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賢者の哀しみはより深く   作者: 新竹芳
序曲 第1章 「天の恵み」回収作戦 前夜
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第11話 眠れぬ夜

 すでに、起床時間まで5時間を切ってしまった。


 だが野営テントで割り当てられた寝床で、いくら横になっても眠気は全くもようしてこない。


 その理由は、アルクネメには痛いほどわかっていた。


 まず、同室に割り当てられているオオネスカの存在。


 養成学校の寮でも同室であることから、本来ならこんなにも存在を感じることはないはずであった。

 だが、それは平時での話。これからの作戦のために、オオネスカは寝付けないでいた。

 初陣の恐怖、チームリーダーとしての責任、伯爵家の重圧。それらが今、オオネスカを苦しめていることが十分想像できたからだ。


 とはいえ、振り返って自分を鑑みれば、やはり初陣での恐怖と異常な興奮が自分を包んでいた。


 数時間前に両親と会い、一緒に食事をとった。

 ブルックスは家族の団欒の邪魔になると言って断られた。


 身を清めてこの寝床に入ってから、既に2時間が経過していた。


 そして寝付けない最大の理由が、ブルックスの存在だ。


 自分にとって、弟のように思っていた異性の幼馴染が1年ぶりの再会で逞しく「男」に変わっていた。

 しかも私のために武具を用意し、恐ろしい速さで私のもとに来てくれた!


 もう、その瞬間の自分の感情をどうたとえていいか分からない。


 アルクネメは感情のまま、ブルックスに抱き着いてしまった。

 それでもブルックスは優しかった。優しく私の髪を撫でてくれた。

 その気持ちよさゆえに、行為で口づけをせがんでしまった。

 ブルックスは優しく私の唇にその唇を重ねてきて…。


 ファーストキスだった。


 そして、アルクネメは想いを受け止めてくれたブルックスがすぐに唇を離してしまったことに不満だった。

 2回目はほぼ強引に自分から口づけた。

 自分の想いが受け入れられたと感じた瞬間の、身体の全ての細胞が歓喜に震えた。

 その喜びのままにブルックスの口の中に自分の舌を強引に入れ、彼の体液をすすってしまった!


 その行為が終わった後には、はしたない女だと思われていないか、凄い不安に襲われてしまった。


 でも…。


 ブルックスは照れながら、私に愛の言葉を告白しようとしてくれた。

 それを止めたのは、わ・た・し。


 それは、続きの言葉を聞くために、私が絶対に死なないという想いの現れ。


 もし、ブルックスに会えない状態になることがあれば、ブルックスが中途半端に出来なかった告白の相手としての私を永遠にブルックの心に刻み付けるため。


 本当に卑怯な私、アルクネメ・オー・エンペロギウス。


 あの、ブルックスとの口づけが、私の身体に火をつけたかのように、熱い。


 出来れば、この熱を独りで処理したかった。

 でも、ほとんどうなされるように呻くオオネスカ先輩がいる。


 アルクネメはそっと起き上がり、こちらに背中を向ける先輩に気付かれないように、テントを後にした。


 湿った夜の風が火照った身体に心地よく当たる。

 それでも、完全に熱が抜けることはない。


 人目に付かないように少し木々の生えている場所に移動する。


 周りに人のいないことを確認し、1本の気に背中を預ける形で座った。

 腰の締め付けを緩めて、少し空間を作る。

 その中に、右手を…。


 起床ラッパが野営テントのすぐ脇で大音量で鳴り響いた。


 アルクネメは行為の終わった後に、寝入ってしまったらしいことを自覚し、そそくさと腰の締め付けを戻した。

 大急ぎで暗闇の中、自分の野営テントに戻る。


 すでにオオネスカ先輩は身支度を整えていた。

 整列まで時間がない。


「どうしたの、アルク。いないのでびっくりしたわ。」


 既にいつもの凛々しい先輩の顔だったが、目元の隈は隠しきれていない。


「申し訳ありません。寝付けなくて夜風にあたっていたら、眠ってしまったようです。」


「そう・・・ね。でも、眠れたのなら、許します。」


 うそはついていない、とアルクネメは罪の意識を懸命に振り払おうとした。


 点呼終了後、野営テントの撤去作業に移る。

 終了後、野戦用携帯食が配られ、そのまま朝食となった。

 固形の戦闘食を無理やり栄養ドリンクで胃の中に流し込む。


 むせた。

 恐ろしいほどの吐き気がアルクネメを襲う。


 怖い!こわい!コワい!


 身体に震えが走る。

 視界が歪む。


 耐えていた吐き気を抑えられず、今無理矢理、胃の中に入れたものが吐き出された。

 鼻水と涙があふれ出る。


 苦しい、誰か助けて!


 心の声があふれてしまう。

 耐えていた恐怖がアルクネメのプライドを根こそぎもぎ取ろうとした。


 その時、温かな心の声が聞こえた。


(大丈夫よ、私が常に横にいるわ)


 オオネスカの柔らかい声だった。

 背中から包み込むように抱きしめられた。


 アルクネメのプライドを崩そうとした恐怖心が収まっていた。

 吐き気も急速に落ち着く。


「これを飲みなさい。気つけ薬よ。」


 オオネスカから渡されたカプセルを口の中に入れ、渡されたコップの水で飲み込む。


「みんな、恐れはあるわ。あなただけじゃない。でも、私たちのチームなら、しっかりと任務を全うし、ここに全員で帰ってこれるわ、アルクネメ。」


 漏れた心の声に反応したのだろう、他のチームのメンバーが集まってきた。


「オオネスカ、アルクネメから離れて!」


 医療回復魔導士のアスカがアルクネメの背中を抱くオオネスカを退け、自分の右手を先程までオオネスカに抱かれていた背中に当てる。

 その右手を通じ、アルクネメの肉体の状況を精査、精神的な揺らぎを中和し、胃の蠕動運動を制御、オオネスカの与えた安心感と相乗効果を起こし、アルクネメの状態は安定する。


「ふー、とりあえずこれでアルクネメは大丈夫だ。オオネスカ、口元を洗浄してあげて。」


 男性とは思えない柔らかい物腰でアスカはオオネスカに声を掛けた。


 アルクネメの心の恐怖心が周りに流れたときは、他の学生にもその精神波が伝播するか心配だった。

 が、アルクネメが落ち着くことにより、「クワイヨン高等養成教育学校」の学生の心も落ち着ける結果になった。

 今回この「リクエスト」に参加した学生は200名余。

 この一事が、結果的に学生の恐怖心によるパニックを抑えた結果になる。


 アスカは比較的大人びた落ち着きのある学生である。

 年齢的にはアルクネメより1つ上の17歳。

 男性とは思えないその容姿と物腰は、しかしその「特例魔導士」としても特異な「医療魔導」に偏っており、他の学生の畏怖と尊敬の念を集めている。


 オオネスカと同じ5年生だが、その「医療魔導」に関していえば、実戦の後方救助の隊に合流した方が、その力を存分に揮えるに違いない。

 だが、アスカはオオネスカを敬愛しており、今回のチームに参加する以外の選択肢は持っていなかった。


 オオネスカに何かあれば、自分がその命を絶対に助ける!


 アスカ・ケイ・ムラサメの心情はオオネスカと共にあった。


「調子はどうだ、アルクネメ。」


「はい、大丈夫です。申し訳ありませんでした。」


「謝罪は良い。ここでは一番の年下だ。こうなっても当然だ。ただし、これからは恐怖に心を奪われないようにな。それが全員で生き残るための最善の方法だ。期待しているぞ、アルクネメ。」


「そうよ、待っている男がいるんでしょう?」


 オービット・デルム・シンフォニアがアルクネメに揶揄う様な笑みを浮かべて近づいてきた。

 野戦服で極力体の凹凸を抑えている筈なのだが、この女性の身体はそれに逆らうように胸の膨らみが、自己主張している。


 オービットの揶揄いに、アルクネメの身体が火照るような気がした。


「知っていたんですか?」


「うーん、知っているというより、無理やり知らされた?みたいな。」


 アルクネメの問いかけに困ったような魅惑的な笑みでオービットはそう答えた。

 「探索」の「魔導力」が突出しているオービットにとっては、知ろうとしなくても解ってしまうものか、とアルクネメが考えていた。

 そこにチームの最後の一人、体格ががっしりした男性、マリオネット・オグランドが歩み寄ってきた。


「アルク!オービットの「探索」の力でバレたんじゃねえぞ!あれだけ熱い想いだと、ここに居る学生たちすべてにバレてる可能性、あるからな、気をつけろよ。」


「ホント、マリオって無粋よね。」


 アスカがマリオネットの言動に苦言を呈する。


 しかしアルクネメはそれどころではなかった。


 え、私のあの気持ちがバレてる?この地域の人に?


 悪いことに、養成学校の学生は全て「特例魔導士」だ。

 心の壁をしっかり作らなければ、かなりの頻度で心の中がだだもれ、である。


「あれだけ、熱い気持ちは、ね。」


 オオネスカも困ったような笑みを浮かべていた。


 あの時の私の気持ちが、学校のみんなに、だだもれ!


(いやー――――!)


 心の絶叫が、この一帯の「特例魔導士」の心に直接、響いた。

「さあ、切り替えて、行こう。」


 マリオネットがその表情を引き締めて、全員に向かい言った。


 オオネスカが立ち上がり、頷く。


 アスカがしなやかにその一歩を踏み出す。


 オービットがその豊満な胸を張り、それに続いた。


 全身の血液が沸騰するような思いを抱えながら、そんなチームのみんなの後をアルクネメは追いかけた。


 すっかり恐怖は克服していた。


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