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第三十一話 外征

しばらく騎士視点が続きます

 ついに、その日が来た。騎士団演習場に集まった僕は、いつもの熱気に包まれた雰囲気とは違う鋭利にとがった刃物のような空気を感じていた。


 クロエ隊長の後ろに控えながら少し緊張した面持ちの騎士たちを見つめる。

 僕も人のことは言えないぐらい緊張しているけど、なんて考えていると、クロエ隊長が振り向いた。


「モルガン卿。これは卿の失言を挽回するためのそれだ。分かるな」

「はい」


 鋭い目付きで僕を睨みつけてくる隊長に苦笑いをしながら返事をした。

 なぜ僕はあそこでアドリアンに噛み付いてしまったんだろう。苦々しい後悔が、心に一滴落ちた。


 頭を振る。今は、それを気にしているところでは無いのだ。


 騎士たちを見ながら、クロエ隊長が口を開く。


「まず、卿らの中に一定数、このダンジョン制圧という任務の概要を勘違いしている者がいる」

「――勘違い?」


 この隊で一番の年長者であるジェラールが顔をしかめた。


 白髪混じりの灰色がかった髪に琥珀(コハク)のような目。そして額には傷跡があり、そのクロエ隊長と気の合う性格から怒らせては行けないランキング堂々の一位を誇る、そんな男が明らかに不機嫌なオーラを出している。


 はぁ、本当にやめて欲しい。せめて穏やかに出陣したかった。


 ジェラールの威圧に動じず、クロエ隊長は凛々しく言い返す。


「ああ、勘違いだ。卿らはダンジョン制圧の任務をどうにも、民衆ひいては冒険者への武力の誇示と捉えているらしい。違うか?」

「いいや全く。つまりクロエ卿はこう言いたいのか。これは政治的な意図が一切無い、純粋で神聖なる騎士の秩序に沿った行動である、と」

「うむ。民衆はかのダンジョンに怯え、ダンジョンに家族を喰らわれた者は嘆いている。理由はそれだけで十分だ」


 その言葉にジェラールは考え込み、そしてしばらくして大笑いを始めた。


「カッカッカッ! そうか、そうか! あのアドリアンの私利私欲を満たすための愚行でないなら(おのれ)は構わん! カッカッカッ!」

「ハッハッハ! さすがは卿だ! ハッハッハ!!」


 そして二人して壊れた自動人形(オートマタ)のように笑いだしたのを眺めながら、途方に暮れる。


 僕は強くなる度に人間性を失っていくという呪いが存在するという風にしか思えない。


 笑い続けている二人を見て青ざめている騎士たちに、僕はものすごく共感した。






 ◆ ◆ ◆




 風を切る音と、すぐに後ろへ飛んでいってしまう木々を横目に駆ける。


 ダンジョンは山にあるけれど、ものすごく登らないといけないわけではない。

 それに冒険者たちが大量に行き来したからか、地面が踏み固められていてストロング・ホース――通称馬――での移動も可能だ。


 そして地図によると――


「あ、ここですね。この洞窟がダンジョンの入口です」

「そうか」


 手綱を引いて馬を止める。

 そして馬から降りた時にフワリと浮いたクロエ隊長の赤髪をボンヤリ見ながら、僕も馬から降りた。


 いつもは訓練ばっかりで、週に一度あるかないかの魔物討伐でしか実戦がないから少し緊張するが、大丈夫。第三騎士隊は個人々々の武力はモンテテールでトップクラスなのだ。


 アドリアンの直属……というかモンテ伯爵の直属の騎士五人が第一騎士隊。

 そして主に治安担当で二十五人と最も数の多い第二騎士隊。


 で、強いやつをごちゃごちゃに混ぜて出来上がった第三騎士隊。これが僕らだ。人数は総勢十二。

 全員我が強いけど、代わりに戦いでは頼りになる。


 まず決して破られることの無い【神聖神域障壁】を持つクロエ隊長。防御に関しては絶対の自信があるのか、鎧を付けることはなく騎士団の制服のままだ。


 まあ僕も冒険者上がりで重い鎧が苦手だから、胸部や肩ぐらいにしかまともな鎧をつけていないので同じようなモンだけど。


 そして深い洞察力と意外に洗練された剣技のジェラール。彼の洞察力を持てば捕まえられない犯人はいない。と、第二騎士隊のヤツらが言っていた。


 他にも色々特殊な能力を持つやつはいるけど、この二人がいればまず問題は無いだろう。


 アドリアンから託された内通者の手紙を、小指程度の『火球(ファイアーボール)』にかざす。


 第一層のボスはビッグ・ハイスライム。ランクはD。

 僕たちの脅威ではない。


「行くぞ」


 そんなことをやっているうちに、第一層の偵察に行っていた三人が帰ってきて、クロエ隊長への報告も終わらせた。

 偵察を出すなんて、珍しく慎重だ。


「馬はどうしますか?」

「そうだな、ふむ。いや、問題は無い。ダンジョンへ引き連れるぞ」


 馬のマイクが僕の顔をペロンと舐めてきた。

 どうやら一緒に行けるらしい。


 入口はただの洞窟という感じだったが、三歩も歩くと視界が開ける。


 なぜか天には太陽があり、風も動いている。そして、見晴らしのいい草原に、ところどころにまとまって生えている木。

 草原を駆けるアングリー・ボアが目に入った。


「――我々の目的は最下層にいるダンジョンマスターの抹殺。一般人の立ち入りは既にない。どのようなものを見ても即殺で行け」

「はっ」


 クロエ隊長が命令を下した。まずは第一層、速攻で攻略しよう。






 ◆ ◆ ◆




「おい、ちょっと止まれ」


 ジェラールが声を発した。その声で、隊が止まる。

 おかしいな、ジェラールに命令権は無いはずなんだけど……


「これを見ろ」

「青い、鱗?」


 ジェラールの手には、青色の鱗があった。一体なんだろう?

 ジェラールがそれを握ったり、圧迫したり、匂いを嗅いだりする。


「ブルー・ワイバーンの鱗だ。それも十歳ほど」

「へぇ、そこまで分かるんですか」

「ああ。ほれ、お前も触ってみろ」


 渡された鱗を触ってみる。

 ……まあ、普通に硬い。でも、僕にはこれから年齢を推測するなんてサッパリだ。


「鱗のツヤ、大きさ、損傷具合。それに、中心部分を指ではさんで圧迫してみろ」

「ああ、なるほど。ちょっと中心は柔らかいですね」

「そうだ。その鱗は大してデカくないし、傷一つない。それに中心部分がまだ柔かいってことは親離れしてない年齢だ。幼いと青の鱗が少しピンクがかるんだが……これはそれが無い」

「つまり、十歳ぐらいになる、ってことですか」


 僕の言葉にジェラールは獰猛に笑った。


「その通りだ。そこまではなんの変哲もないただの鱗で俺も済ませていた。だが、何かおかしい」

「おかしい?」


 辺りを見渡す。特に変哲はない。

 まあ、強いて言うならば木が倒れていることだろうか?


「地面を見ろ。足跡だ」


 言われて、地面を見た。急いでいたのだろうか。大股で深く地面に後がついている人の足跡に、獅子の――多分、バロンの足跡。


「バロンの足跡に、逃げる人間の足。最近のだ。バロンの方をよく見ろ。相当怒っていたのか、爪を出して地面に刺さっている」

「確かに」


 バロンの足跡には地面へ深く突き刺さった爪らしき跡もある。


「そして倒れている木、だ。ただ倒れているわけではない。歯型がついている。何かがこれを食おうとしたんだな。ま、急いでいたのか、怒りに任せた捕食だったのか。少なくともゆっくりと食べることは出来なかったらしい」

「なるほど……それで、理解はできましたがなんの関係が?」


 ブルー・ワイバーンなど第一層にはいない。バロンも、木を食べようとする草食動物もだ。

 まずブルー・ワイバーンはランクCだし、もし第一層にいたのならこの手紙は嘘が書かれていることになる。


「難しく考えるな。シンプルに考えるんだ。こういう時はな。親のいないブルー・ワイバーン、バロンの足跡。それに、それと同等クラスの魔物。複数いたと考えてもいいが……お前の持っている情報からすれば、そんなことはありえない、ってところだろう」

「はい」


 ジェラールが鼻を鳴らす。

 僕にはこの問題が難しく感じている。でも、彼はそんなこと無いようだ。


「キメラだよ、キメラ。逆にそれ以外ありえない」

「あっ」


 ――なんでその可能性を忘れていたんだろう。


 確かに、そう言われたらものすごくしっくり来た。


「相当上位のキメラがこのダンジョンにはいるな。気をつけた方がいいだろう」


 僕たちの会話が終わったのを察したのか、クロエ隊長が再び隊を進める。


 第二騎士隊に度々スカウトされているのは知っていたけど、まさかここまでとは思っていなかった。


 僕は少し、ジェラールのことを見直したのだった。

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