第7話
そんな俺の反応を、間近にいた陛下が気付かないはずがない。
「ルーフェミア嬢が気になるのか?」
ニヤリと笑って俺を見てくる陛下に苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。
「そんなことは……っ」
「隣にいたのは、ルーフェミア嬢の兄上だったな。母親譲りの綺麗な栗色の髪だろ?」
「……あに。」
あからさまにホッとする心の変化に動揺する。
だが、陛下はその姿を見て嬉しそうに微笑んだ。
「今のお前は、″氷の王子″とは思えないほどコロコロと感情が揺れ動いているのがわかるな。
…きっかけはなんであれ、俺は嬉しいぞ。」
思わず昔の口調に戻るくらい、陛下も感情が動いているようだ。そして、俺が彼女を見て何を思ったかも全て把握されているかと思うと居たたまれない気持ちになった。
「……っただ、感傷に耽っていただけです…。」
あの者が、黒髪黒目だったから。
ルーという愛称だったから。
ただ、それだけのことだ。
実際に話して…そして失望して、きっとまたダメに、なるに…違いないんだから。…それを嫌だと感じている時点で、もう気にしている証拠だという己の心に蓋をしながら言葉を溢す。
「そこまで気になるなら、茶会を開いて実際に話してみればいい。…それでダメならその時だ。そうだろう。」
これ以上固辞していても、意味がないだろう。
だったら、さっさと終わらせてしまうのがいい。
「はぁ…、わかりました。
ルーフェミア嬢をお誘いしてみます。」
それで、きっと全てがわかる。
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それから1週間後。
善は急げと陛下が書状を作成してしまい、あっという間にお茶会を開くことが決まってしまった。
頑張ってこいだなんて、何を頑張れと言うんだ。
主催側として、中庭の景色が良い場所にテーブルをセッティングした。彼女は何が好きだろうか。なんとなく、ルーが好きで良く食べていた果実をたくさんのせたタルトを用意してしまった。
「ランス伯爵令嬢がいらっしゃいました。」
侍女が案内して来た彼女は、淡い桃色のドレスに華美にならない程度の装飾と化粧を施した容姿で、髪はハーフアップにして後ろに花飾りでまとめている。見ための印象は悪くなかった。
その中でも印象的な黒曜石のような大きな黒い瞳は、今日も真っ直ぐに俺を映していた。
「お茶会にお招き頂き、光栄です。
……それで、他の皆様は?もしかして、早く着きすぎてしまいましたでしょうか?」
小首をかしげて、窺う様子は小動物を思わせた。
「今日は、私と貴方の2人だけです。少しお話をさせて頂きたいと思い、お招きしました。
…ご迷惑でしたでしょうか?」
「いえ、とんでもない!!
とても、光栄なお誘いです。
…その、あまりお茶会などしたことがないので、無作法が御座いましたらすぐに仰ってくださいませ。」
こちらを見つめる瞳は、媚びるでもなく、甘えるでもなく、どこか温かい眼差しで細められている。
…彼女は今、何を思っているのだろう。まだわからないな。
とりあえず席にエスコートして、用意していたタルトと紅茶を持ってこさせた。
「どうぞ、好きなものをお召し上がりください。」
タルトの他にも、クッキーやケーキなど、女性が好きそうなものをいくつか用意させ、持って来させた。
そのプレートを見た瞬間。
ルーフェミア嬢は、瞳をキラキラさせて嬉しそうに微笑った。……俺と目が合った時よりもずっと、嬉しそうな幸せそうな顔をして。
「よ、宜しいのですか……っ!?」
ふっ。
思わず笑いが溢れそうになって、口許を手で隠しながら返事を返した。
「……っどうぞ。
どれでも好きなものをお取りください。」
今にも自分で取って食べ出しそうな彼女を横目に、侍女に目配せしてプレートを取らせた。
ハッと気付き、浮き足だって動こうとしていた手を引っ込めると、令嬢のすまし顔で、では、このタルトを、なんて指示し始めるから、笑いを堪えるのが大変だった。
……っまるで、嬉しい時に小躍りし始めるルーみたいだ…っ。
そう思ってしまったらもうダメだった。
カラスのルーがルーフェミア嬢であるはずがないのに、もう彼女に好感を抱かずにはいられなかった。
今すぐ抱きしめて、大好きだと言いたい衝動と闘いながら、俺はこの人なら…という唯一無二の人を決めてしまったのだった。