宵闇色の瞳
あれから1週間。
今回も優秀な侍女達のお陰で抱擁も強制終了でき、ホッとした。ディオはなんだか残念そうだったけど。
お茶会を無事に終えて帰った私は、またしてもルーフェミアともカラスのルーとも受け取れる謎発言をしてしまったことに、再び頭を抱える事態になっている。
「…あのまま、流れで言っちゃえば良かったかな…。
いやいや、言うタイミングじゃなかったよねあれは絶対…!」
そんなことを考えてぶつぶつ言ってる私は完全に変人だろう。
でも、5歳で前世の記憶を思い出した私は、その頃から変わった令嬢だった。身内は皆承知の上で接してくれるので、生温かい目で見られて終わるだけだ。
「ルーフェミア様、そろそろお支度しなければ、殿下がお迎えにいらっしゃいますよ。」
「…はっ!!ご、ごめんなさい。すぐに準備するわ…っ!」
頃合いを見計らったように、私付きの侍女ユリが声を掛けてきた。
そう、今日はディオと遠出をしに行く日なのだ。遠出と言っても日帰りできる距離だから、王都近郊にある湖のある公園に遊びに行くだけだけど。
ちょっとだけ街へのお忍び視察もすると聞いているので、今日はお金持ちの令嬢が街にお忍びで来た風のワンピースを用意してもらった。
コルセットもなく、動きやすくて私は好きだ。スカートの裾のフリルが風に揺れてふわふわと舞い、光沢のあるレースが窓から射し込む光に反射して煌めいている。
キラキラしたものが好きなのは、カラスだったせいなのか、それとも私の趣味か。わからないけれど、髪が黒い分、お洋服は明るく華やかなものにしたくなる。少しでも明るい印象を持たれたいからだ。
「…ディオ様は気に入ってくださるかしら…。」
「大丈夫ですよ。お嬢様はいつでも魅力的ですから。」
「…あ、ありがとう…っ」
ユリが不意打ちで真顔で褒めてくるから物凄く赤面して俯いてしまった。
「そうだね、いつもの着飾ったドレスも素敵だけど、可愛らしいワンピースもルーの愛らしさを際立たせていて良いね。」
「…っえ、ディオ様…っ!?」
バッと顔をあげると、私の部屋の入り口に寄りかかり私を見つめるディオが立っていた。
え、えぇええええ!?私ってば、支度に時間掛かりすぎてお待たせしてしまったの?
「焦らなくて大丈夫だよ。俺が待ちきれなくて早く来すぎてしまっただけだから。」
私の表情から読み取ったのだろう。そう言ってフォローしてくれるディオ。うぅぅ、申し訳ない。でも、本当に嬉しそうに笑うから私もついつられて笑ってしまう。
「…わ、私も楽しみにしてました。」
「……っ……嬉しいことを言ってくれるね…。じゃあ、早速行こうか。」
少し耳を赤くしながら私の手を掴んで歩き出すディオ。え、照れてる…っ!?
動揺しながらも手を引かれて馬車までエスコートされてる間中、繋がれた手から伝わる熱にドキドキして無言になってしまった。
他愛ない世間話をしながら、馬車で移動すること1時間。目的地に到着したらしい。
ディオにエスコートされて降り立つと、太陽に反射してキラキラと輝く湖面が目の前いっぱいに広がっていた。
「うわぁ……綺麗……っ。」
今までにこんな大きな湖は見たことがない。太陽の光に当たる姿は神秘的だし、透き通る水は綺麗で水底まで見える。
「こら、いくらそんなに深くないとは言え近付き過ぎると危ないよ。」
「ひゃ…っ、も、申し訳ありません…っ。」
いつのまにか夢中で湖に近付いていたらしい。それを止めようと、ディオが腰を引き寄せてくっついてきて、思わず変な声が出てしまったー!!
と、突然のスキンシップは無理ぃっ!!
ドキドキが止まらないなか、同行していた侍女らが準備してくれた敷物の上に座り、木陰で休みながらゆっくり自然を味わった。
前世がほぼ森の中で生きてきたから、自然の中にいるとホッとするんだよね。心地よい風を感じながら、澄んだ大空を見上げていると、ピーチチチと鳥が飛んでいる姿が見えた。
…空飛ぶの、楽しかったなぁ。
危険も多かったけど、人だったら見られない景色を見て、感じて、そして……ディオを見つけて。
短いカラス生だったけど、充実してた。最初はなんでよりによって嫌われ者のカラスなの!?って思ったけど、カラスに生まれて良かったって、今なら自信を持って言える。
「…あぁ、ルーの瞳って太陽の下で見ると黒と言うより、深い藍色をしてるんだね。」
「…え、よく、気付きましたね。」
私でさえ、気付いたのは大分大きくなってからだ。真っ黒なんて残念…って思ってたけど、それに気付いてからは愛着を持っている。
だって…
「まるで、ルーの羽の宵闇色みたいな瞳だ。」
あ、まさかの思考が被った…っ!!
ビックリしてディオを凝視すると、申し訳なさそうに困り顔をしながら私の瞳を覗き込んだ。
「…ごめん。カラスと同じ色、なんて言われても嬉しくないよね……。
俺にとっては特別な色だったから、貶すつもりはなかったんだけど…気持ち悪いとか不快な気持ちにさせてしまったかな…。」
「そんなこと!!
ディオ様にとって大切な存在だったのは知っています。…むしろ、黒は忌み嫌われやすい色なので、受け入れて下さって…嬉しかったです。」
私にとっては前世、前々世に馴染みのある黒色だけど、やっぱりこの世界では黒はあまり好かれない色で。不吉な色と思う人は一定数いる。更に髪も瞳も黒というのは珍しく、子供の頃からあまり良い印象を持たれなかった。前世を思い出したのが遅ければ、私は心を病んでいたかもしれない。
だからこそ、黒色を隠すことなく明るく楽しそうに堂々と生きる私の姿に、ちょっと変わり者の令嬢でも家族や家に仕えてる皆が何も言わないのだ。
「嫌うはずなんてない。むしろ愛しさしか感じないよ。
…それより、未だにそんなこと言う人がいるの?もうとっくに廃れた考えだと思うけど。」
さらっと口説いてくるのやめてぇ…っ!動揺を抑えつつ、苦笑する。今にも言った相手を処罰しそうな剣呑な雰囲気を発したからだ。
「そう言う人もいたんです。
でも、もう大丈夫ですよ?
私自身、黒は嫌いじゃないですし、それに…ディオ様が好んで下さる色だから……。」
恥ずかしいけど、言ってやった!!
効果は覿面だったようだ。
「…………参ったな。そんなことを言われたら、怒れないじゃないか。」
わぁ、止めなきゃ怒ってたんですね!どんなお怒りが飛ぶことになったのか、考えないでおこう……。
そんなことより、今日はいつもよりディオ様のたくさんの表情を見られる気がする。
外で解放感があるからかな?やっぱりお城の中は窮屈な空間なのかもしれない。
「…ディオ様!お忍び視察楽しみですね。どんな素敵なものに出会えるかワクワクします…っ。」
お忍びとは言え、いつもと違う空間で、おもいっきり楽しんで欲しい。そう思って言ったら、頬を緩ませて熱のこもった眼差しで私を見つめた。
「…そうだね。ルーとの街デート、とても楽しみにしてる。」
で、デート!!
いやまぁ今の状況も確かにデートなのだけど、なんだか普通の恋人同士っぽくて、無性に恥ずかしくなった。
「……そんな顔して……ダメだよ…?」
チュッ。
「こんな風に…悪い男に襲われてしまうよ。だから、絶対に俺のそばから離れないでね?」
ぶんぶんぶんっと凄い勢いで頷いたら、ディオに笑われてしまった。
もうもうもうもう…っっ!!
いきなりキスするとかずるい…っ。その上で、独占欲丸出しのような発言をされて平静でいられるわけがない。
ディオの色気に当てられて動けなくなっていると、お姫様抱っこで馬車まで運ばれてしまい、ますます赤面してしまった私は悪くないと思う…。




