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【番外編・7】辺境伯の娘2

この辺境伯領があの無能に乗っ取られて何年だろうか。

気付けば私はとっくに行き遅れの年を迎えていた。


いずれは同じ騎士団の仲間の誰かを婿に迎えて、この辺境伯領を守っていこうと考えていた。けれど、辺境伯の権限を奪われた今、私が婚姻することはマイナスにしかならない。


この辺境伯領にいる騎士団の仲間は貴族籍を持つ者こそいるものの、後継者になり得ない次男三男といった者達ばかり。今私がそのうちの誰かと婚姻すれば、これ幸いとあの男は私を父の庇護下から切り離し、嫁に出され平民にされるだけだ。

ならば、元辺境伯の娘として伯爵位を持ち続ける方が、まだ出来ることが多い。


そんな内実もだが、何よりもそんなことに煩わされている余裕がない。

近年、更に隣国からの攻撃が増している。

なにやらコソコソと隣国からの使者を勝手に招き入れ密談もしているようだが、詳細を探るまでには至っていない。

出来れば悪事の証拠を見つけ出して、追い出してやりたいのだが、前線指揮をそう軽々抜けるわけにもいかず、諜報部員の人手も足りていない。

八方塞がりだった。


──もう、この国はおしまいかもしれない。


本気でそう思う程、この国境線は混乱を極めた。

どこからそんな予算があるのか。隣国の騎士団は常に新しい武器を仕入れ、大量の人を投入し襲い来る。

それに対し、こちらは自費で賄い、今いる戦力で地の利をいかした戦法を駆使してなんとか防ぐだけ。防戦一方になるのは、仕方ない。私たちはどんどんと疲弊していった。


「団長!また援軍が……っ」


前線で闘っていた仲間の一人が怪我をした足を引き摺りながら報告してきた。私は、グッと足に力をいれ剣を手に取り愛馬に股がった。


「……私が出る!」

「やめろ、ジェレミア!お前はさっき戻ってきたばっかだろう!!」


私の幼少期からの幼馴染み兼補佐官の男が怪我をした脇腹を押さえながら、立ち上がろうとしたが、私はその忠告を無視して駆け出した。


「私が今動かなければ助けられない命がある!お前は重傷を負っているんだ。そのまま待機していろ。動けるものは私に続け!!」


大切な仲間達。

この数年で何人の同胞が天に召されただろう。


これ以上、被害を増やしたくない。

斯なる上は、隣国の人質になっても良い。

それで助けられる者がいるのならば……っ。


そんな弱腰の考えをしていたからだろうか。

油断をしていたわけではない。

だが、背後から忍び寄る気配に気付けなかった。


「ジェレミア……っ!!後ろだ!」


ハッと気付いた時には目の前に迫る剣先が見えた。

あぁ、私はこんなところで呆気なく死ぬのか。


そう思っていた私の身体が大きく揺れた。


「……ぐぅっ」


何が起きたのか。

小さな呻き声が聞こえたと思ったら、視界が大きな身体で塞がれていた。

知らない香りを纏わせた男はすぐに体勢を立て直すと、振り向き様に剣を振り上げ敵国軍の鎧を来た男を切り伏せていた。


「……大丈夫か」

「は、はい」


初めて見るその男性が何者であるか、その姿を正面から見て漸く理解した。


「……王弟殿下」

「よくぞ、持ち堪えてくれた。あとは私に任せろ」


それだけ言うと、怪我を押して追い掛けてきた私の補佐官に私を託し、後からやって来た仲間を引き連れて前線に向かっていった。


──結果として言えば、圧勝だった。

噂には聞いていた。国の各地で起こる問題ごとに対処しに部下を引き連れ駆け回り、軍事力強化に尽力していると。

現在の陛下とのいざこざがあるのも聞いていた。

()()宰相と対立している話も聞いていたから、きっとこの辺境伯領に直接来ることはないのだろうと思っていた。


──まさか、このタイミングで来るなんて。


殿下は隣国の襲撃を退けると、話を聞きたいと私が待機している基地まで戻ってきた。

どの程度現状を知っているのか、信じるべき相手なのか疑う気持ちがないわけではなかったが、これ以上悪くなることもないだろうと思い、城塞に戻る道中ざっとこの数年この地で起きたことについて、赤裸々に語った。


場合によれば私は処罰されるだろうが、ここはなんとしても共に闘った仲間達は犠牲に出来ない。

万が一の時は私が全責任を取ろうと思っていた。


**********


「管理が行き届かず、辺境伯領まで援助の手を回せなかったこと申し訳なかった」


戦線を離脱し、私が拠点にしている城塞の外れにある離宮まで殿下と共に戻ってくると、第一声に謝罪された。


「いえ。それを言うならば職務放棄をした我が父にも責任は御座います。お咎めあらばどうかこの私、辺境伯が長子ジェレミアに。部下達は何も非は御座いません」


ここでしっかり線引きをしておかなければ、皆を巻き込む。それだけは避けなければならない。


「貴女には感謝こそすれ咎めなどあるはずもない。影からの報告で、貴女がこの辺境の地の最後の一線だったことは聞き及んでいる。最悪の事態を防げたのは、貴女がいたからだ。ありがとう」

「……っいえ、当然のことをしたまでです」


正直、拍子抜けした。

私は殿下と話すまで噂はあくまで噂に過ぎないと疑っていた。

この辺境の地まで伝わる王族の悪政や傲慢な態度。

王太子の素行の悪さなど、様々な噂が商人と共にこの地まで轟いていた。

だから、真逆の評価をされる王弟殿下とて情報操作によるもので、なんとか国民に良い印象を持たせるための歪められた噂話だったのだと思っていた。

……もし噂が本当なら、この辺境伯領こそ尤も救うべきはずで、何年も放置されたばかりか宰相の手の者が絡んでいるなどあるはずがないだろう、と。


だが殿下の話を聞いてみれば、王弟殿下は宰相と対立しているのだという。この地にも策略に嵌まり、辺境騎士団長として就任するという、ていのいい左遷で飛ばされたのだとか。


「私はこの機会に徹底的に宰相の権力を削ぐための証拠を見つけたいと思っている。……皆が生きやすい国にするために、協力してくれないだろうか」


王弟殿下は、ここではないどこかに想いを馳せるようにぐっと手を握り締め、真っ直ぐな瞳で私を見た。


「私に出来ることでしたら、何なりと」


私はこの辺境伯領を守りたい。

だから、当然すぐに了承した。


「……ありがとう」


王弟殿下は、噂通りの人だった。

そして、とても国思いの人なのだと思った。


勿論、それは間違いなかったのだけれど、一つだけ違うことがあった。


それを知るのはそれから3ヶ月後のこと。

側妃の訃報を知らせる連絡と不本意な噂が流れたことで判明したのだった。

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