第十四話 冤罪です
早朝。
昨日は夜遅くまで説教を受けることになったから、ダンジョン攻略は別の日にすることになった。
まあ、グリフの言い方的に元から昨日はダンジョン攻略に行く気はなかったっぽいが。
「あー、よく寝れた……」
そんなわけで、俺は今グリフたちと同じ宿に泊まっている。
メシも上手くてたまらなかったし、ベッドもフカフカで熟睡できる。ダンジョンに戻ったら絶対に新しいベッドを出そう。
「んにゅ……スラちゃん……」
隣を見る。一日中ずっと行動の制限がかかっていた小雪は、不満が溜まっていたようで部屋に入った瞬間いつもの姿に戻った。
そして俺はもちろん一人部屋を取っていたわけで、ベッドは一つ。小雪も俺もまあいっか、と意見が合致したため同じベッドで寝たが……
これは中々誤解を生み出しそうな状況だ。
もしこんな状況を見られたら、俺はロリコンのレッテルが貼られるかもしれない。いや、絶対にそう言われる。
なら、この誤解を生み出しそうな状況から早く抜け出さなければ。
小雪を起こさないようにベッドから降りようとした、その瞬間。
「トージ! おはよう!」
「げっ、グリフ……」
「なんだよ、そんな声、出し、て……」
笑顔だったグリフが、だんだんと真顔になっていく。ぜってー誤解されてる!
「OK……まあ、人間欠点はあるさ……見なかったことにするぜ。それでいいな?」
「ご、誤解だ! マジで誤解だから!」
「ただ、トージ。一発殴らせろ」
「人の話を聞け!」
「俺の昨日の官能小説を聞けだと!? てめえ、そっちの方向に関してはとことんクズなのか!?」
「ぶん殴られてえのか!?」
「アー・ユー・レディ?」
「あ、ちょ、ゴアーッ!!」
ベッドから窓の方へ吹っ飛ばされて、その勢いのまま窓ガラスを割った。
そして眩しい朝日を全身に浴びながら、一筋の影がかかる。
――グリフだ。
「『猛烈豪傑格闘』」
グリフの足バージョンインファイトを全身に喰らいながら、地面の小さな畑に落ちて、俺は思った。
やっぱり、朝は米と味噌汁に限るよな、と。
◆ ◆ ◆
「確かに俺の誤解だったぜ。悪いことしたな!」
「おかげで朝からおめめパッチリだよ……」
「おー、よかったぜ!」
「なんか褒められてると思ってないか?」
そのまま畑で寝たかったが、窓ガラスの割れた音で人が集まったので急いで宿から逃げ出して、そしてソフィアを挟んでそれでようやく誤解が解けた。苦労をかけさせやがって……
おかげで朝食も食べ忘れたのに街をブラブラと歩く羽目になっている。
「ただ、その本が魔道具だったなんて、驚きね。それも人になれる」
俺のピアスを見ながらそう言うソフィア。
小雪についての説明に困っていたら勝手にそう納得してくれた。だから魔道具はそういうものなんだろう。多分。
肩まで伸ばした茶髪に、紫色の眼。そしてどこかツンツンとした感じの強気な顔が、プライドの高そうな雰囲気を出している。
ただ、話してみると言葉がツンツンとしているが、優しさを持っているなあ、と心に染み渡る。
後グリフは許さん。
ピアスに小雪をまたつけて、少しズレていたマントの位置も調整。
「よーし、じゃあ、俺が発見したダンジョンに行くか!」
「おっと、それはストップだ」
歩き出した俺のマントを掴んで、グリフは俺を転倒させた。
マジで殺されたいのか!?
「なんでだよ……」
額に青筋がビシリと浮かび上がるのを感じるが、まだ我慢だ。言い分を聞こう。
そうして振り返ると、ソフィアも少し生暖かい目をしていた。なんで。
「マジに世間知らずか? まあいいぜ。臨時パーティーってのは相性を確かめないといけない。昨日の模擬戦だったりもその一つだ」
「あー……そんなこと言ってたような気がするわ」
「ま、臨時とはいえ信用に値するか、みたいなとこを見極めなきゃ行けないからな。そういうまどろっこしいのが嫌だ、ってやつは少なからずいるが……そういうヤツらが上手くいった例は少ないな」
片目を閉じて、ピッとキザに人差し指を立ててグリフはそう説明した。
互いの戦い方もあまり知らないし、性格も知らないから足を引っ張りあって死ぬヤツらが多いんだとか。
なるほど。結構理にかなっている。
「そういうわけよ、トージ君。今日は街を一緒にブラブラでもしようと考えていたのだけど、それでいいかしら?」
「もちろん」
「ハッハッハ、話し合いは大切だな!」
話し合う前に殴ってきたやつが何を言うんだか……
もし天然でやっていたら許せない。ぶっ飛ばしてやろう。
「んー、俺はここに来たばかりだからな……二人に行く場所は任せていいか?」
そう言うと、グリフとソフィアは顔を見合わせて笑いだした。ちょっと怖い。
「グッドだぜ、トージ。じゃあ、有名どころ回っていこうか!」
「お手柔らかに頼む」
そして、俺はピアスのトップにつけていた小雪を外した。戦いに行かないなら、小雪が本の状態になっていなくてもいいからだ。
なんの飾りもないピアスの軸だけがプラプラと揺れる。
耳が寂しい。うーん、あの超小型ドクロを持ってくればよかった。
「じゃあまずは大通りを行って、騎士団演習にでも行くか?」
「いえ、大通りの高級ブティックを行った方がいい気がするわ」
「おいおい、それはソフィアの趣味だろ? 俺は冷やかしは好かないぜ」
「あら、じゃあ間抜けに口をポカンと開いて騎士団の剣の練習でも見るのかしら? そっちの方があたしは嫌だわ」
話が平行線に続いていく。
決まるまで俺は待つことにして、小雪にいつもの姿になっていいぞ、と呟いた。
「私はあのおっきい時計台に行きたいです!」
俺のその言葉に今日は退屈しないで済むと分かったのか、人の姿に戻った小雪は興奮気味に喋る。
そしてその声に、グリフとソフィアの賛成の声が重なった。