ディオの宝物
今回から全4話でその後のお話【ルー視点】をお届けします。少しでも楽しんで頂ければ嬉しいです!
「早くルーを僕だけのものにしたい。」
ーそんな甘い囁きに毎日悶えながら、結婚は18歳まで待って!と私が止めたせいで、ディオが暴走しております。
元日本人だった私の記憶が、15歳で結婚するという状況に耐えられず、懇願して婚約期間を設けて貰ったんだけど、所構わず甘やかされ、愛を囁かれ、スキンシップも激しくて、私はもう頭がいっぱいですーー!!
「ルーがまだ俺と同じ気持ちまでいっていないのはわかってる。
だから、結婚は待ってあげる。その代わり、愛を伝えることは受け入れてくれると嬉しいな。」
そう告げてから、ディオ的にはちゃんと一線を越えないように自制しているようで、本当にキス以上のことはされない。されないけど、その愛を伝える行為が、免疫のない私には十分すぎるほどの愛でられ方で、私は翻弄されるばかりだ。
…そして、最近の私は大きな大きな悩みごとに更に頭を抱えている。
『…ルーっ、ルーだ…。僕のルー…!!』
あの時の言葉の真相を私は未だに聞けないでいる。
ディオの口からカラスのルーの話を聞かされて、前世の記憶(カラス生)から思わず敬語も忘れ上から目線な発言をしてしまった私。我に返って大慌てだった私に何故か感極まったように呟きながら抱きついてきたディオ。
その後に……熱烈な…って、いやいや!!それは今は置いておこう!!
まるで過去に戻ったようなディオの様子に、私がカラスのルーだってバレた!?って思ったんだけど、普通に考えてカラスが人間に転生するってあり得ないよねぇ。
しかも、ディオほど聡明な人がだよ?伯爵令嬢が実は以前一緒に過ごしたカラスのルーでした!なんて奇想天外なことを真っ向から信じるとは思えないわけで。
じゃあ、あれは思わず私に言った言葉だったのか?って結論になるんだけども、それはそれで恥ずかしいー!!!!
ぼ、ぼぼぼぼ僕のルーって、なんか、もう…色々含みありませんっ!?その事で右往左往するたびに顔は真っ赤になるわけで、周りの皆に変な目で見られるという日々……。
あぁぁぁあっ、ディオってば、ほんと罪作りな男に育っちゃって…っ!……いや、誰目線よ、私。
【ディオ、実は私、カラスのルーだったんだ!】
そう告げた時、果たしてディオはどんな反応をするんだろう?
喜ぶ?
それとも、引く…?
…ディオが、何故私をこんなにも好きになってくれたのか、私は未だにわからない。
カラスのルーと同じ黒をしてるから?同じ愛称だから?雰囲気が似てるから?
…それとも、カラスのルーだと思っているから?
ルーは確かに私だけど、ルーフェミアはルーであってルーじゃない。……ルールールールー、わかりづらいな。
カラスのルーは、どちらかと言うと、元日本人の魂に近かった。
でも、私が前世の記憶を取り戻したのは5歳頃。それからルーフェミアとして生きてきた。とっくにカラス生の時間を越え、私に流れるのはこの世界の貴族としての血であり知識だ。
…ディオが嫌悪している、貴族の血が流れている。カラスのルーではない私に、本当に価値があるのだろうか?
ディオに嫌われる未来を想像して嫌だと感じるくらいには、もうディオに心が傾いているし好きだと思ってる。
だからこそ、嫌われたくなくて言えずにいる。
「……はぁ」
「ルー、どうしたの。何か、悩みごと?俺に出来ることがあれば、何でも言って。」
しまった…っ!今ここはディオの私室だった!!ディオを不安にさせるのは本意じゃない。
「申し訳ありません!何でもないんです。折角招いて下さったのに、ため息なんて吐いてディオルド殿下のご気分を…っ」
「ディオ、だよ。」
「ディオルド様」
「…ディオ」
「ディオ…様。これ以上はどうかご容赦下さいませ。」
ディオは執拗に愛称呼びを求める。でもでも、あの時は前世に引き摺られて思わず言っちゃったけども、私はしがない伯爵家の娘ですよ!?対して、王太子様。しかも年上!!いくらプライベートな空間だとはいえ、敬称なしには呼べないのよ!!…心のなかではディオ呼びしてるけども、それはそれ。
「……仕方ないなぁ。今はそれで良いよ。でもいつかは…ね?」
「……っはい。」
物凄い色気を含んだ眼差しで横から覗き込んでくるの禁止ー!!心臓が飛び出してきそうです!
なんとかこの甘ったるい空気から抜け出したくて、キョロキョロ周囲を見ると、ふと既視感を覚えた。
あれ………?あの机の上にあるのって……え、あれっ!?
「……あれ………っ」
思わず声に出してしまい、しまったと思った時には遅かった。目敏く気付いたディオが私の視線を辿ってそれを認識してしまった。
「……あぁ、そっか。さっきルーが来るまで見ていたから出しっぱなしにしてしまったんだな。」
「…あ、あの、ディオ様…それは一体……」
何、と聞かなくとも、私は知ってる。…知ってるけども、知りたくなかった…っ!!!でも、気付いてしまったのなら聞かないのは不自然だ。
ソファから立ち上がり、執務机の上に置かれたボロボロの紙切れをそっと壊れないように持ち上げ、私に見えるように掲げてくれるディオ。いやいやいや、良いよもうそんなきったない文字とも言えない単語の羅列を見せなくても!!
そう思っていた私はディオの口から出た言葉に呆気に取られることになる。
「これはね、俺の宝物。…ルーが命を賭けて俺を救ってくれた大切な手紙だよ。
……そして、罪の証でもある。」
「………え」
宝物…うんまぁ、それは何となく今までの反応からわかる。大切にされるのは恥でしかないけど。
…でも、罪の証って…。
私がぽかんとした間抜け面を晒していると、苦笑しながらディオは手にした紙切れに指を這わせつつ語った。
「これはね、カラスのルーが叔父上…陛下に書いた手紙なんだ。
カラスなのに本に興味があって、言葉を教えると嘴で地面に書いて、上手に書けてると褒めればいつも嬉しそうに鳴いて踊って。
……でも文字なんて教えなければ良かった…っ。そうすれば、手紙を届けることも、矢に射られて死んでしまうこともなかったのに…っ。」
矢、という言葉にあの時矢が刺さった心臓部分がきゅううと痛んだ気がした。確かに痛くて痛くて苦しかったけど……それを後悔したことはない。
「…で…も、カラスの寿命って、人程長くないでしょう……?
カラスのルーは、最期に大切な人の為に動けて幸せ…だったんじゃないでしょうか…っ」
…そう。私は、もう寿命が近かった。街で盗みを働く時に怪我が多かったのは、機敏に動くことが難しくなってきていたから。
直にディオとは今生の別れが来る。それがわかっていたから、ディオの味方になってくれる人の元へ行こうと決めたのだ。
「……解ってる…っ!!
ルーがもうそんなに生きられないことも、僕のためにしてくれたんだということも……っ。
…それでも、だからこそ……最期は僕が看取りたかった……っ。最期まで一緒にいて、見送りたかったんだ……っ。」
…あぁ、私はまたこの人を悲しませてしまった。以前話を聞いたときから思ってた。ディオは後悔してる…15年経った今も。私が死んだのは自分のせいだと。
体が無意識に動いた。
気付けば自分からディオの胸に飛び込んでいた。
「ごめんなさい……っ。悲しませて……
1人にしてしまって……っ。」
「……ルー……っ。
お願いだから、ルーは俺より長生きして……?ルーを失ったら…もう俺は生きていけない……っ。」
私を掻き抱きながら、心の叫びを吐露する。
私は安心させるように、背伸びして頭を撫でる。
「ふふ、安心してください。
私頑丈なんです。ちょっとやそっとのことじゃ傷付きません。
…それに、私の方が10歳も年下なんですよ?ディオ様こそ、ちゃんと長生きしてくださいね?私のことも1人にしちゃ嫌ですよ。」
「…っああ、勿論だ……っ。」
そのまま、お互いの熱を感じながら抱き合った。ディオの大きくて温かい胸に身を任せた。………これ、いつ離れれば良いんだろう…?
引き際が解らず、私はうんうん心の中で唸りながら、ディオの気のすむまで抱き締められ続けたのだった。