プロローグ
(ああ、またこれか)
久しぶりに覚めた意識。目に入ってくるのは家より見慣れた病院の天井。
カレンダーを見ると年の瀬が近い。
母親がベッドの側の椅子に掛けている。
おれが起きたのに気付いて慌てた様子でなにか喋っている。
寝ているのにふらつくほどでまず聞き取れないし、聞こえても意味を理解する前に思考が霧散して分からない。
いつのまにか呼吸を楽にするマスクやらチューブやらが体に繋がれていた。
(冬は越せなさそうだな)
意識が曖昧なせいで自嘲すらすぐ忘れてしまう。
妹と父親も来て、三人でおれの手を握っていた。
涙を流しながら、懸命になにか喋っているみたいだけど分からない。みんな、特に母親はやつれているように見えた。
(苦労かけて、ごめん)
おれは手を握り返した。
それに感極まったのか、三人ともより一層泣き始めた。
自分の不甲斐なさか、死の悲しさか、それとも家族への感謝からか、自然と涙が溢れた。
(すまない……)
限界が来たのか、そこで眠るように意識が落ちた。
『ああ、勿体無いな』
聞こえないはずの薄れた意識に、よく通る男の声がする。
『血が足りないのか。なら、私の血を恵んであげよう。前途は多難そのものだろうけど……』
男の声が笑った気がした。
『きっと、おもしろくなる』
そして、おれの体に途方も無い何かが流し込まれた。