第103話 風の剣士
新型砲塔を搭載した装甲砲撃車が地上に降ろされたとき、ダダラフィン達デザートストームとオオネスカを除いたメンバーが同じ兵員輸送車に待機していた。
全員の体に、かなりの力があふれてくる印象を持っていた。
ダダラフィンが今後の作戦の確認をする。
「ではオーブは引き続きサムシンクと行動を共にして、できうる限り安全なところから「探索」を行ってくれ。」
「「了解です。」」
「オオネスカは今エンジェルと共にいる。もしこの「テレム強化剤」が飛竜にも有効であれば、空からの支援が受けられる。まず、あの砲撃車を守りつつ、極力「魔物」を除去していく。これを基本とする。」
全員が頷いた。
先程の赤い光の雨が降り注いだ後は、そこそこで炎が上がっている。
その炎は人も「魔物」も容赦なく焼き尽くすようだった。
直撃を受けた大地は小規模のクレーターのようになっている。
「これをツインネック・モンストラムがやったのですか?」
アルクネメがそう呟くとマリオネットが嫌なものを見るようにその光景から目を逸らした。
「ひどいもんだ。人だけでなく「魔物」も焼いてやがる。仲間ではないのか?」
そういうマリオネットに、アルクネメは目を見張った。
明らかに筋肉が増長している。一回りくらいは大きくなった感じだ。
「奴にとって他の「魔物」はただの餌なんだろうさ。ただ、そんなツインネック・モンストラムに「魔物」達は一緒に行動しているのか、そこがわからん。」
普段、口数の少ないヤコブシンにしては珍しく、そんな疑問の言葉を漏らした。
オービットとサムシンク以外の者が降りると、兵員輸送車は少し離れた場所に移動した。
それと同時に、アイ・シート上に様々な情報が飛び込んでくる。オービットの本気の「探索」が始まったのだ。
「お待たせ。」
そんな声が上空から聞こえた。
そこにはエンジェルとオオネスカがいたのだが…。
「エンジェルだよな、オオネスカ。」
(私だよ、アスカ。先程お嬢に訳の分からん注射を打たれたら、どういう訳かこんな姿になってしまった)
そこにはエンジェルよりも一回り以上大きく、翼に至っては倍以上としか思えないほど広く大きくなっていた。
そして最大の変化が、もともと緑色のうろこ状の皮膚が、黄金に輝いているのだ。
こちらを向くエンジェルの顔つきは、以前と変わらず思慮深い優しいものであったのだが。
「体の調子はもう大丈夫なの?」
アルクメネが心配そうな顔で、エンジェルの体調を気遣う。
(大丈夫そうだ。アスカならわかるだろう。私の内臓と骨格の調子が。)
「ああ、少し遠いが、どこも傷がついているようには見えない。ここまで「テレム強化剤」は効くのか。」
(そういうことらしい。これからのことを考えれば、心強い限りだな。副作用が気になるが)
「どのみち、ここで負ければ、我々は奴らの餌になって終わりさ。「スサノオ」の言葉ではないが、国に侵攻してきそうな勢いだからな。」
「ああ、大将。全く笑えない状況だな。」
バンスがそう毒づいた。
そんな彼らの横を、一回り以上大きい新型の砲塔を備え付けた3台の装甲砲撃車が通り過ぎていく。
「さて、これが我々の命運を担う砲撃車だ。きっちり仕事をしてもらわんとな。」
ダダラフィンの言葉に、その場にいた者は3つのチームに分かれ、砲撃車とともに進みだした。
「オオネスカ、エンジェル!空からの援助を頼む。」
ダダラフィンの言葉にエンジェルは不敵な笑みを浮かべ、オオネスカは短く「はい」とだけ応えた。
第1砲撃車にはダダラフィンとバンス、第2砲撃車にはグスタフとヤコブシン、シシドー、そして第3砲撃車にはマリオネット、アスカ、アルクネメの学生チームがついている。
戦場はかなりの荒れ模様であった。
砲撃車がほぼ砲弾を打ち尽くし、その巨体で「魔物」達を押しつぶそうとしている。
左翼と右翼はなんとか踏ん張っているが、ツインネック・モンストラムへの射線を開けられているかと問えば、難しいところだとしか言いようがない。
さらに中心の2つの道はほぼふさがる形になり、国軍兵士に多大な死者を出してしまっていた。
「私たちが中央に風穴をもう一度作ります。左翼と右翼の穴をダダラフィン殿、ヤコブシン殿、お願いします。オオネスカ先輩、空からの支援、お願いします!」
「了解!」
(任せろ、アルク)
アスカが砲撃車に飛び乗り、弾頭の装填を担当する国軍兵士に話しかけている。
「何時でもいけるという事だ。」
「じゃあまず、あそこに取り残された兵士を助け出さんとな。」
目の前、逃げ遅れて四方をA級の「魔物」に包囲されながら必死に戦っている国軍兵士たち。
盾は割れ、長槍は折られ、剣も形がおかしくなっている。
対「魔物」駆逐弾も使い果たした射出機を振り回し、何とか耐えているが、もう限界も近い。
マリオネットが声を出すと同時に、その「魔物」達に向かい、瞬時に加速して突っ込んでいく。
その場に居た者は、あまりの速さにマリオネットがどこかに消えたように感じた。
兵士たちを取り囲んで襲い掛かっていた「魔物」達の一部が、いきなり爆発するように宙を舞った。
その近くにいたエレファント級2頭の頭が四散する。
倒れている兵士の右足の半分を咥えていたリノセロス級の後ろ半分が引きちぎられた。
出血はしているものの、右足を失うことなくその兵士は他の兵士に抱き起されている。
マリオネットはその光景を見ることなく、全長は3mを超えるであろうコブラ級の攻撃してきた上顎と下顎を手で押さえ、そのまま引き裂いていた。
兵士たちの脱出口が少し開いたところを、アルクネメが自らの剣を横に一閃させると、そのまま半月状の剣戟が「魔物」達に飛んでいき、そこにいた4頭の様々な「魔物」達が上下に切断された。
そこにさらにアルクネメの光弾が「魔物」達のみに放出され、的確に敵を無力化していった。
マリオネットがそこにいた兵士たちに、その空いたルートを指し示し、逃げるように促す。
国軍兵士たちが懸命にそのルートを通り逃げることに成功し、後方に待機していた国軍の「医療回復士」がすぐにサポートに回った。
「こえーよ。助けてもらったけど、あいつの方が化け物みたいだ。」
助けてもらったにもかかわらず、その兵士はマリオネットを、そう評した。
その声を聴いたアルクネメはそれは仕方ないと、小さくため息をついた。
マリオネットの身体はさらに筋肉が大きくなり、とうの昔に野戦服が破れ、上半身が裸になっていた。
右手のリストバンドには「テレム」発生器がかろうじて付けられているものの、この戦場で上半身裸になっているだけでも異様だ。
その上、マリオネットの皮膚が硬質化したように輝き、緑色に変色し始めている姿は、「魔物」達よりも化け物に見える、とアルクネメは思った。
「カエサル」は副作用がないようなことを言っていたが、この変わりよう、そしてエンジェルの金色に変わった鱗を見ていると、とても無害には思えない。
だが、その強さは間違いのないものだった。
一昨日のデザートストームとの会話で、A級の「魔物」を仕留めたという事が伝説のように語られていたが、この戦場でのことを考えると、あまりにも遠い記憶であった。
マリオネットはその「魔導力」の備わった腕力で兵士を救助し、脱出口を開いた。
ならば自分はさらに奥にいる兵士の命とさらなる脱出口の拡大、それを通じての新型対「魔物」駆逐弾頭を撃てる射線を開かなければならない。
アルクネメは大地を蹴り、宙に飛んだ。
その瞬間、アルクネメの背中から2本の光が放出された。
その光は大きく広がり羽ばたく。
それはまるで羽のようにアルクネメを舞い上がらせていく。
のちに天の使いとまで言われることになる、風の剣士アルクネメ・オー・エンペロギウスの誕生の瞬間だった。




