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勇者と言ったら勇者  作者: ゴリマッチョ見習い
2章成人の儀
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2-1 旅立ち

 三月も残すところ数日。生き物が活発に動き始め、花が咲き誇る頃。雄真の監督役のカリーナと院長代理ソフィアは本堂の二階から、中庭で作業をする雄真を見ていた。

 「ユウマさんは意外と仕事の覚えが早いわね」

 「恐ろしいほど無知ですけど」

 「確かに。でも、そろそろかな」

 「なにがですか? 姉さん」

 「お別れよ。いつまでもいてもらうことは出来ないでしょう? 一応彼がここにいる名目は病人だから。ここは女性修道院だしね、記憶喪失が治らなくても働けるならってこと」

 「……」

 雄真を連れてきて、一番世話を焼いたのはカリーナだ。思う所はあるだろう。

 「寂しくなるわね? カリーナ?」

 「……別に。特にないですよ? ……にまにましないで下さい、気持ち悪い」

 「最近あなた当たりキツくなってない? 結構傷ついたんだけど」

 「気付いたんです。優しく言っても分からない愚か者もいるんだと」

 「誰かしら?」

 「誰でしょうね?」

 そう言い残してカリーナは行ってしまった。どこかと思えば件の青年のもとへ。

 「あらあら、青春ね? なんだかんだ気にはなってるのかな?」

 修道院は言うまでもなく恋愛禁止だが、ソフィアは優しい眼差しで彼女を見ていた。

 他の者は殆どが自分から俗世を憂い、貞淑な生活を求めてここに行き着いたが、カリーナは少々事情が異なる。

 「拾い子か……」

 彼女には親がいない。まだ幼い赤子だった頃に拾われたのだ。他でもない自分に。

 そのため自分のいる修道院で預かることになり、ここで育っていった。だから彼女には選ぶ権利がある。もちろんここに居てもいいし、全く別の地でパートナーを見つけ生きていく事もできる。

 「いつまでも見守れるとは限らないものね」

 妹とも娘とも言えるカリーナの将来を心配し、彼女は寂しげに見送った。



 「冒険者?」

 作業の休憩を早めに取らせてもらって、二人は木陰にて休む。話は今後の振る舞いをどうするかというもので、カリーナは怪訝な顔をした。

 「ユウマ。冒険者にどんなイメージを持っているのか知りませんが、あまりいい職業とは言えませんよ?」

 「え? そうなのか?」

 言われてみれば確かに、せっかく異世界に来たなら冒険者になりたいと思っていながら、その実情を知ろうとはしなかった。

 「まずお給金の相場は高くないと言われています。それに継続した依頼でもなければ収入が安定しません。危険だったり、力仕事が多かったりで将来性もありませんしね」

 普通は季節によって仕事量の変わる農夫や職にあぶれた者が次の仕事を見つけるまでの繋ぎでやるらしい。

 「う、うそだろ……」

 薄々感づいてはいたが、おれの中の冒険者像が完全に打ち砕かれた。

 どうやら冒険者は日本でのフリーターに近いようだ。知り合いがフリーターになるとか言い出したらそりゃ一旦止めるわな。


 「でもなあ。それ以外仕事あるか?」

 修道院で衣食住を提供してもらい、文字や礼儀、マナーを教えてくれるのに図々しいが、お金という意味では殆ど貰っていない。

 つまり、未だに貯金、資産はゼロに等しい。

 「身元不確かで常識ない金ないおれが、いきなりしっかりした職に就けるとは思えないし、適正の職見つけるまでの準備期間に自分の身ひとつで稼げる仕事って意味だといいんじゃないか?」

 「……まあ、そういうことならいいでしょう」

 「なんで上からなんだよ?」

 苦笑しながらツッコむ。


 「……やっぱり、にほん? に帰りたいですか?」

 「え? なんで?」

 「時々地図などを熱心に見ていたのを見てそうかなと」

 「……まあ、そりゃ、ね」

 体を後ろに倒して木に預け、青い空を見上げる。

 「こっちもこっちで楽しいけど、やっぱり日本が恋しいかな。あっちに残してきた人もいるし」

 「そうですよね」

 カリーナは少し寂しい顔をした。

 「ユウマの故郷はどんな所ですか?」

 「おれの? おれんとこはそうだなあ」

 そのまま話すと怪しまれるかもしれないから、細部だけ話す。

 「違いは色々あるけど、例えばまず森がずっと少ない」

 「森が?」

 「そう。人がこの国よりずっと多いから住むために開発してね。その分こっちより整備された道が張り巡らされてるから、移動はめっちゃ速い。車もあるしね」

 「くるま? 馬車ですか?」

 「車っていうのは……」

 なんと言うべきか悩む。掻い摘んで要点だけを簡単に。

 「馬車と同じで車輪が付いてるんだけど、馬で引っ張るんじゃなくて、ガスの爆発するエネルギーで車輪を回して走る」

 「ガスの爆発で……。壊れませんか?」

 「小さい爆発だから壊れないよ。そこら辺はおれも詳しくないけど。そんな車を多い所だとひとり一台持ってたりする」

 「馬車をひとり一台っ!? ちょっと想像がつきませんね」

 「まあ安くはないけど、仕事頑張って何年か貯金すれば買えるくらいの値段ではあるかな」

 実の所、おれはカリーナとのこういう会話が嫌いじゃない。

 熱心に話を聞いてくれるし、こちらの知識を信じてくれる。

 学が無いから日本の技術を持ち出そうとかは思わないけど、よく話し込んでしまう。

 「他に違う所はありますか?」

 「あとは……修道院との違いって意味だと、日本では殆どの人が無宗教だ」

 「無宗教……つまり神を信じていないと?」

 「そう。昔は日本でも色んな宗教があったみたいだけどな」

 いまいち状況が想像出来てなさそうなカリーナ。

 「宗教が無くなってきてるのはたぶん、文明が成熟してきてるからだろうな。科学、医療、産業、政治、教育とかがこっちよりずっと進んでる。聖職者が必要とされる理由のひとつに知識があるだろ?」

 「ええ。自然災害は祈りが足りないからだとか、疫病は神の剣だとかよく仰っています」

 「例えば雷の正体は簡単に言うと静電気だ。上空の雲で冷やされた水は氷り、氷同士の摩擦で静電気が雲に溜まってある瞬間放電する。それが雷。だから雲の無いなか急には来ないし、地域の気候によっても頻度が変わる」

 「……疫病は?」

 「疫病の原因は細菌かウイルス。目に見えないほど小さい原始的な生き物とかがいるんだ。森の水をそのまま飲むと病気になったりするだろ? それも細菌のせい。細菌に感染してそれが体内で爆発的に増殖して病気になるんだ」

 「……どうして移るんです?」

 「よくある感染経路は飛沫と接触。まずネズミや猫の間で感染が広がってそれが蚊やノミを介して人に移りその周囲の人にって感じで爆発的に増えていく。くしゃみとか直接触っても移る」

 この国には特効薬やワクチンも無いだろうから、止めようがない。流行ったら被害は甚大になるだろう。

 「……」

 カリーナは神妙な面持ちで内容を吟味していた。

 少し話し過ぎただろうか。この話はこの国に生きる者にとって他人事ではないはずなのに。お喋りが過ぎたな。

 「話が長くなったけど、おれの国では誰でも知ってることだし、誰でも調べられる。だから聖職者の必要性も薄くなり、神を信じる人も減っていったんだと思う」

 「雷の話も疫病の話も嘘を言っているようには見えません。ただ私は……」

 「いいよ、信じなくても。そういう解釈もあるんだと思えば」

 「雄真は……神を信じていますか?」

 「んー、正直信じてないというより、神に祈る感覚があんま分からん。おれの国は言ったように無宗教だしね。ただ……この国にいないかは分からない」

 なにしろ自分自身が異世界転生などという神の業にも等しいものを果たしているのだから。

 「そうですか……」

 「おーい! ユウマさーん! そろそろー!」

 遠くからシスターの呼ぶ声がする。

 「呼ばれたから、行くわ」

 「はい、頑張って下さい。今度は私が信仰の素晴らしさを教えて差し上げましょう。きっと聖職者になりたくなります」

 気合充分のカリーナ。

 「はは、そりゃ怖い」

 手を振って二人は仕事に戻った。



 ある日の夜、おれはソフィアさんに呼び出されていた。

 執務室のドアをノックする。

 「どうぞ」

 「失礼します」

 執務室自体は簡素なもので奥に作業をする机、両脇は蔵書の棚が壁を覆っている。

 「ちょっと待って下さいね。ユウマさん」

 「はい」

 勤しんでいるのは事務作業だろう。

 しかし、この人はなにをしてても絵になる人だ。不遜な言い方だがシスターにしとくにはもったいないと思ってしまうほど。

 「ふう。終わりました」

 「肩揉みましょうか?」

 「ふふ、お気遣いありがとう。結構です」

 「それは残念」

 「結局、三ヶ月ではあなたを更生させるには短過ぎたようですね。普通修道女にセクハラはしませんよ?」

 「お褒めに預かり光栄です」

 「褒めてません」

 笑いながらノってくれるソフィアさん。

 この人もしかして下ネタがツボなんじゃないかとか思ってたりする。

 それはともかく、

 「それで話って?」

 「ああ、それなんですが、最近体調はどうですか?」

 「元気ですよ。おかげさまで」

 「それはどういたしまして。記憶の方は?」

 「相変わらずですね。特に思い出したこととかは無いです」

 「そうですか……」

 ソフィアさんは言いづらそうにしていたので。


 「そろそろここを出て行かないといけないですよねー」

 「……誰かから聞きました?」

 「いえ。なんとなくそうかなと。理由も想像出来ますし」

 「……そうなのです。すみません。大変心苦しいのですが」

 「いいんです。一見元気そうな男が女性修道院に住んでたらおかしいですもんね」


 「そうなのです。ただ、最大限新生活のサポートはさせて頂きます」

 「?」

 「カリーナから聞いたのですが、冒険者になりたいそうですね?」

 「はい、一応」

 「冒険者ギルドのマスターと面識がありまして、話をしたらぜひ見に来いとのことだったのですが……」

 「行きますっ!」

 冒険者の見学だと……!

 「まだ話の途中ですよ。仕事の出来次第ではギルドに住み込みで働くことも……」

 「絶対行きますっ‼︎」

 冒険者かつ住み込みが有り得るだと……!

 仕事と家が一辺に決まるかもしれん……!

 ソフィアさんはくすりと笑った。

 「とりあえずやる気はあるようですね。そうしたら来週の月曜のお昼にギルドに向かって下さい。話は通してあります。地図はこちらで場所を覚えて下さい」

 ギルドは都市の中央広場から南北に伸びる道の南西側にあった。

 「何から何まで、ありがとうございます」

 「よいのです。健闘を祈ります」

 「はい!」

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