4-1 カリーナ連行
王都ヘレネスには修道院はひとつしかない。必然的にカリーナやソフィアさんがいる修道院が揉めてるってことになるが、
「魔人……ねえ」
実際に魔人とやらが攻めてきたら警吏か騎士が対処するだろう。揉めるってことにはならないはずだ。ということは。
「まあ、行ってみりゃ分かる話か」
急いで駆けつけると修道院の周りに結構な人数の野次馬がいて、言ってた通り中庭で警吏とシスター達が互いに十数人で揉めていた。
野次馬に加わって見るとカリーナが警吏に腕を引っ張られ連れて行かれそうだった。
「どういうことだ……?」
「離しなさいっ‼︎ これ以上の狼藉は許しませんっ‼︎」
シスター・ソフィアの大喝により鎮まる中庭。
どうやらただ事じゃないらしい。
おれは状況を整理すべく、近くのおっさんに声を掛けた。
「すいません、ちょっといいっすか?」
「ん? なんだい?」
「カリーナ……あのシスターはどうして連行されそうになってるんですか?」
「ああ、ちょっと信じられないかもしれないが、あの子に魔族の疑いが掛かってる。街中で大男に変身したらしくてな。それで連行する所だよ。あのかわいい子が悪魔だったなんてなあ」
「カリーナが……大男に?」
どういうことだ? 変身魔法ってことか?
そこで、森でカリーナに会った日の記憶が浮かび上がる。
最初に会ったあの巨漢。どういう意図で変身していたのかは分からないがあれがカリーナの変身後の姿だとすれば、あの日直ぐに姿を消した理由や、今回の魔人疑惑にも辻褄があってくる。
ちなみに変身魔法は普通の人間には使えず、神か悪魔しか使えないと宗教上されている。となると……。
「……っ」
知らず歯を噛み締めた。
「カリーナは連行されたらどうなるんでしょう?」
「おれも正確には分からんが……恐らくは刑務所で留置され、数日で裁判が始まるだろうな。魔族の疑いが晴れないうちは禁固刑、最悪の場合は……」
「処刑もありうるか……」
三ヶ月一緒に暮らしていたおれが気付かなかった変身が、なぜ今になってバレたのかは不明だが、そこは措こう。
「分かりました、どうも」
「……被告人が大男に変身するのを見たという証言が複数ある。これに対し市議会は被告人の強制連行を認可する」
警吏が書状らしき物を読み上げる。
「……そんな」
そこでぶくぶく太り、装飾をじゃらじゃらさせている貴族らしい男が警吏の前に出た。
「そもそも、国税でこんな立派な建物を修道女などという穀潰しにくれているのが間違いなのだ。此度の件も併せて教会に報告させてもらう。ぜひ取り潰しを検討するよう」
あの野郎……!
「こんな汚らわしい者を今まで王都に住まわせて……アテナイ修道院はどうやら腐っていたらしい」
「……っ!」
「あなた……!」
声はソフィアさんのものだ。らしくなくキツい口調になっている。
「なんなら事情聴取と称してひとりふたりしょっぴけばよい。そうだ、それがいい」
思い付きでふざけたことを吐かす貴族。
「では、そうだな。事件の時にいたそこのミリアンヌとかいう娘と、院長代理も連れて行け」
「はっ」
嫌がる女性を力づくで無理矢理引っ張る警吏。
そこでついに堪えきれなくなったカリーナの体が紫に光り出し、光が止むといつか見た巨漢がそこに現れてしまった。
「あれが……」
「魔人だわ……」
周囲の野次馬がざわつく。
「連れて行くのは私だけでよいはずです。他の者らにはどうかお情けを……」
あれだけボロカスに言われてもなお真摯に対応したカリーナの請願は……。
「ならん。三人とも連れて行け」
無慈悲に跳ね除けられた。それどころか。
「しかし感情が昂ぶると本性を出すのは本当らしいな。見よ。皆の者。これがこの者の真の姿。おお、なんと醜い」
「……っ」
「あんた……! 女になんて台詞を……!」
我慢の限界だ……! 一発ぶん殴る。と足を踏み出したその時。
パァン、と乾いた音が響いた。
誰よりも先に貴族を張り手打ちしたのはソフィアさんだった。
「私の妹を……侮辱することは許しません」
「まだ反省が足りないようだ。誰に手を上げたのか分かっているのか……?」
周囲の緊張がピークに達した時、
修道院の門から、ダルマティカという聖職者の典礼衣装に身を包んだ司教と思しきおじさんが歩いてきた。
「失礼。私はこの院の責任者である司教、シメオンです。ご無礼をお詫びいたします」
「シメオンさん……」
「今この場での言い合いに意味はない。ここは黙って見送りなさい」
「司教殿も抵抗されるので?」
「いえ、そのつもりはありません。お話は伺っております。連れていってもらって構いません」
「シメオンさん! ですが……」
「戦いは裁判所でです」
「ダモス様。いかがなさいますか。それと……勇者が先程からこちらを見ております」
警吏のひとりが貴族に耳打ちする。
「司教に……勇者だと?」
周囲を見回す貴族のダモス。
「ちっ」
「ここはとりあえず容疑者のみ連行して事情聴取は我々に任せるのがよいかと」
「そうしよう。張り手のことも報告を忘れるな」
「そのように致します」
「抵抗するなよ」
「……」
警吏に手錠のような物を嵌められ連行されるカリーナ。
シスター達はそれを悲痛な面持ちで見ていた。
「大丈夫。すぐ帰ってくるから」
カリーナはそう言ったが、その言葉を信じているというよりかは、皆に心配させまいとする気遣いに思えた。
門を抜けて刑務所へ向かう。
「カリーナ……」
声を掛けることしか出来なかった。
おれは無力だった。
カリーナはおれに気付くも沈鬱な表情を浮かべただけだった。
「なんてこと……! どうしてこんなことに……」
その場に座り込むソフィアさんの嘆きだけが周囲に響いていた。