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【番外編】コーエンの初恋

番外編です!

2話に分けて、コーエン視点で過去を振り返ります。

シリアス展開ですが、お付き合い頂ければ幸いです。

俺が産まれたのは、王太子である兄、ジルベストが18歳のときだった。


国王がまだ年若い侍女に手を出した結果、産まれた所謂訳ありの子供というのが俺だ。


母は、国王付きの侍女ということもあり幸いにして貴族子女であったため、そのまま側妃として召し上げられた。とはいえ、母は元より玉の輿など狙っておらず、常に正妃を立て、一歩引いた場所で静かに暮らしていた。


それが、俺を守る為だというのはすぐに分かった。正妃である義母は、俺を目の敵にしていたのだから。


ジルベスト兄上は、良くも悪くも『普通の人』だった。


決して頭が悪いわけではないが、才に恵まれているわけでもなく、容姿はそこそこ秀麗な方だと思うが、際立っているということもない。何事もなければ、兄上がそのまま王になるのは問題なかっただろう。


ーその″問題″が俺の存在だ。



物心ついた頃から俺自身の能力が人並外れているとは気付いていた。

勉学を教われば1度で覚え、更にはそれを応用して問題提起を投げ掛ける。武術も気付くと講師を打ち負かすくらいにどんどん習得し強くなっていく。



そんな存在を兄上が、義母が厭わないわけがない。

義母は元々が王の浮気によって産まれた俺が気に食わないのは当たり前なわけで、さらには自分の子供より優秀な第2王子に王位を奪われると危惧した。産まれてから成人するまで幾度も散々当たられた。時には命の危険に晒されたこともあったが、それを助けてくれたのは兄上だった。



『私が不甲斐ないばかりに、母上を止められなくてすまない。』


そう言って、いつも最悪の事態になる前に兄上は間に入ってくれた。本当なら兄上にも恨まれても当然のはずなのに。


俺は兄上を好ましく思っている。強くはないが、負けない優しさを持ち合わせ、平和主義者で。


戦も何もない、今の世なら兄上が十分治められると思っている。もし、不足していることがあるなら、それを支えるのが俺の使命だ。


だからこそ成人の儀を迎える前に王位継承権を放棄したいと提案したのだが、父上はそれを許してくれなかったし、兄上も頑なに否定をした。


「私などよりもお前の方がよっぽど王に相応しい。」


「いいえ、兄上。私は兄上が相応しいと思っています。

それに私がもし王太子の立場になれば、この国はきっと二分され大きな争いが起こることでしょう。」


「そう、か。…でも、そうだったな。そう言うことも考えねばならないのだ。…やはり私は至らない。」


「そんなことはありません。

至らないというのなら、それを支えるのが私の、臣下の務め。兄上をお支え申し上げます。」


「………コーエン。ありがとう。」


その時の儚げな兄上の表情が今でも忘れられない。



**********


兄上は、ずっと俺に王位を譲りたいと踠いていた。そのせいで、婚約者との婚姻も俺が成人するまでずっと待たせたままだった。

婚約破棄の話もあったけれど、それを当事者であるローザが断った。父親である宰相の圧力もあったのだろうが、権力欲の強い親子だったので次期王妃の座は譲れなかったのだろう。……優しすぎる兄上には引っ張っていってくれるくらい強い女性が合っているのかもしれない。そう思った。


ローザは俺の成人の儀を終えた後に正式に兄上と婚姻した。

30才と女性としては行き遅れの年になり、世継ぎの心配もされたが、すぐに妊娠。後継者たる王子が誕生し、安堵した。

子が産まれたことを機に、父上は王位を譲り兄上が国王になった。


俺は外交を行いながら、国の防壁強化や軍事力の維持のため尽力した。兄上への宣言通り、兄の補佐をしながら足りない部分を補う。そして未来の国王に引き継げば、俺の王位継承権も必要なくなるだろう。


…そう、思ってた。


5才になった王子が傍若無人ぶりを発揮し、それを王妃が助長している。…そして、兄上も止めようとしない。

貴族らは王子派と王弟派に分かれ始め、諍いが多くなってきた。不穏な気配も少なくない。


このままではまずいと考えた俺は、兄上に優秀な側妃が必要だと夜会に向かった。



そこで出会ったのが、凛とした佇まいでしっかりと前を見据える成人したばかりの令嬢、ディオの母親であるレティーシアだった。



人となりを調べても悪い所はなく、学業も優秀な成績を修めていたという。侯爵家の次女で身分に問題もなく、父親も聡明な人だ。

兄上に側妃の話をしたら、それで構わないと言われた。侯爵家当主を通して話を通した所、是と返ってきた。


…宰相は後ろ暗い噂も聞く。

今のところその証拠は見つかっていないが、今のまま宰相に権力が偏るのは好ましくない。なので宰相には内密に侯爵家に出向き、俺自ら令嬢を迎えに行った。


「レティーシア嬢。こちらからのお願いとはいえ、ほぼ王命のような婚姻です。本当に宜しいのですか?」


自分より年下の女性に、父親と同じくらいの年上の男性に嫁げと言ったのだ。父親に無理に承諾を取られたのなら、他の女性を探すことも可能だ。

…とはいえ、兄上は元々正妃と婚姻したのも遅く、年近い女性は訳ありな人くらいしかいないだろうが。


「王弟殿下、わざわざ迎えに来て頂きありがとうございます。今回のお話ですが、わたくしは自らの意思で承諾致しました。どうぞ、お気遣いなく。

聡明な王弟殿下に気に掛けて頂けたこと、光栄で御座います。」


「レティーシア嬢……貴女は……。」



彼女は、恐らく全て分かっていてこの婚姻を受け入れた。今の国の政情や外交問題、そして、王家の確執。その上で受ける、と言っていた。


…彼女もまた非凡な才の人だと改めて確信した。俺は、彼女の覚悟に報いねばならない。



「レティーシア嬢、ありがとう。


貴女のことは、俺が守ってみせる。……どうか、兄上を宜しくお願い致します。」


「……はい。ありがとうございます。」


まだ幼さの残る面影に、僅かな切なさをのせて、彼女は微笑んだ。



**********


それから3年。レティーシアは王子を産んだ。それが、ディオだ。


兄上は……レティーシアとディオの存在を無視するかのように、2人は放っておかれた。何度か進言したが、義務的に会いに来るだけで、それ以上親しくしようとはしなかった。


国王としての執務は行っているが、最近はローザ妃や宰相の良いなりになっていることも多く、苦言を呈することも多い。


…やはり、兄上には国王の責務は重かったのだろうか。あの時の選択を何度も後悔した。


だが、過去はもう戻らない。ならば、今俺に出来ることをするしかない。兄上が親としての義務を放棄するなら、俺が全力でサポートする。

レティーシアが婚姻を受け入れてくれた時に誓ったことだ。


俺は兄上の補佐を続けながら、可能な限り2人に会う時間を作り、ローザ妃や貴族らの妬みや恨みを受けて害されることがないよう守ってきた。


ディオは母親に似て、聡明な子に育った。5才になる頃には自分の置かれた立ち位置も理解して、えらく大人びた子供になってしまった。

もっと子供らしい感情を与えてやりたいと思ったが、環境がそれを阻んだ。


「…ディオ。お前には辛い思いをさせてばかりですまない。

いつか必ずディオやレティーシアが幸せになれる国に変えてみせる。」


「……おじ上、謝らないでください。僕はじゅうぶんおじ上に助けてもらってますから。」


ディオが心から笑わなくなったのは、一体いつからだろう。それすら分からないくらい、ディオは母親の為、感情を抑えることを覚えてしまった。


ぎゅうっとディオを抱きしめ、俺は心に誓った。


「…ディオ。

いつか共にこの国を見に出掛けよう。とても綺麗な景色や楽しい場所が沢山あるんだ。」


「…っ。

それは…すてきですね。

ぜひいつか連れていってください。母上も一緒に。」


「あぁ、勿論だ…っ」


かつて、俺が放棄しようとした王位継承権。第2王子と言う立場。…俺は、俺が厭うその立場を自らの手でディオに課してしまった。


…ディオの助けになりたいのは、その罪悪感もあるのかもしれない。



……けれど、本当はそれだけじゃない。



あの日、あの場所で出会ったレティーシアの眼差しに、凛と立つ美しさに、俺は惹かれていた。



レティーシアは、俺の初恋だった。




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