1-2 鉄の街
「嘘だろ……」
人の手の入っていない森に知らない都市。
森はまだいい。歩いていける距離に都市があるし。
問題はその都市がどう見ても日本じゃないこと。近世のヨーロッパにありそうな感じだろうか。都市を城壁がぐるりと囲み、建築様式も洋風。そして立派な城なんてありやがる。
これはまずい。日本でないのなら生きていける自信がない。
考えられるとすれば……。
「異世界転生か……?」
荒唐無稽もいいとこだが、今の所、そう考えるのが妥当だろう。
わくわくとかまるでしない。治ったんなら家に帰りたい。病院でもいい。
助けてくれたのはありがたいけど、だとしたらアフターサポートがちょっと不十分じゃないか? 異世界にひとり放り投げられても普通生きていけないからね? 生かすのか殺すのかどっちよ?
そこまで考えてとりあえず見えた都市に行ってみることにした。ここでこうしていても日が暮れるし、行ってみたら杞憂かもしれないし。
「ヨーロッパを模した日本のテーマパーク。もしくは外国気触れの金持ちの別荘?」
どちらにしても異世界転生よりはまだ現実的だろう。
道らしい道は無かったため森を突っ切って小一時間ほど歩くと城壁の門の前の大通りに出た。
淡い期待は早くも砕かれそうだった。
荷馬車を引く商人らしき白人に、門を守る門番らしき白人。
それだけならまだコスプレという可能性が残っていたが、さすがに馬車の馬にホンモノを使うというのは今時ありえないだろう。道具から使い込まれたような年季も感じられる。
怖気付かずそのまま門の前の衛兵の元に向かった。
改めてこの城壁はバカでかい。マンションの二階よりも高い石の壁が見えない先まで伸びている。このサイズを維持してひとつの街を囲んでいるのだろうか。
そうして衛兵の近くに来て、場所や日付を聞こうとした時、致命的な問題に気付いた。
(あれ? 日本語通じなくね?)
考えてみれば日本以外で日本語が通じるはずがなく、英語も話せるほど熱心に勉強してこなかった。それに異世界だった場合は……考えたくもない。
「……」
「……」
三十過ぎと見える衛兵も目の前に来てなにも喋らない男を不審な目で眺める。
とりあえず、挨拶すべきだろうと思う。
「……oh! Have a nice day!」
「……なにか用かね」
通じた……! おれの英語が通じた……!
あれ? ってゆーか。
「日本語分かるんですね!」
「にほんご……とはなんだね?」
バリバリ流暢に話せてるけど、日本については知らないらしい。常識的に考えてあり得ないがそこは魔法とかあるだろうし、お約束というやつだろう。
「すみません、アホみたいかもしれないですけど、自分記憶喪失みたいで。ちょっと聞きたいんですけど、ここはどこですか?」
「記憶喪失……?」
おお、めっちゃ怪しんでる。まあけど記憶喪失ぶるのが一番だろう。ここのこと全く知らないって言えば教えてもらえるし。
「ここはシデロ王国のヘレネスだよ。旅人さん」
「ヘレネス……」
ちょっとなに言ってるか分かりません。
いやまじめに聞いたことがないんだが。とりあえずそれはおいといて。
「今日は何月何日?」
「一月五日だが」
年越しとる……!
いや、こちらと日本の暦が一致してるかと言えば怪しいな。大きくズレている可能性もある。
なにか地図とか欲しいな。あと腹が減ってきた。腹が減っては戦はできねえ。つってね!
「ちょっと街の中見せてもらっていいっすか?」
「別に構わんが」
てくてく門を抜けようとすると。
いきなり槍で通せんぼされた。
「通行料」
「……は?」
「これ、詰んでねえか?」
門の外へ叩き出された。こっちでは橋を渡るにしろ、街に入るにしろ通行料がかかるそうだ。
「テーマパークじゃないんだから」
少し行くと門の外でも、道沿いに宿屋や市場のような店があったが、文字はやはり読めないし金が無いという点でどうしようもない。
「寒い、喉渇いた、腹減った」
寒さは我慢するとしても、水と食べ物の問題が深刻だ。
特に水。森なら川があるので水自体は見つけられた。ただ、淀んでいるし虫はいるしで飲む気になれない。なにより、怖いのは細菌。
沸騰させずに飲んで感染症とかになってしまったら、もうあとは死ぬだけだろう。
沸騰させようにも火がない。
「……」
現状の危うさを実感し始め焦りだす。
とりあえず、寝むれる所を探さないと。
空は綺麗な茜色で、もう日が暮れることを伝えていた。