1-6 修道院生活
そんなこんなで。
おれはカリーナのおかげでアテナイ修道院にお世話になることになった。仕事をしてくれさえすれば寝床と食事も出すとのこと。
寝床はありがたいことに賓客用の宿舎を使わせてもらえる事になった。来客や巡礼者を泊める為にあるらしい。別館なのでもちろんシスター達とは離されている。
二日足らずで熱も引き、早速与えられた仕事にかかる。
「確か余った作業服が倉庫にあったはずです」
初日に作業服が支給された。されたのだが……。
「これは……」
「どうかしました?」
「いや、なんでも……」
予想を遥かに下回る服だった。
まず、服の素材が簡素だ。ひとつの生地で上下作って紐で要所要所を括っただけ。余ったカーテンの生地で作った? みたいな。
次に、継ぎ接ぎが多い。至る所に補修した後が見られ、全体の三割くらいは継ぎ接ぎ。
最後にシミ、汚れ。補修と合わせてそういう模様なのかと思う程度には散りばめられている。たぶん洗濯しても落ちなかったんだろうけど……。
現代日本なら迷わずこんなの服じゃねえとゴミ箱に叩きつけてさいならする所だが、どうもカリーナの反応を見るとこれが普通らしい。
「……ユウマ?」
「いや、なんでもないんだ。ありがとう」
おれは極力顔に出ないよう有難く頂戴した。うえ、なんか変な匂いするし……。
金を貯めたらまず服を買おう。そう決意しました。
仕事の内容は掃除や荷物の運搬、家畜の世話や農作業などなど。同じ祈る場である教会とは違い、修道院は自給自足生活を営む場でもあるので、食べる分は基本自分達で育て、必要な器具なども作れるものは自分達で作る。
それだけでも驚いたが、中には学校やビールの醸造までやってる所もあるんだと。
まあそれは置いといて。
仕事自体は別段難しくもなく、言われたことを覚えてするだけ。ぶっちゃけ誰でも出来るんだがおれとしてはこの世界のことを学びながらだから丁度よかった。
「へえ〜。パンってこんな風に出来てるんだ」
「……まさかと思いますが、知らなかったんですか? いや、そんなバカな……」
「うん。よく食ってたけど、作ってるとこは初めて見た」
「……っ!」
聞いた所によると、この国にとってパンは日本での米より食べる頻度が多いらしい。
知らぬ間にカリーナを戦慄させてしまった。
もしかして雄真は高貴な家の出なのでは? という噂が立った。
それも置いといて。
仕事は単純だがなんせ作業量が多い。
ここに住んでいるシスターはそんなに多くない為、男手は結構感謝された。
ひと月ほど経ち、雑用はある程度任されるくらいにはなった頃。
「……ちょっと待て」
朝四時半、礼拝堂にて。
「なんです?」
「おれはこの国に来て聖職者になりたかった訳じゃないぞ」
敬虔な居候の姿がそこにはあった。
「え? そうなんですか?」
「……ああ。とりあえずおれは昼まで眠れる職に就きたい」
「……」
ここ二週間、おれはシスター達と同じ生活をさせられるようになっていた。
この朝課で眠気と戦うのが日課にもなっている。
修道院の朝はめちゃめちゃ早い。今の季節では朝四時までには起きて四時半には朝課のお祈りが礼拝堂にて行われる。もちろん、全員出席。
この国では、予想はしていたが発電所や電線がないので、明かりは火しかない。ただそれも節約のため、基本的に日がある内に行動する。朝早い分、消灯も二十時と早いが未だに日本での生活との差で違和感がある。
最初の頃はよく四時過ぎても寝てて、マッチョめのシスターに大声で起こされたものだ。今は起きられるようにはなったが、眠い時にお祈り聞くと更に眠くなる。
その日、午前中は普段通り仕事に勤しんだが、午後はおれに任せられる作業がなく仕事が出来るまで好きにしていいと言われた。
「暇過ぎる……」
こっちの世界は当たり前だが娯楽が少ない。ゲームも無ければ遊園地がある訳でも無い。急に時間が空いた時は遊ぶ金も無いので、文字の勉強か、文化を知るという意味で本を読んだりしている。ただそれも今日はやる気がしなかった。
修道院をぶらぶら歩いていると、カリーナの部屋が目に入った。
しょうがない。入るか。
コンコンとノックすると中からどうぞと聞こえてきたのでお邪魔する。
「どうしたんですかユウマ?」
「ひまだー」
「……」
渋い顔されたが気にしない。おれはひまなんだ。
カリーナのベッドに顔面から倒れ込む。
「ひまだー」
すげえうっとおしそうな顔で見られた。
「うっとおしいですね。用が無いなら出て行って下さい」
終いには言われた。
「なにしてんの?」
「教典の勉強です」
「えー? 勉強すんの?」
「はい。だから邪魔しないで下さい」
ふむ、やることねーし、おれも勉強すっか。気分ではないが、二人でやればまあ出来ないこともない。
「じゃあ、おれも勉強道具持ってくるか」
勉強道具は自室なので一旦出る。
「そのまま自分の部屋で勉強した方が早くないですか? ……聞いてます?」
無視。そして三分後。
「ただいま」
「……」
おれはカリーナの横に椅子を持ち出し、一緒の机で語学の勉強を始める。
「一緒にやった方が分かんない所とか教えてもらえるし、捗るべ?」
「はあ。分かりましたよ」
そこに闖入者が来た。
「あれ? 居候がなんでいるのかしら?」
ミリアンヌ。髪がお下げ。タメ。カリーナと仲良い。あとちびの癖に生意気。以上。
こいつのことは特に説明する気にならない。
「うっとおしいな、用が無いなら出て行け」
「……」
カリーナの抗議の視線は見なかったことにする。
「いや、ここあたしとカリーナの部屋だし」
そうだった。この修道院の寝室は二人で相部屋だった。
「……お邪魔してます」
「えー、ほんとに邪魔かもー」
めんどくせえ。
ミリアンヌはおれが修道院に入る時、最も拒絶反応を示した女で、先輩面してなにかと突っ掛かってくる。
「ミリアンヌ。そう邪険にしてはいけませんよ。彼は一応お客様でもあるのですから」
「そうだそうだっ!」
「もう体調も良くなってるんだし、勝手に居座ってるんだから客というより居候でしょ。大体カリーナはこいつにいいように扱われ過ぎなのよ。森でぶっ倒れてたから拾ってきましたなんて甘過ぎ! こういうやつは掃き捨てるほどいるんだから拾ってたらキリがないでしょ。ほっとけばいいのよ。そしたら野良犬辺りが綺麗に掃除してくれるでしょ。それに拾ったはいいとしても治ったんならさっさと、って……聞いてる?」
二人とも勉強に集中していた。
「いや話が長くてですね……」
「説教はいいよ。てか突っ立ってないで座れば?」
「ここはあたしの部屋なんだけど! あとそれあたしの椅子!!」
椅子を引ったくられたので、別の部屋から椅子を持ってくるため一旦出る。
「さようなら。なんならもう修道院からも出て行っていいわよ」
無視。そして三分後。
「ただいま」
「いや……帰んなさいよ」
「諦めた方がいいですよ、ミリアンヌ。この人はもう意地になってます」
「そういうことだ」
おれがカリーナの横に陣取ると、ミリアンヌが逆サイドを陣取った。
「ミリアンヌも勉強するのですか?」
「うん。あたしもする」
ひまかよ。
「え〜、そんな混ざりたいのかよ〜? どうするカリーナ〜?」
「なぜあなたは我が物顔なのですか?」
「うざきもっ」
期せずして、シスター達との勉強会が始まった。
カリーナが中央、左右におれとミリアンヌが陣取る。ひとつの机に。
「あの、狭いんですけど……」
「だってよ。自分の机でやったらどうだ? 他所者」
「他所者はあんたでしょ? ハウスッ!」
「ひとりじゃ勉強も出来ないなんてかわいそうっ! 親の顔が見てみたいよ」
「ああもうっ! いい加減に……!」
カリーナが爆発する寸前、
「あれ、ここってこうじゃなかった?」
ミリアンヌがカリーナの間違いを指摘した。
「え?」
「だからここ」
因みにカリーナがやってる勉強は宗教行事で使われる部分の聖典の暗記。問題集などは無いため、ひたすら書き移したりして覚える。これをすらすら言えないと行事の際に笑われてしまうらしい。
「……」
無言で書き直すシスター・カリーナ。
「おれも気になってたんだが、こここうだっけ?」
細かい部分ではあるが、ひま過ぎて聖典の冒頭だけ読んだ時と違ったような気がする。
「えーっと、ここはですねー。えー……」
聖典うろ覚えか。
「な、なんですかその目は。私が何年ここで暮らしていると思っているのですか?」
「じゃあ教えてよ」
「……先にお花を摘みに行って参ります」
カリーナは小走りで部屋を出た。逃げたな。
「いるよねー。ああいう努力しても報われない子。まあそこもかわいらしいけど」
そこから先はひたすら無言だった。おれとミリアンヌはお互いが気に食わないのでそもそもコミュニケーションを取ろうとしない。
無言空間におれが耐えていると、何事も無かったかのようにカリーナが戻ってきた。
「二人とも、喉乾きませんか? 水持ってきましたよ」
「サンキュー」
「さすがカリーナね」
やっぱカリーナは気遣いが出来るいいやつだなー。それはともかく。
「で。さっきの続きだけど」
ミリアンヌの意地の悪さが出た。まあおれも聞こうと思ってたけど。
ぎくっと、カリーナの体が強張る。さすがにあれじゃ誤魔化せないぞ。
「……いけない! 買い物に行かないと!」
「買う物なんかあったっけ?」
「あります! 超あります! さっき廊下で頼まれました!」
そそくさと退出するカリーナ。
「逃げていいんだな?」
「!」
カリーナの足が止まる。やがて観念したように戻ってきた。
「だって! そんな細かい所言われたって覚えてる訳ないですよ! 勉強したのだいぶ昔だし!」
開き直った。あと、仮にもシスターが聖典に書いてあることを細かいはまずくないか?
「覚えにくいんです! 私は悪くないです!」
覚えにくいて。神官もびっくりの言い訳だな。
「どんまい……カリーナ」
カリーナ……かわいそうだけど、シスターには向いてないかもしれない。
「あ、三人ともここにいたのですね。ちょっと手伝ってもらってもいいですか?」
そんなこんなしてるうちにソフィアさんが来て、自由時間の終わりを知らせた。
「全然勉強出来なかった……」
「なんか、すまん……」
「ごめん、カリーナ……」
結論。勉強はひとりで頑張りましょう。