第6話
「そろそろ、ディオに王位を譲ろうと思っている。」
まもなく行われる、今年のデビュタントの舞踏会の準備をしている時に、陛下に呼び出され告げられた。
「…陛下。」
「わかっていると思うが、跡継ぎは必要だ。
ディオが私の息子に継がせたいと考えているのは知っている。けれど、周辺諸国に侮られない為にも、揚げ足を取られない為にも、婚約者候補はあげておくべきだ。…それはわかるな?」
「……はい。
ですが、私は…恐らく子を為せないと、思います。」
陛下には、もう伝わっているだろう。…私が、女性に反応出来ないということを。
これでもこの10年、何も努力しなかった訳ではない。王族の義務として、愛せないなりにも子を為す義務はあるのだから、その努力をすべきだと。
でも、閨教育を受け、実践しようにも全く身体が動かなかった。仮令どんなに相手を変えようと。
やり方は知ってる。
でも、身体が反応せず抱けないのだ。
場合によっては吐き気までした。
ダンスでエスコートをするくらいは問題なく出来る。けれど、そういう行為を身体が拒絶してしまい、先に進めない。
「……ディオ。
幼かったディオを、ここまで追い詰めたのは我々大人の責任だ。本当に申し訳なかった。」
「陛下のせいではありません。陛下には幾度も助けて頂きました。」
謝って欲しいとは思ってないし、本当に叔父上には感謝している。父や兄が犯した罪をこの10数年で粛清や法改正を繰り返し、国を守ってきたのは間違いなく叔父上の力だ。
裏で手を引いていたローザの父であり宰相も、ローザと共に極刑を言い渡され、国のトップが内実共に入れ替わったのだ。
国の体制を整えるのは生半可なことじゃなかっただろう。
宰相は質実剛健で名を知られた、中立派の侯爵家の当主が立った。元々財務部に在籍していたのだが、その部下と共に、今は宰相として国の運営を支えてくれている。
「……私は、それでもまだ諦めてはいないんだ。
いつか、ディオがこの人になら心を開けると思える相手に出会えると…。」
「…叔父上……。っいえ…陛下。」
「叔父上で良い。今は2人きりなのだから。
……ディオも…どうか諦めないでくれ。」
「……はい。」
……いつか、現れるのだろうか。
そんな一面に広がる砂粒の中からたった1つの金の粒を見つけるような、……唯一の人に。
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準備に明け暮れていると、あっという間にデビュタントの舞踏会当日になった。
確か、今年は男女合わせて50人くらいだっただろうか。
1人ずつ、壇上にいる陛下と俺に挨拶の言葉を述べ、立ち去っていく。
どの令嬢も顔を上げ、俺を見るといつもの纏わりつくような熱い視線を向けてくる。俺はお祝いの言葉を告げ、失礼のない程度に会釈だけして、視線を陛下に戻した。
次は確か、宰相殿の腹心の部下のご令嬢だったか。
「ルーフェミア・ランスでございます。」
伸びやかな声で、張り上げているわけではないのに、やけに耳に残る真っ直ぐな響き。
どんな令嬢なのかと見ればぎょっとした。
黒曜石のような真っ黒な瞳から、涙を流して固まっていたからだ。
「……ルーフェミア嬢……?」
何だ、これは。
新たな気の引き方か…?それにしては奇をてらい過ぎな気もするが…。
「し、失礼致しました!!緊張のあまり、感情が高ぶってしまったようです。申し訳ございません…!」
元気よく謝罪を口にすると、その勢いとは裏腹に綺麗なカーテシーで挨拶をする。
「ルー、どうした。大丈夫か?」
「………ルー……?」
隣にいるのは誰だろうか。
真っ黒な髪に真っ黒な瞳の令嬢とは似ても似つかない青年がエスコートしている。令嬢の婚約者だろうか。
その青年が掛けたルーという言葉にもやっとして、思わず聞き返してしまった。俺が唯一信頼していたルーと同じ呼び名を持つ黒い瞳の令嬢。これは何を意味するのだろう。…いや、穿ち過ぎか。
俺が呟いたたった一言に、彼女は大きな瞳を更に見開いて、俺を見つめ返した。
…本当に、ルー…みたいだ。
そう、思って見ていたのに。
気付いたら彼女は挨拶を終えて、そそくさと一番遠い窓際まで早足で立ち去ってしまった。
何もかも、予想を裏切る反応。
そんな真新しさが、あの頃出会ったルーそのもののように思えてならなかった。