第100話 テレム強化剤
「以上だ。何か説明は必要か?」
賢者「カエサル」が全員にそう聞く。
「説明も何も、要はこの「テレム強化剤」を使って、戦えという事だろう。」
マリオネットが言った。
そう、それ以外の説明をされても、全く意味不明だった。
ただ…。
「一つ確認させてください。それは「カエサル」様がこの「天の恵み」上で穴をふさぐ作業をしていた原因ですよね。」
オオネスカが尋ねた。たしかあの欠損の所為で、「魔物」の急激な成長が促されたのではないか。
「その通りだよ、オオネスカ君。この「テレム強化剤」はあの時漏れていた物質だ。」
「そんなものを体に使用したら、あんなふうになってしまうんじゃないですか。」
その言葉に、この場の全員の表情が固まる。
「確かにあいつらはこの「テレム強化剤」が原因である可能性が高い。「魔物」相手に使ったデーターはなかったのでね。だが、これは理屈上の話になってしまって申し訳ないが、ノーマルであれば、この「テレム強化剤」であんなことが起こる筈がないんだ。」
賢者「カエサル」は、本当に困り切ったように苦笑を浮かべた。
赤い髪の毛が特徴的なこの青年は、優し気な顔立ちであるが、今は聞き分けのない子を前にしたような苦い顔になっている。
「「バベルの塔」の住人には常識かもしれんが、こちらは学がないもんでね。だからと言って何も分からずに人体実験のモルモットになる気はないんだ。」
デザートストームの代表者であるダダラフィンは、自分の身、というよりも、既にかなりの愛情を持ってしまった子供たちのためにも、少しでも納得のいく説明を、そのような言葉で求めた。
だが、生き残る可能性を高める方法は、少しでも知りたいと思ってもいた。
「この「テレム強化剤」は、その名の通り、「テレム」を強化する。別の言い方をすれば、「テレム」が少しでもあれば、それを増強する物質だ。今いるこのオオノイワ大平原は分かっていると思うが、「テレム」濃度が低い。だが、ないわけではない。だからこそこの「テレム強化剤」が効果的だ。そして君たちの「魔導力」と才能があれば、戦果を期待できると思っている。」
「俺たちの才能を買ってもらってることに礼は言うが、答えになっていない。何故、理屈の上では大丈夫なのかという事だ。」
「別にはぐらかすわけではないよ。「テレム」を強化するだけなんだよ、この物質の作用は。だが奴ら「魔物」の「テレム」は我々の身体とは全く違う作用をする。というよりも、「魔物」は「テレム」が枯渇すると、その体を維持できない。だから、こんな平原に出て来るはずがないんだが…。何故、奴らがこちらを追ってくるのかについては今は置いておく。本当にわからないことだから、な。で、「テレム強化剤」だが、生きるために必要な「テレム」を強化するという事は、その生体内で、激烈な反応が起こっているだろうという事だ。その結果の進化だと考えている。」
「ノーマルとはそういう事か。確かに、我々は生きる上で「テレム」は必要がない。あれば便利という程度ではあるが…。信じていいんだな、賢者「カエサル」。」
「信じてもらいたい。君たちの力は、おそらくこの最後の作戦において重要な意味を持っていると思っている。」
ダダラフィンはこの場に居る者たちに顔を向けた。
バンス、グスタフ、ヤコブシン、シシドーが不敵な笑いを顔に浮かべてる。
オオネスカ、マリオネット、オービット、アスカ、サムシンク、そしてアルクネメが、決心をその表情に湛え頷いた。
「了解だ、「カエサル」。」
「カエサル」が軽く息をついた。それなりの緊張があったという事か。
ダダラフィンはこの青年に見える「バベルの塔」の住人の人間らしいところを初めて見たような気がした。
「カエサル」は持っていた四角い鞄を近くの机に置き、開いた。中にちょうど手で握れるくらいの円筒が数本入っていた。
「この円筒の中に、「テレム強化剤」を生理食塩液で薄めた液体が入っている。「テレム強化剤」は常温だと気化してしまうのでね。で、露出した肌にこの円底の真ん中に突起のある部分を付けて、このボタンを押す。」
「カエサル」は右手でその円筒を持ち上げ、自らの二の腕の肌に当てて親指のボタンを押した。
微かにブシュッと音がした。「カエサル」の表情が少し歪んだ。
いきなりの行動にダダラフィンを含め、ここに居た者は唖然とした。
「コウでもしないと納得しないだろう、ダダラフィン君。」
「分かったよ、俺の負けだ。「カエサル」殿。で、直接肌に当てるなら、どこでもいいんだな?」
「基本何処でもいい。出来れば、身体の中心に近い方がいい。」
「了解だ。その処置をした「カエサル」殿の体調はどうなんだ?」
「テレム強化剤」を体内に入れた後の変化をダダラフィンは聞いた。
「なにも。打った時に微かに痛みがある程度だ。あとは「テレム」を使用するとかなり体に変化があるとは思う。」
「わざわざ打つ必要はあったのか?無駄にしたようなもんだろう?」
「ここで自分が打たなければ納得しない、というのもあるが、無駄ではないよ。私も「スサノオ」も前線に出るつもりだからね。」
「出るのか?賢者が。」
「それだけ、本気だという事でもあるが、そうしなければ全滅の危険性もあるという事を分かって欲しい。」
その言葉に、まずオオネスカが円筒を取り、すぐさま自分の腕に打った。
続いてアルクネメ、オービット、マリオネットと続き、すぐに全員が打ち終わった。
「ありがとう。ぜひこの闘っているすべてのものを帰らせるように、協力して欲しい。それと。」
「カエサル」がほかの箱を開ける。
同じように円筒が十数本入っている。
「何本か、持って行ってくれ。きっと役に立つと思う。」
無言で全員がその円筒に手を伸ばした。
「時間だ。まず、「魔物」達の除去を開始しよう。」
全員が円筒を自分の背嚢に納めるのを確認し、ダダラフィンが静かに告げた。




