されている状態に、その戦果は限定的であった。
自分のこのブルックスが与えてくれた剣で、あの「糸」を切断できるかどうかはわからない。
それでも、この方法しか逆転できる術はないようにアルクネメは思った。
天から伸びるこの「糸」に垂直になるように剣の刃を合わせる。
かなり接近しても、その「糸」は肉眼で見るのは至難の業であった。
アルクネメの心が、精神が剣の刃に収束していく。
アイ・シート上の「糸」は変わらずにはっきりと映っており、かなりの量の「テレム」がツインネック・モンストラムに注がれていることを可視化していた。
アルクネメの剣が流れるように左に剣先を向け、一拍置いたのち、高速で水平方向に薙ぎ払われた。
その、充分に「テレム」がこめられ、淡い白色に輝く刃が、その「糸」と触れた。
その瞬間、白く爆発した。




