1-7 修道院生活②
二月のある日、みんなどことなく浮かれていた。理由を尋ねると、なんでも重要な守護聖人を祝う記念日らしく夕食が豪華になるので浮かれているらしい。給食で一喜一憂する小学生か。
だがそれは無理もない。この世界の料理の方はどうかと言うと、文明レベルからも察せられる通り、やはり貧しい。まず、主食は硬いパン。それに野菜などを煮た味の薄いスープ。プラスで野菜のおかずか果物の三品が基本形。
パンが硬いのはまだしも、スープの野菜なんか初めて見た時はビビった。インスタント味噌汁の半分くらいしか具材がない。
居候みたいなもんだしおれだけ扱いが違うのかと思ったが、これも服と同じでこういうもんらしい。みんな同じ量でなんならおれの方が多いくらいだった。
この修道院では、夕食はみんな揃って食べるのが決まりだ。
仕事や日課も終わり、徐々に食堂に人が集まる。
(今日はミリアンヌが料理当番か)
因みにこういった料理や掃除などは係りが決まっておらずルーティーンで回している。一通り家事が出来るようにするためらしい。
ミリアンヌはこの修道院では新入りだがそれでももう入って数年になる。料理もある程度パターンというか品目は限られてくるので、誰が担当であっても味はそこまで変わらない。
出てきた料理は魚のムニエルだった。
修道院では獣肉を食すことは禁止されており、卵さえ使ってはいけない日があるとのことだったので魚は当然だめだろうと思っていたのだが、魚はむしろ推奨されているらしい。この辺りはよく分からん。
あとおれもちょっとテンション上がった。
「今日はおかわりしないのですね」
隣の席のカリーナに話し掛けられる。
「あたしの料理は食えないっての?」
「ちげーよ。単に昼飯食うの遅かっただけだ」
斜向かいの席のミリアンヌとの仲は相変わらず良好でない。今のやり取りもミリアンヌ的にどこか気に入らなかったらしい。
「なんであんたはそんな態度でかいのよ新入り!」
「え? タメだし、普通じゃね?」
「あ・た・し・は・せ・ん・ぱ・いっ!」
「なんだよいちいち。カリーナはふつーにしてるのに。体だけじゃなく器も小さいのな?」
「てめぇ……」
「ミリアンヌ。はしたないですよ?」
「……すみません」
副院長ソフィアさんから言葉遣いの注意が入った。
ミリアンヌはスイッチが入ると修道院に入る前の粗暴な言葉遣いに戻ってしまうそうだ。
とりあえずおれはしたり顔を決めた。
(計画通り……)
それを見たミリアンヌはコップを割れんばかりに握り締め、顔を伏せる。
「はあ、はあ……キレちゃだめ。……落ち着くのよ、ミリアンヌ」
自分に言い聞かせるミリアンヌ。顔を上げると、もちろんおれのしたり顔は続行中。
「副院長っ! こいつを今すぐに摘み出したいです! ご許可を!」
「あら、どうして?」
「顔で煽ってくるからです! 礼儀もなってません!」
皆がおれの顔を見るも、別段どうということもなく食事を取ってるだけ。
「え? おれですか?」
「特に変な所はないですが……ミリアンヌ。もう少し静かに食事を取ってください」
「……」
「ご不快な思いをさせて申し訳ないです、先輩。今後気を付けます」
敢えての敬語で改心をアピール。そして皆が目を逸らした隙に再びのしたり顔。
「……」
ミリアンヌは余りのことに、口を開けたまま呆気に取られていた。
くっくっく。まこと、愉快愉快。
なんか斜め前の席のやつが小さい声で殺す、絶対殺すとか言ってるが気にしない。てゆーかシスターでその発言は大丈夫なの? 修道院だよここ。
グラスで水を飲んでいると、
「私の友人で遊ばないでください」
一部始終を見ていたカリーナから頭に軽いチョップを食らった。
「ごふっ!?」
「うわっ! ちょっと溢さないで下さいよ」
いや、人が飲んでる途中でチョップするからでしょ? カリーナは偶にこーゆう天然なのか狙ったのか分からないボケをかましてくる。
「ほら、これで拭きな」
さすがに見かねたのか、マッチョ目の先輩シスターがハンカチを貸してくれた。
「全く、お遊びもほどほどにね。ここは修道院なんだから」
「……すみません」
この人には仕事でなにかとよくしてもらってるので頭が上がらない。
「あはは! なに? ちょっとそれ無様過ぎない? ねえ今どんな気持ち?」
煽る才能だけはありやがる……。
「てめえ……」
「ミリアンヌ。その辺にしときなさいな? 食事の時も貞淑にしないとだめじゃないかしら?」
もうひとりの根暗な先輩がミリアンヌを嗜めるも。
「はーい。わかってまーす」
分かってなさそうな返事。
「お前先輩にその態度はだめだろう。おふざけにもオンとオフをだな……」
「はあ? なんで他所者のあんたにそんな事言われなきゃいけないわけ? 大体あんたが生意気だから……」
「ミリアンヌ」
そこでここの責任者、院長代理の恐ろしい声が響いた。
打って変わって静まり返る食堂。
「はい……」
「ユウマさん」
「はい……」
おれもかよ。
「二人とも、一週間おやつ抜きです」
二人に判決が下された。
「そ、そんな……」
「か、考え直して下さいソフィアさん!」
ここでのおやつは食事以外の唯一の癒しと言っても過言ではない。必死に食い下がる。
「それは早計ではないでしょうか?」
せめておれだけは免れようとするも。
「早計じゃないです。改善が見られない場合は今後永久におやつ抜きも検討します。しっかり反省してください」
「「……」」
今度こそ二人は押し黙った。
「おかわりお願いします」
カリーナはひとり黙々とムニエルを食べていた。
その後、片付ける時も小突き合う二人とそれを止めるカリーナ。それをソフィアと先輩シスター二人は遠目から見ていた。
「全く、また一段と騒がしくなりましたね」
溜息混じりに愚痴るソフィア。
「いいじゃないかい。元気があって」
マッチョめのシスターは笑って言った。
「それに、そんなに嫌でもないのではなくて?」
根暗シスターがソフィアに問いかける。
「そんな事は、ありませんよ?」
セリフに反してソフィアは柔らかい笑みを湛えていた。
「どうする気なんだい?」
「なにがです?」
「あの子、ユウマだよ。いつまでも置いとく訳にはいかないでしょうに」
「……そうね」
「あたしゃ嫌いじゃないけどね、働き者だし」
「わたくしも。悩みどころですわねー」
「……あの子達は寂しがるでしょうね」
もうすぐに春が来る。それは出会いと、そして別れの季節でもある。
ソフィアは訪れるであろう別離に思いを馳せた。