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勇者と言ったら勇者  作者: ゴリマッチョ見習い
1章ヘレネス修道院
5/23

1-4 シスター・カリーナ

 目を覚ました時に感じたのは枕の暖かさだった。いや、枕の柔らかさじゃないな、これは。

 感触がいいのでさすって楽しんでいると。


 「あの、くすぐったいのでやめてもらえます?」

 真上に美少女シスターの顔があった。

 ということはつまり、今おれは……膝枕をしてもらっているのか……!

 「おお……神よ……」

 初めてこの異世界がおれに優しくしてくれた気がする。

 僅かだが確かな信心が芽生えた。

 朧げだった感覚が一気に冴える。

 「いえ……わたくしは神ではありませんが」

 恐れ多いですと謙遜するシスター。

 「それより、体調はいかがですか? 森でいきなり倒れて、心配しましたよ?」

 「体調は今のでばっちり回復しました!」

 「そうですか、少し顔色もよくなったようでなによりです」

 膝枕されながら元気に応える。

 「……あの」

 「……なんですか! シスター!」

 「……元気になったなら起きていただけます?」

 「あ、ちょっとまだふらついてます」

 「え? でもさっきばっちり回復したって……」

 「今ちょっと悪化しました!」

 察しの通り、おれはいかにこの至福の時を伸ばすかに全霊を注いでいた。

 「その割には元気なお返事ですが……」

 「あ、なんか頭も痛くなってきた」

 シスターももうよくなっていると気づき始め。

 「……嘘ですよね? わたくしの太腿を楽しんでいるだけでは?」

 「いえ、そのようなことは決して。神に誓って」

 「こんなことを神に誓わないでくださいよ。神もお困りです。さ、起きましょ?」

 「もうちょっとだけ! 先っちょだけでいいから! そしたら起きると誓います!」

 「気持ち悪い言い方しないでください! あとあなたの誓いはゆる過ぎです! 起きてください!」

 全力でしがみつくおれと全力で引き剥がそうとするシスター。

 「ちょっとシスターっ! 首折れる!」

 「折れる前に、起きてください……」

 「それだけは……聞けない……!」

 「この……ふんっ!」

 普通に力で負けて引き剥がされた。見た目に合わず、けっこーな馬鹿力らしい。


 「全く……破廉恥です」


 起き上がって改めて綺麗だと思った。

 年は十六くらい。服はよくシスターが着ているイメージの修道服。白黒の頭巾に、黒いチュニック。そして夕日に光る金のロザリオ。

 全体で見るとモノクロだが、質素というよりか透き通るような白髪〈はくはつ〉や整った顔立ちも相まって気品を感じさせる。

 白い瞳に白い肌。人形のような美人だが穏やかな笑みと意外ところころ変わる表情に年相応の幼さが残る。

 美しさとかわいさが見事に同居していて素晴らしい。ご両親に惜しみない拍手を送りたい。


 「あの……聞いてます?」

 「聞いてます。聞いてますとも」

 ジト目で見られた。おれはこんなにも微笑みを湛えているのに。

 

 そこで思い出した。

 「あれ? そういえばさっきのヒールは?」

 「ヒール?」

 「ええ、まるでサイズの合ってない修道衣を着た、ガチムチのおっさん」

 「……あ、あははは」

 シスターが引きつった笑顔になった。

 「シスター?」

 「え? あ、あの方ならもう帰られましたよ?」

 ヘタな口笛を吹き始めるシスター。

 嘘覚えたてか!

 シスターの様子が気になったが特に追及はしないことにした。

 「そっか」

 正直、助かった。あのコスプレしたヒールに看病されるなど、正気を保てる自信がない。


 「それで……どうして森に?」

 少し逡巡した後、転生は除いて明かすことにした。

 「いやあ、実はおれも記憶喪失みたいでなんでここにいるのかさっぱり……」

 「記憶喪失……」

 「気付いたらここにいて、何も持ってないので街に入れず早三日。ちょっとふらついた所をシスターに介抱してもらっていたって感じです」

 「思ったより……壮絶ですね。風邪も引きますよ」

 「そう、だから癒しの膝枕……」

 「食べ物や水はどうしていたのですか? 寝床は?」

 スルーされた。

 「水は雨を鍋で溜めて。食い物はなし。寝床はもちろん野宿です」

 もちろん、さっきの強面から金目の物を盗もうとしてましたなんて言えない。


 「……」

 急に無言になるシスター。


 まさか勘づかれたのか?

 いつでも逃げられる準備をしていると、


 「それは……大変でしたね」

 「!」


 優しい顔で労ってくれた。

 ちょっとぐっと来てしまった。

 「べ、別に大したことじゃないですよ」

 なんとなく強がってしまった。

 「そんなことはありません」

 その言葉に、確かに励まされたのは内緒だ。


 少しの間、そんなやり取りをしていると。

 「いけない! 帰らないと!」

 空を見ると、いつのまにか日が落ちかけていた。

 「すみません、おれの看病で遅くまで」

 「いや、いいんですよ。病人を置いていったら神様に怒られてしまいますから」

 言いつつ、身支度を整えるシスター。

 「そうしたら……」


 「はい、おれはここで」

 「え?」

 

 別れの時間が来ていた。

 「街へ帰らないのですか?」

 「おれ、金ないんで通行料払えないんですよ」

 「……! そうでした。でもそしたら」

 「もう二、三日物乞いでもしてみますわ。まあ、おれならなんとかなるでしょ。頑丈だし」

 貧相な力こぶを見せつける。


 シスターの目には、そう言う青年の顔が火照っているように映った。

 

 「どうして……私に頼まないのですか?」

 「もう充分元気をもらいましたから! 膝枕で!」

 この通り! と頼りない二の腕を見せつける。


 「ふふっ。ふふふふふ」

 堪らないといった感じで笑うシスター。

 「シスター?」

 「ふふふ、……笑ってすみません、……よし!」

 シスターは右手を突き出すと、


 「私のいる修道院で働きませんか?」


 「……え? でも、悪いですよ」

 「構いませんよ? 私達の修道院は女ばかりなので男手が欲しかったんです」

 「けど……、ほらおれって怪しいし、最近物騒だし」

 「確かに怪しいですが」

 「ちょい」

 「でも、行く宛もないのでしょう?」

 「まあ、そうですが……」

 「じゃあ決まりです! ほら、行きますよ!」

 「ちょっ……」

 シスターはおれの手を掴むと引っ張って進んでいく。

 繋がる手に感じる、確かな温もり。

 優しさが身に染みるほど嬉しかった。

 頬が緩んだ所をシスターに見られて引き締める。

 「よかったですね。職が見つかって」

 微笑むシスターになぜか気恥ずかしくなり。

 「か、勘違いしないでくださいよ? 夜のお誘いを断るのは男の恥だと思っただけですから」

 「どんな照れ隠しですか!? 言い間違えにしても最低ですよ!?」

 手を振り払われた。

 ああ、繋がる手に感じる確かな温もりがあ〜。


 「そういえば、まだ名前をお聞きしていませんでした」

 向き直るシスター。

 「私はカリーナと申します。あなたのお名前は?」

 「おれは……」

 偽名を使うべきか迷ったが、結局本名を言うことにした。

 「雄真です。菊地雄真」

 「ユウマ? あまり耳馴染みがない名前ですね」

 「これからよろしくカリーナさん」

 「こちらこそよろしく、ユウマさん。年も近いようですし、畏まらなくてもいいですよ?」

 「まじ? おっけー☆」

 「……やっぱり敬語でお願いします」

 「おっけー☆」

 「……」

 これが優しい修道女、カリーナとの奇妙な出会いだった。

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