第8話【ディオ視点・完結】
ルーフェミアに会うたびに、愛しさが募っていった。ルーと愛称で呼ぶようになるまで、そんなに時間は掛からなかった。
彼女は何故、俺にこんなにも執着されているのかわからないのだろう。困惑した表情をたまに浮かべるけど、俺が笑うと嬉しそうに微笑んでくれるから、俺はますます彼女に笑って欲しくて、表情を取り戻していく。
それと共にルーフェミア限定とはいえ、性欲も取り戻してしまい、自制心との闘いというなんとも情けない有り様にもなっている。
25年分の拗らせのせいで、余計募っているのかもしれない。
あくまで婚約者候補として接しているが、ほぼ内定している。父親であるランス伯爵にはすでに許可を貰っている。ただし、ルーフェミアが受け入れれば、という条件付きだが。
王命ならば簡単に婚約者どころか婚姻まで出来るが、出来ればルーフェミアには自分の意思で決めて欲しい。
…少しでも、自由でいて欲しいから。
これだけあからさまにアプローチしていれば、普通もう少し何かしら反応しそうなものだが、ルーフェミアは変わらない。
…まるで自分事じゃないかのように、のらりくらりと躱される。顔を近付ければ頬を染めて目を逸らしたりするから、脈がないわけじゃないようだけど、決定打になかなか繋がらない。
あくまで、婚約者候補のうちの1人だと思っているみたいだ。こんなに頻繁に会っていて、他に候補がいるはずがないと思うのに、そんなところもルーフェミアの不思議なところだ。
鈍いのかと思えば、政治に関しては興味関心があるらしく、色々なことを聞いてくる。流石、宰相補佐のランス伯爵の娘だと思う反面、面白い視点でこの場合こうしたら良いんじゃないかと的を射た意見を言うこともある。
どんどん深みにハマっていき、ルーフェミア以外と婚姻する未来など考えられない。…仮令ルーフェミアが私を愛せなくても、もう手離せないところまで来てしまった。
それでも、ルーフェミアなら俺のことを知った上で受け入れてくれるのではないかという希望は捨てられなくて。俺は苦い過去のことを彼女に話してから、改めて告白することに決めた。
…初めてお茶会をしたあの時と同じタルトを用意して。
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私室に招いて、あのタルトを出せばまたぱぁと表情を輝かせた。美味しそうに食べて満足した様子のルーフェミアの隣に座り、恐る恐るゆっくりと語り出した。…彼女は、果たしてルーのことを受け入れてくれるだろうか。
そんな不安もすぐに吹き飛んだ。
母上が亡くなった経緯と、カラスのルーに出会った話をすると、目をはっと見開き、食い入るように続きを促した。
そんな反応すら、他の令嬢とはまるで違う。思わず髪に触れ、ルーフェミアの瞳を覗き込みながら話を続けた。
「ルーと同じ、黒曜石のような綺麗な目をしたカラスで、とても、面白いカラスだった。」
バカにするでもなく、彼女はちゃんと俺の話を聞いてくれた。
近距離で見つめていると真っ赤な顔で見上げてくるものだから、うっかり手を出しそうになって、そっと目を逸らしてしまった。
「……カラスに対してこんな風に思うなんて、変だと思うだろう?今までにも、皆に言われてきた。だけど、ルーは、…あぁ、カラスのルーは、まるで人間のように感情豊かで、俺よりよっぽど″人″だった。だから、ルーの前では、笑えたのかもしれないな。」
「ディオルド殿下……。」
「ディオって呼んでほしい。」
ルーフェミアにも、俺を愛称で呼んで欲しい。その想いを込めて、じっと見つめ続けると、恥ずかしそうに小さな声で返してくれた。
「…………ディオ。」
嬉しくなってまた笑うと、ルーフェミアも微笑ってくれた。
「……ルーはね、死にかけていた俺に生きる道を示してくれた。死の淵から救い上げ、俺に感情を取り戻してくれて、………そして、俺のせいで死なせてしまった。」
「………っっ」
ルーフェミアが、息を飲んだのが伝わった。
「俺が街で兄上の……いやそれだけじゃないが、王家の噂に悩み、陛下のことを伝えたすぐあとに、ルーはいなくなった。ずっと、傍にいてくれる保証なんてなかったのに、いるのが、当たり前になっていて…正直ショックだった。
でも、本当にショックを受けたのは、その1週間後に叔父上が部下を引き連れ、俺を探しに来たときに……ルーのことを聞かされたときだった。」
「ディオ……。」
ルーフェミアはルーが死んだ経緯を話すと、なんだか辛そうな顔をした。感情移入してくれているのだろうか。まるであの時のようにルーが寄り添ってくれているみたいだ。
「………ディオは、幸せ………?」
「…え。」
突然の問い掛けに、俺は固まった。
「私といることで………ディオは幸せになれる……?」
ーそんなの、答えは1つだ。
「……ルー……っ。
あぁ、俺は…ルーの前でなら笑えるから……。
ルーにはずっと傍にいてほしい。
好きだ。」
こんな形で言うつもりはなかったのに。
もっと、ルーには格好良いところを見せたいのに……。
後悔と、悔しさと、情けなさで頭がぐるぐるする。
ぽんぽん。
「…なら、仕方ないなぁ。
寂しがりのディオには、私がついてないとね。」
【バッサバッサ】
その瞬間の背中を叩くルーの手が、その眼差しが、あの日のルーと重なって見えて感極まった。
掻き抱くように抱き締めて、腕の中にルーの熱を感じた。
「ルー、ルーだ…っ!!
……俺の、ルー……っ。」
そのままの勢いでソファーに押し倒した。腕の中で踠くルーが逃げ出そうとしたけれど、俺は理性が飛んでそのままルーの唇を塞いでしまった。
何度も何度もルーの柔らかい唇を味わい、ルーが本気で嫌がらないのを良いことにルーを堪能する。
そのまま手が出そうになったのを止められたのは、ひとえに察した叔父上が寄越した騎士らのお陰だろう。
目撃者がいるのを良いことに、そのまま婚約を結んだ。
ルーは呆れながらも最後はやっぱり仕方ないなぁなんて笑って、受け入れてくれた。
……実はもう外堀はとっくに埋めていたと知られたら怒られるだろうか。
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ー後日ー
「もう……っ、あの時は本当に恥ずかしかったんですからね…っ!?」
そう言いつつも嫌だったと言わないルーににやけるのが抑えられない。ピッタリと横に座って手を絡ませながら更に近づく。
「……なら、2人きりなら良いってことだね?…楽しみにしてる。」
耳許で囁くと、ぶわっと顔を真っ赤にして見上げてくるから、やっぱり可愛くてその場で口付けてしまって、ルーに怒られた。
そんなやり取りすら幸せで。
早く初夜にならないかな。なんて、早すぎる未来に想いを馳せるのだった。
本編はここで一区切りです。
お読み頂きありがとうございました!
この先は、2人のその後の話とか、叔父上ことコーエン視点の話とか番外編的なものが書けたらなぁと思ってます。
まだ細かいところを書ききれていない部分もあるので、それがいつか御披露目出来ればいいなぁ(願望)