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【番外編・2】コーエンの後悔

――何度も何度も後悔する。


あの時、あの判断をしたことが果たして正解だったのかと。


その度に悪夢に魘されて起きる。

最期に見た、あの儚げな笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。


――俺は、守ると誓ったレティーシアとディオを殺してしまった。



**********


「コーエン殿。貴方を辺境騎士団団長に任命致します。」


「……っ!!」


やられた。そう、思った。


最近、宰相が辺境伯と何やらやり取りをしていると密偵から話は上がっていた。そして、隣国の動きがきな臭いのも。


「……辺境騎士団長はスワルド辺境伯が兼任していたと記憶しておりますが。」


「どうやら、体調が思わしくないらしい。このままでは隣国との小競り合いに打ち負け、国境を破られる可能性もある。


…だが、防壁や軍事力向上に貢献していたコーエン殿ならば、治めることが出来るであろう?どうか、この国を守って欲しい。

王からもこのように承認を頂いている。」


そこには御璽が捺された正式な書類が用意されていた。



は……白々しい…っ。その小競り合いとやらも貴方が仕組んだことに違いないだろうに…っ!!


宰相は長年国に仕えていただけあり、頭がキレる。確たる証拠を見せず、裏から国を牛耳ろうとしているのはわかっているのに、止めることが出来ない。


だからこそ、奴の策略に乗るのは悔しいが、利用させてもらうことにする。


「畏まりました。

王命、承ります。必ずや隣国との諍いを止め、和平を結んで参ります。」


隣国との交渉で必ずや証拠をつかみ、宰相を引き摺り下ろす。そして、悪政を助長しているローザ妃共々、王宮から立ち去って頂こう。



「レティーシア、俺は隣国との小競り合いを終わらせるため、辺境に行くことになった。」


「コーエン様…っ。」


心配そうな顔でこちらを見つめるレティーシア。彼女の為にも、早くこの環境を変えたい。


「大丈夫だ。俺は1人で行くわけではない。頼れる仲間も連れていく。…その分、貴方を守る手が減ることの方が心配だ。」


彼女はディオ共々よく命の危機に晒される。それはローザ妃親子によるものだ。ディオが優れた頭脳であることがわかってからは特に増えている。

幾人かは頼りにしている者を残して行けるが、今までのようには難しい。


「わたくしは、大丈夫ですわ。ディオもいます。

……コーエン様、どうか…この国を守って下さいませ。」


―レティーシアは決して弱音は吐かない。


……だからこそ。




「…ディオ。何かあれば、俺のもとに来い。…きっと彼女は、ディオが言えば動くだろうから。」


この小さな騎士にそっと呟く。

ディオはハッとした顔をして、小さく頷く。


そして、彼にしては珍しく、自分から俺に抱きついてきた。


「……叔父上…。

どうか、ご無事でお戻り下さい…っ!」



こんな小さな子供にまで心配を掛けてしまった自分が情けない。けれど、それと同時に感情を向けてくれるディオが愛おしいと思った。



「…あぁ、必ず。」



そして、レティーシアとディオが自由に幸せになれる国にしてみせよう。




そうして、辺境に旅立った。

見送るレティーシアの表情は何かを決めたようにあの日の夜会のように真っ直ぐを見据えていた。その口許に、消え入りそうな儚い微笑みを浮かべて。



*********


…まさか、それからたった3ヶ月で。俺の元に来るために2人を乗せた馬車が、崖から転落して2人とも亡くなっただなんて。



護衛につけていた騎士は、信頼の置ける俺の部下だった者だ。だが、恐らくローザ妃の手の者に何らかの妨害をされたのだろう。

そうでなければ、みすみす転落事故など起こさせるはずがない。…これは、転落事故に見せ掛けた殺人だ。


…その証拠に、レティーシアが俺の元に向かっていたことも不貞を疑われていると王宮からの便りで知らされた。


ー話はこうだ。

レティーシアは王弟と深い間柄だ。心を寄せあっていた2人は、王弟が辺境に行ったのを追い、子供を連れて向かう最中に事故に遭って亡くなった。

…ディオは、王弟との子供の可能性もあるのではないか、と。



……ふざけるな……っ!!


確かに俺はレティーシアに心惹かれていたが、一歩も触れたことはない。ただ、彼女が幸せであればと願っていただけだ。


事故に見せ掛けて殺したのは、ローザ妃だろう。だが、その機会を与えてしまったのは……俺の責任だ。



…俺が、2人を死に追いやったのだ………っ。


**********


それからの俺は、ただただ復讐のために生きているようなものだった。


宰相とローザ妃が隣国と繋がっている証拠を見つけ、その上で隣国との和平交渉をし小競り合いを終わらせる。


…辺境伯は、宰相と繋がっていた。体調不良など嘘で辺境伯としての仕事を放棄していた。…だが、そのことを突き付けても、とかげの尻尾切りをされるだけだろう。

彼には体調不良という名目のもと大人しくしてもらい、実質辺境は俺と副団長とで運営している状態だ。


あれから3年。ようやく、証拠は集まってきた。和平交渉も目処が立ち、そろそろ王都に戻り、粛清しようと思っている。


…思って、いるが……。

果たしてその後俺はどうするのだろうか。


兄上には王の素質はない。それはもう十分にわかってしまった。だが、王太子はもっと相応しくない。

王都に居た時も評判は良くなかったが、この辺境にまで伝わるほど彼の悪癖は酷くなっている。彼が王になれば、この国は間違いなく滅ぶだろう。



……もしも。

ここにディオがいれば―。


そんなこと、俺自身がディオの未来を潰しておいて何を言えるというのか…っ。


贖罪のためにも、俺はこの国を守る必要がある。だから、俺は兄上に王座から退いてもらい、俺が国王として生きていく。


そう思っていたときだった。


「コーエン様!!」


部下に呼ばれ、俺は辺境の砦に向かった。そこに居たのは、地面でのたうち回る1羽のカラスだった。


「このカラス、城壁目指して飛んできまして、何か口に加えておりましたので、よもや敵の手かと打ち落としたのですが……。」


決して嘴を開けようとしないのです、という。

今にも消え入りそうな命の灯火だというのに、か細く鳴きながら嘴に加えた何かをずっと離さない。

それほど大事な書簡なのだろうか…?


1歩ずつ近付くと、そのカラスと目が合った気がした。すると、カランっという音がして、嘴に加えていた紙と一緒に掴んでいたものを地面に落とした。


それを見た瞬間。

ぶわっと色々な感情が沸き起こった。


「……っこれは……!!…まさか……っ。」


それは、婚姻の証に兄上からレティーシアに贈られた唯一の贈り物。王家の家紋が刻まれた指輪だった。

慌てて紙を広げてみれば、そこには文字が書かれていた。


『ディオ、イキテ ルー。フォレスター もり』


穴は空いていて、字も汚く全ては読み取れなかった。

それでも伝えたいことはわかった。何より、フォレスターの森とは、レティーシアとディオが事故に遭って亡くなったとされる森だ。この指輪の存在がさらに確信させた。


―ディオは生きている―



「副団長。暫しの間、この場を任せた。私は精鋭を数人連れて、極秘任務に向かうっ!!」


同じようにこの場に呼ばれていた副団長にこの場を託し、俺はなるべく騒ぎにならないよう少数精鋭の騎士を引き連れ、捜索に向かうことにした。


そして、この場にやってきた不可思議なカラスに視線を落とした。先程よりもか細くなっていく鳴き声に死が近いと悟る。


「……よくやってくれた、静かに眠れ。」


そう声を掛ければ、安堵したように真っ黒な瞳を閉じ、静かに息を引き取った。


その瞳が涙を流しているように見えたのは、俺の気のせいだっただろうか。


そこまで気に掛ける余裕もなく、すぐにその場を去り俺は隣街まで馬を駆け、慎重に森に入り捜索すること1週間。


―ようやくディオを見つけた。


見つけた時は夢かと思った。あれから3年も経っている。生きている可能性も最初は考えたが、いくら賢い子供でも、森深く何もないところで母子2人生きていくことは難しいと思ったのだ。


だが、生きていた。


ディオは背も伸び、顔つきも少し大人びていた。服装こそ、襤褸を纏っていたが、昔のままの聡明さで。何より驚いたのが、あの頃より表情が豊かになっていたことだ。


それが、あのカラスのお陰だったのだと知ったとき、俺は再び後悔に苛まれた。


ディオの母親を奪っただけでなく、ディオの心を開いてくれた者まで見殺しにしてしまったのだと。



**********


ディオと俺は全てに決着をつけるため、悪事の証拠を手に共に王都に向かった。


…レティーシアが亡くなっていたことはディオの口から聞かされた。馬車の落下した崖下への行き方は覚えた。いずれ全てが落ち着いたら、ちゃんと埋葬しようと決めた。


兄上から王座を奪い、ディオが成長するまでの仮初の国王になる。…それが俺が出来る唯一の贖罪だ。



ディオは俺がそのまま王位を継ぐことを望んでいたが、俺はいくつもの罪を背負っている。王座には相応しくない。

…それでも王族の義務として、血を残すことは必要だと思った。


共に戦場を駆け、辺境を守ってきた伯爵家令嬢を妻にした。

明るく朗らかな性格はまるで反対だが、その真っ直ぐな眼差しはレティーシアを思い出した。


「…知ってます。その瞳が本当は私を見ていないこと。

でも、私のこと、嫌いじゃないっていうのも知ってますから。」


そう言って笑うジェリーに俺は2度目の恋をした。



―対してディオは、年々感情をなくしていく。

ただ生きているだけになっていくディオに心が痛んだ。

俺は願った。


―どうか、この世に神様がいるのなら、ディオに救いの手を―


俺が、レティーシアに出会ったように。

ジェリーに心を救われたように。

ディオが、カラスのルーに心を開いたように。


ディオだけの唯一無二の人が現れますようにと。




**********


それからどれくらい時が経ったのだろう。

まさか、あのディオがこんなにも感情をあらわにする日が来るなんて。人を愛し、笑える日が来るなんて。

奇跡としか思えない。


…ルーフェミア嬢、ディオと出会ってくれてありがとう。

俺は2人が幸せになれるよう……今度こそ俺の全てを賭けて全力を尽くそう。




番外編その2、コーエン視点完結です!

ルーフェミアと出会うまでの過去を振り返ってみました。


ジェリーとのお話はほぼないのですが、ちゃんと今の奥様を愛してます。コーエンにとって、レティーシアの存在は初恋と言うことを除いても特別な存在だったというお話でした。


次回以降はまたルー視点で明るいお話を書きたいなぁと思ってます!!脳内でルーがわぁわぁ騒いでいるので、ちゃんとお話がまとまったら、また投稿させて頂きますので、お待ち頂ければ幸いです!

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