第3話
付き合えば付き合うほど、ルーはまるで人間のようだった。
カラスにルーと名付けたら、ルーはまたあの不思議な踊りを披露してくれた。嬉しいと踊り出すらしい。
ルーは、まず、食べ物がある場所を教えてくれて次に川のある場所へ案内してくれた。近くに小さな洞窟があったから、そこを拠点にすることにした。
森の動物は基本襲ってくることはないけど、たまに狂暴なのもいるみたいで、そんな時はルーが先導して逃がしてくれた。
護身術くらいしか身に付けていないから、狩りをするための腕がない。一応、母上がいつも持っていた護身用の小刀を遺品として持ってきてはいたけど、なかなか活躍の場はなかった。
……母上は、あの崖の下で、静かに土の中に眠っている。身に付けていたアクセサリーは、いざというときの為に埋めずに取っておいたけど、身に付ける気にはなれず、そこに置いたままだ。
光り物が気になるのか、ルーがチラッとそれを見ていたけど、盗むわけでもなくただ見つめていた。
いつも助けてくれるルーに、僕は代わりに文字を教えてあげた。
とはいえ、理解してるかなんてわからない。でも、街で拾ってきただろう、汚れた絵本。それを僕に渡してまるで読めとばかりに嘴で文字をつつくから、一文字ずつ、ゆっくり読みながら、時に土に書いてルーに見せていった。
「ディオって、こう書くんだよ。で、ルーは、こう。」
真似するようにツンツンと器用に嘴で土に文字を書こうとしていた。下手くそでちゃんと読めなかったけど、本当に言葉が伝わっていると実感して楽しかった。
でも、狩りが出来ないから食べるものが必然的に森の果物やキノコなどに偏るとなかなか体力もつかない。
そんな僕を見かねたのか、ルーは遠出をしたかと思うと小さな傷を作って、肉や魚の焼いたものをどこからともなく持って現れるようになった。
「ルーったら、また街で盗んできたの!?だめだよ、そんなことしたらルーが怪我するだけじゃないか!」
どう考えても、僕のために街に行き、盗みを働いてきたのだとわかった。
ー森を探索するなか、街が見える高台にルーが案内してくれたことがある。
多分、ここは辺境の街の一歩手前にあるフォレスターという街。今いるフォレスターの森は、広く暗い森で、迷いの森と言われるほど、入り組んだ地形にあるって習った。
防衛を担うためにも、あえてこの森は残していると聞いたことがある。
もう少し先まで行けば、叔父上の元に辿り着ける。…でも、今僕が生きていることが分かれば、叔父上がどんな目に遭うかと思うと、怖くて動けなかった。
…もう、母上のように死んで欲しくない。
だからと言って、僕のせいでルーが傷を作ってまで食べ物を持ってくるのを待つだけなんて嫌だ。
「…わかってる。僕のためだってことは。でも、そのせいでルーが怪我して欲しくない…。」
僕は、小さな獲物からちょっとずつ狩りを始めた。
最初は全く上手く行かなかった。
運動神経は良い方だと思っていたけど、野生の動物は、敵意に過敏だ。
すぐに逃げられてしまった。
気配を消す練習を何度も繰り返してようやく狩りに成功した!ルーと一緒に大喜びした。慣れてくると、木の枝を使って弓を作って遠距離から狙うようになった。
的中率はメキメキあがった。
たまに、ルーが空を指して、鳥を狙わないのかと訴えるように見てくることがあった。
…でも、なんだかルーを殺そうとしているみたいで、僕には出来なかった。
狩りをするようになり、食事も安定してきて、体力もついてきた。おまけに気配を消すのも上手くなったから、数年振りに街に、人のいる場所に行ってみようと思った。
7歳で事故に遭ってから、おおよそ3年。
ーー僕は10歳になっていた。
馬車のカーテンを使って作った外套で顔を隠しながら、街を歩く。
街は国境が近いにも関わらず賑わっていて、本当にすぐ隣で隣国と戦があるのかと思うほど皆の表情は明るかった。
「コーエン様のおかげで…」
「辺境騎士団に任せておけば安心…」
そんな会話が大人たちの間で交わされていて、叔父上が今も生きてご活躍されていることに、安堵した。
その一方、商人たちの暗い顔が気になった。
「近頃、王都は物騒で…」
「税金があがって、商売あがったり…」
「王都に若い娘を連れていくな…」
「王太子に、目をつけられたら終わりだ…」
ーー聞こえてくる声は、この国の王族に対する不満ばかりだった。
もう、今の王家はダメだ。
このままではそう遠くない未来、崩壊する。
「せめて、叔父上がいれば……っ」
今こそ、叔父上の力が必要だ。
叔父上こそ、国を導くのに相応しい。
話を聞いている限り、隣国との戦もだいぶ落ち着き、和平成立まであと一歩のところまでこぎ着けているらしい。
…ならば。
父上を討ち取り、叔父上が国王に。
…そう考えていたのがいけなかったのだろうか。僕のそんな何気ない囁きを、ルーが聞いていただなんて。
……あんなことが、起こるだなんて思わなかったんだ。