第2話
「……っディオ!!!!」
その声が、僕が最期に聞いた母上の言葉だった。
暖かい身体に包まれ、急速に身体が落ちていくのを感じた。
強い衝撃に意識が飛んだ。
そして、目を覚ましたときには、冷たくなった母上がいた。
「うぁ、あぁぁぁぁああああっ!!!!!」
僕は声にならない声で泣き叫んだ。
何故だ何故だ何故だ……っ!!
なんで、母上がこんな目に遭わなくちゃいけない!?
どうして、そっとしておいてくれないんだ!!!
僕は王位なんていらないし、母上と2人穏やかに静かに暮らせたらそれで良かったんだ!!
なのに…っ、なんで…………。
近くに人の気配はない。
御者も馬車の下敷きになってぴくりともしない。
護衛騎士がどこにもいない。
……あぁ、彼らもまた裏切ったのか。
そう思うと、もう動く気力もなくなった。
どうせ、このままいけば僕に待っているのは死だ。
仕組まれた事故、崖の下に転落した馬車。深い森のなかに来る人などいないだろう。
僕はここで飢え死にするしか残されていない。だって、生きるための元気が湧いてこないんだ。
ガサッ。
バサバサッ。
暗い森の中で、何かが動く気配がした。
ゆるっと森の方向を見れば、太陽に反射して光る真っ黒な瞳と目が合った。
カラス…っ!?
…まさか、母上を狙っているのか?
カラスは光り物が好きだと本で読んだことがある。もしかして、母上の着ている服やアクセサリーに反応して…っ?
…っダメだ……母上には、指一本触れさせない…!もう動かなくなってしまったとしても、母上は母上だ。
今、母上を守れるのは僕だけなんだから…っ。
感情をなくしたと思った僕が無意識に気力を取り戻していることも気付かずに、カラスと対峙する。
どれくらい見つめ合ったんだろう。フイッと視線を逸せたカラスはバサッバサッと大きな翼を広げて、どこかにいってしまった。
諦めてくれた…のかな?
そう考えて、そうっと馬車のそばを離れ、先程カラスが居た場所まで近づくと、そこには果物が幾つか置かれていた。
僕がいたから、置き忘れたのかな?また取りに来るかもしれないと警戒していたけれど、いくら待っても姿は見せず、代わりに僕のお腹が鳴った。
こんなときでもお腹って空くんだな、なんて呆れとも悲しみともとれないため息を吐き、恐る恐るその果物を口に入れた。
………美味しい。
こんな時なのに、毒の心配をしなくていいんだ…とか、美味しいと感じる心がまだあったんだ…とか思ってたら、食べながら泣いてしまった。
こんなに感情をたくさん出したのはいつぶりなんだろう?もしかして、初めてかな。
たった独りになって、こんな森のなかで初めて感情を出せたのかと思うとなんとも言えない気持ちになった。
……だけど、その時にはもう、死にたいなんて思わなくなっていた。
あの不思議なカラスは、どうやら僕の為に食べ物を用意しているらしいと直ぐに気付いた。
気付いたけれど、そんな知能を持ったカラスがいるなんて、聞いたこともない。誰かの飼っているカラスなのかとも思ったけれど、伝令用の鷹がいるのは見たことあるけど、人に食べ物を分け与えるカラスなんて本でも見たことない。
それでも、こうして生き延びられているのがあのカラスのお陰だと伝えたくて、思わず声を掛けてしまった。
「待って!!…って人の言葉はわからないか……。」
咄嗟に声を掛けちゃって恥ずかしかったけど、ばっと振り向いて、あの黒曜石のようなキラキラした瞳を向けてきた。
「え。もしかして…本当に僕の言葉がわかる…の…?」
思わず聞き返してしまった。
そんなはずないのに。
そう思ってたら…
「カァ!」
まるで返事をするように鳴いた。
嘘ッ、え、ほんとに言葉通じてるの!?
わからないけど、話を聞いてくれてるみたいだから、折角だしお礼を言おう。
「わかる……ってことで、いいのかな…?あの、食べ物をくれてありがとう。君のお陰でなんとか飢えずにすんでるよ。」
そう告げると翼をバッサバッサひろげ、奇っ怪な動きをし始めた。
ちょ。え、何それ。
喜んでる、の?
「は、ははははは!!なにそれ、もしかして喜んでるの!?そんなカラス、見たことないよ!!」
僕は大笑いした。
あまりにおかしくて、あまりに可愛くて、あまりに嬉しくて。
あぁ、まだ僕にも感情は残っていたんだな…。
笑えたんだ………母上、僕、笑えました…。
そう思ったら、涙が止まらなくなってしまった。
「は……はは……。僕、まだ笑えたんだ……。もう…このまま死ぬだけだと…思ってた…っ、のに……っ。」
こんな非常識な場所で、非常識な状況で。
それでも僕は生きている。
心が、生きていた。
トテトテッと、近づいてバッサバッサと翼で僕を覆うように動かすカラス。
ふふっ、今度は僕を慰めるつもり?そんなこと、母上と叔父上以外誰もしてくれたことなかったのに……っ。
……優しいね。
人よりもずっと……。
「カラスなのに、僕よりよっぽど人間みたいだ…っ。
………ありがとう。」
僕はカラスを潰さないよう気を付けながらぎゅうって抱きついて泣き続けた。
ーもう少し。ここで生きていこう。折角助けてくれた命だから。