第十話 酒飲み
我らが酒飲み女魔法使い――アンジェルがいなくなって三日が経った。
アンジェルなんて名前の割には最悪な性格をしている、というのは俺たちの定番のいじりだ。ああ、いや、今はそれ関係なくて……
最初はいつものことだ、と気にしていなかったがさすがに帰りが遅すぎる。
そして、何やら聞き込みをしたら山に行ったとのことじゃないか。
「うおお……これ絶対アンジェルのだろ」
山で探している途中、相方のクロヴィスが捨てられているワインのボトルを発見した。間違いなくそうだろう。
ため息をつく。本当に、戦いでは頼りになるがそれ以外になるとこれだ。
「うわっ、しかもこれアンブラセント・ロワールのワインだぞ!?」
「まじかよ」
どんだけ金使いやがった。しかも、それを俺らに分けもしないで飲み干す!?
許せねえ。
クロヴィスから空のボトルを奪い取って、匂いを嗅ぐ。
「白ブドウだな……辛口だ。これをラッパ飲みしたんだったら頭がぶち壊れるぞ」
「三日も休んだんだから、一週間は働き詰めだな、こりゃ」
参ったなあ、とクロヴィスは金髪をガリガリと掻く。そもそもEランク冒険者でしかない俺らが休むなんてこと自体ありえねえ。
……まあ、アンジェルはDランクだが。
なーんて話しながら進んでいくと、ポッカリと空いた洞窟があった。こんなのあったか?
「……おい、ここで俺はアンジェルの気持ちになって行動してみるぞ」
クロヴィスがよくわからねえことを言い出した。あのワインの匂いだけでやられちまったか?
「あらぁん! 酔っちゃって最悪よー。いい男でもいないかしらぁん。あらやだ! 雨が降ってきたわ! 私って雨女ー。罪な女ねー。あらぁん、美女な私はここの洞窟で雨宿りしちゃうわ♡」
そして、真顔に戻って俺を見つめてくる。
「よし、ここだな」
「……俺はお前との友情を確信できなくなってきた」
「迫真の演技すぎて惚れちまったか?」
「ああ、そういうことにしておこう……」
「とにかく、行くぞ!」
無理やりだなあ。グイグイと迷いなく洞窟に入っていくクロヴィスを見ながら、俺は苦笑した。
好奇心が強いというか、なんというか。いつか虎穴に入って死ななければいいが。
「あ? ゴブリンの巣窟か?」
「うーん、外れっぽいなあ」
まあ、せっかくだしゴブリンを殺して晩メシようの金を稼ごう。
そして、この思いはクロヴィスも同じらしい。
俺たちは剣を構えて、まずは一匹殺そうとした。
――だが。
「ゴブリン・シャーマンもいやがる!」
クロヴィスの声で魔法が俺に迫っていたことに気づく。幸い大した殺傷力の無い水魔法だったが、ちょっとビビっちまった。
「情けねえなあ!?」
「お前が脅してきたんだろ」
しかも、今ので不意打ちで殺そうとしたゴブリンにも気付かれちまった。ちくしょう、なんだかやりずれえな。
ブンブンと錆びているツルハシを振り回してくる。
「『飛泉の太刀』」
クロヴィスが最も一般的な剣技でそのツルハシを切断する。こういう小手先の技が上手いのは、俺よりもクロヴィスなのだ。
「ウギィ!」
ゴブリンが醜い悲鳴をあげると、壁の間からゴブリン一匹と……まだ小さいが、ハイ・ゴブリンもいる。
ここまで上位種が揃ってたのか。こりゃ、めんどくせえ、で済ませていい案件じゃないなあ。
「まずは一匹殺るぞ! 『強斬鉄』!」
思いっきり振りかぶって、俺の最高の一撃を繰り出す!
いつもの感触とは違うが、しっかりと肉にあたる感覚があった。まずは、一匹。
「……は?」
しっかりと俺は剣を振るった。Cランクの冒険者にも、この力強さを褒められたことがあるぐらいだ。
なのに、なんで目の前の筋肉は倒れねえ!?
「あ」
軽く上を見る。
そうしたら、オーガ族が俺の大剣を手でつかんでいた。ゴブリンがオーガになった?
……いや、オーガがいたのだ。この洞窟には。レッサーでも確かランクはD+
俺たちプラスアンジェルがいて倒せるだろう、ってぐらいの格上。
「『握り潰し』」
グシャア、と俺の大剣は握り潰された。ハハ、意味がわからねえ。
ワインの飲みすぎ? 幻覚?
でも、今取れる選択は……
「に、逃げろー!!」
俺とクロヴィスは同時に走り出した。まだこの人外な光景を眺めていただけのクロヴィスは、俺よりも冷静で、すぐに出口を目指すのではなくある穴を指す。
「あそこならオーガは入ってこれねえ! 死ぬ気で行くぞ、明日の太陽とワインのためによお!!」
「あったりまえだ、ボケカス!」
冒険者としての誇りなんて小便と一緒にぶちまけて、一心不乱に穴を這っていく。
そして、天国であるはずの抜け穴の先は、俺たちを更に混乱させる。
「ホーンラビットの……巣?」
クロヴィスが呆気にとられた顔で呟く。
五匹のホーンラビットは、全員首を傾げていたが……俺たちが獲物だと気がついたみたいで、ゆっくりと近づいてくる。
「お、俺は逃げるぜ……!」
「く、クロヴィス!」
そして、また穴に入る。モゾモゾと、ゆっくりと進んでいくが、ダメだ……クロヴィス、それじゃあもう間に合わないんだ……
「う、うおおおお?!」
ブス、っとクロヴィスのケツをホーンラビットたちが突き刺す。
ああ、始まってしまった……
「うぉぉおおおおああああああああぁぁぁ?! 俺はケツにぶち込まれる趣味なんざもってねえんだよおおおお!!」
酷く残酷なクロヴィスの悲鳴を聞きながら、俺は初めて神に心の底から祈った。
――どうか、クロヴィスを楽に死なせてやってください、と。そして、俺は来世では超絶イケメン最強エリート貴族にしてください、とも。
……まあ、人間だから二つ目の願いの方を熱心に祈ったが。