第十三話 グリフィス・ソウル
俺はグリフに殴りかかった。そこまではよかったはずだ。
でも、なぜか今俺はギルドの天井を見ている。
そして、一秒が十秒に感じるような浮遊感。
――ああ、俺は今空中を漂っている。
なんで?
「『氷輪脚』!」
「おお」
一瞬視界に映ったグリフに腹を蹴られ、グンと一気に地面に近づく。このまま行くと激突してしまうだろう。
でもまあ特に抵抗もできないまま、地面をスライディングしていく。
そして適度に速度が落ちたところで起き上がり、グリフを探す。
……マントが無ければ死んでいたかもしれない。
「OK! ナイスだぜ、トージッ!」
「後ろか」
自分の位置を声で示すなんて、これはグリフなりの優しさ……なのかもしれない。
……ただ、これは舐めプじゃねえか。
俺からしたらダンジョンへ行くのはただの茶番だが、グリフやソフィアからしたら死ぬ可能性もある道の場所という認識だろう。
だから、俺の実力を試している。俺は積極的に戦うタイプではないが……こういうのはガチでいかないと気が済まない。
それにもしダンジョンで玉座の間まで来るような敵が来たら、一番最後に頼りになるのは俺自身だ。
「言っておくが、舐めプは良くない。これを覚えとけ!」
「アー・ユー・レディ?」
「イエス、アイアムッ!」
こちとら狡猾なるダンジョンマスター様だ。勝てなくても、グリフのそのスカした顔を一発歪めてやらねえと気が済まねえ!
……【野心の王】に自分が少し侵食されているのを感じる。ただ、今は気にしている余裕が無い。
「……小雪、俺の目の無い方向を見ててくれ」
『……んっ、あ……? あ、はいっ!』
俺が前を見ている時は小雪に後ろを見てもらう。実質死角のない、最強の考え。うひょー!
……小雪の報告まで攻撃されなければ、の話ではあるが。
「行くぜッ!」
俺が考えをまとめている間に、グリフは真正面まで移動していた。
そして、右腕全てをバットのように振るい、俺を空中に振り上げる。
なるほど、宙で抵抗のできない相手を強力な技で確実に仕留める。力技のようで、かなりテクニックの必要なコンボ。
――だが。
「今相手してんのは、知性の薄い魔物じゃねえ。学習する、人ってことを忘れるなよ」
俺をノックアウトさせるために技の構えをしていたグリフの、まとめられている長い金髪を掴む。
「うおっ!」
適当にグルングルンぶん回して、最初にグリフから一撃もらった体勢に入れ替わる。
そこまで来て、俺の意図に気づいたらしいグリフは笑った。
愛のこもったお返しってやつだよ!
「キーック!」
「スキルを使わないのかよ……」
「使わないんじゃない! 使えないんだよ!」
「ハハ、そっちの方が終わってるな」
俺に蹴られたグリフが、ガリガリとギルドの地面と熱心に接する。
うわー、痛そう。
「遠慮は要らなそうだな! トージ!」
「元から必要ねえよ!」
『……! 油断しないでください! トージ!』
なんだ、こいつ!
さっきまで地面と抱擁していたかと思うと、俺の目の前に刹那で現れた!
こっわ!
「『猛烈的豪傑格闘』ォ!」
「ぐっ!」
ありえないくらい鋭い一撃を、連続で打ち出してくる。
早すぎて目で追えねえ!
初撃を防ぐために手をクロスさせたが、それを貫通するえげつない痛みからもう二度としないと心に誓った。
……なにか、抵抗できる手段があれば。
ギリギリ目で見えるものだけを躱して、躱しきれなかったりして、脳ミソをフル回転させる。
スキル。武器。
残念ながら俺は拳に対する教養は全く無い。剣なら多少は行けるが……その肝心の剣が無い。
そう、俺は剣が無い。腰には刺しているが、それを抜いて真剣で戦うなど、模擬戦に有るまじきことだ。
「オラオラァ! どうした、攻めなきゃ勝てねえぜッ!」
「お前の攻めがッ、強すぎるんだよ!」
今あるものを使え!
頼れるのは己の体のみ!
剣のようなもので、自分自身。
「ああ、あるじゃねえか」
なんて簡単な問題だったんだ。
握り拳の状態だった手を、パーの形に。
腕は剣を意識して、スラッと伸ばす。
「手刀が、あるじゃねえか!」
「何をやってるんだ、トージ?」
ダサい? 知るか!
負けるよりかは、何も残せないよりかはマシだよ!
イメージするのは、剣のスキル。
『飛泉の太刀』『登り鯉』『決裂・烈火の戟』
「『飛泉の太刀』」
「マジかよ!」
俺の手が淡く輝く。スキルを発動されたからだろうか。
「だが、俺の『猛烈的豪傑格闘』について来れるか?」
「舐めんじゃねえ」
グリフの『猛烈的豪傑格闘』と、俺の『飛泉の太刀』が互いにぶつかり合う。
――相殺。
ただ、思わぬ反撃に心がたぎってきたのかグリフの拳に冷たそうなオーラが漂い始める。
それに今までガヤガヤと評論や賭け事に興じていた冒険者たちが、一気に静かになる。
――そして
「ぐ、グリフの本気モード……久々に見たぜ……」
「あのバカすげえ! ちったあやるじゃねえか!」
「グリフー! ぶっ飛ばしちまえー!」
全員が一斉に興奮度がマックスになったのか、ほぼ同じタイミングで全員が野次を飛ばし始めた。
「ハッハッハ! 野次の中にいるのは気持ちがいいなあ!」
「うるさいだけだ」
「それを楽しんでこそ、真の強者ってやつだぜ。今の俺は調子がいい! 次で二十五連撃目!」
『猛烈的豪傑格闘』の持続回数だろうか。
どうでもいい。俺は俺でコンボを繋げる!
「『登り鯉』ッ!」
「そうか、トージ狙いが今わかったぜ! 来い、相手になってやる!」
「爽やかに煽るんじゃねえ!」
――相殺ッ!
グリフの拳にまとっている冷気が、触れ合っただけで体の底から凍りそうだ!
だが、次、もう一連撃決まればそれも消える!
「行くぜ、『決裂・烈火の戟』!」
「負けねえぜ!」
すごい。
次にどこを攻撃するべきか、分かる。
世界が広がる。
これなら、行ける……!
「二十六!」
グリフが叫ぶ。
どこまで俺が耐えられるか、どこまでグリフが『猛烈的豪傑格闘』を決め続けられるか。
その勝負だ。
手に絡みついてくる炎が、グリフの冷気と相殺し合う。
「二十七!」
振り払う。
「二十八!」
突きのようなことをして、拳の向きを変える。
「二十九!」
何をしているのか、理解できない。
でも、体は動き続ける。
「これで決めるぜ、三十!」
今までで最高に力を込めている風のグリフを見て、自分もここに全てを注ぎ込もうと決意。
「行くぜ、最後の剣撃!」
「凍えて眠りな、アー・ユー・レディ!」
「くどい男は嫌われるって、千年前から言われてるんだよ!」
その寒い決めゼリフを二度と使えなくしてやらあ!
激突。
そして、一瞬で目の前が真っ白になる。
湯気、だ。
「ぐっ」
引き分け、か?
次の、三十一連撃目は来ない。
Cランク冒険者に。引き分け。
ああ、かなりいいスコア。ちょっと満足だ。そして、これ以上の強敵がいることにワクワクする。
いつか、Sランク冒険者をダンジョンで屠ってみてえ!
『……! トージ、まだです!』
「あ?」
「――三十一」
湯気を切って目の前に現れたグリフが、俺の腹をぶん殴る。
そして結構吹っ飛んで、完全に起き上がる力が無くなった。
そして静寂の後に、誰かがこう言った。
「勝者、グリフィス・ソウル!」
歓声に沸く。
うるさい拍手と、勝者を褒める声。
……まあ、俺のことを褒めてくれている声もあるからよしとしよう。
「最高だったぜ、トージ! お前は最高の男だ!」
「……ありがたい言葉だよ」
俺はグリフの手を取って、起き上がる。
それに、冒険者のダメダメおじさんたちは更に沸いた。……ちょっとマジでうるさくなってきたぞ……
「――一体何事ですか!? みなさん、無事……」
上階から急いでやって来たのか、息を切らしている受付嬢さんが悲鳴のような声を上げて、そして途中で止まる。
あ、なんかやばいオーラが……
「大変申し訳ありませんでした。少々私とトージが大きく転んでしまいまして」
「ぐ、グリフ? どうしたんだ、いきなり」
「バカ、話し合わせろ! ギルドでの格闘は禁止されてるんだよ!」
そして俺は気づく。今までうるさくて仕方なかった野次の声が全く無くなっていることに。
急いでさっきまで大量の冒険者がいたところを見る。
「だ、誰もいねえ!?」
絶対に魔物討伐に役立てるはずの能力を悪用してやがる!
「トージ、さん? それに、グリフさん? 少々、お話よろしいでしょうか」
「ア、ハイ」
俺とグリフの声が重なる。
「そ、ソフィアー……」
グリフの視線の先を見ると、あっかんべーをしながらこっちに手を振っているソフィアがいた。薄情だ。
「何をブツブツと仰っているのですか? さあ、来てください。あ、一応任意ではございます」
絶対任意じゃないと思うんだ。
――この後めちゃくちゃ怒られた。