09
決戦場……と言うべきか、はたまた(俺の)処刑場と言うべきか。俺を討伐せんがために、イセタルツの近くの平原に兵が並ぶ。目測で大体2万……かな?
「ナめているにしては結構な人数を用意したねぇ……」
奥には甲冑とは違った反射光が見える。恐らくあれが王様だろう。完全に自分がいる場所が安全圏だと思っているようだが、そこは鎌を投擲すれば届くと思う。当てられる自信が無いからやらないけど。
「これが最終勧告で――」
「断る!!」
「な、ならば致し方あるまい。全軍、突撃ぃぃいい!!!!」
大地を揺らすほどの声量で、兵が迫ってくる。そして上空には放物線を描きながら矢と、火の玉が飛んできている。
俺は思わず笑みをこぼしてしまった。空中では矢と魔法が俺に当たる前に衝突してしまい、矢は失速。俺には届かず目の前に落ちていく。その為、ゴミが歩兵の鎧の隙間に入ってしまい、慌てふためいたそれらが後続とぶつかってしまっていた。
「なんで弓兵と魔法使い同じ列に置いたんだよ。考えたやつ馬鹿だろ」
おそらく地図で見た時の見栄えを良くしたかったのだろう。ただそれだけの為に魔法と矢の利点を同時に潰すとかもはや天才の域だと思う。
いや、そもそも兵を前進さている時に使わないで、敵が近付いてきた時に使えば妨害に使えるじゃん。矢の無駄だけど。
「ま、おかげさまでこっちはヤり易いんだけど……なっ!!」
大鎌の柄込みにあたる部分で近付いてきた兵士共を薙ぎ払う。軽々と吹き飛んだ兵士の中には完全に鎧が曲がってしまっている者もいるが、生きているからセフセフ。
たまに飛んでくる槍の突きは、グラスお手製の大鎌や手袋にとってはただの虫刺されに等しい。いや、そもそも刺さる以前にそれらは折れてしまっていた。
「すっげ拍子抜けなんだけどちゃんと訓練してるの? 君たちぃ」
恐らく転生者が現れる前まではちゃん訓練していたのだろう。中には鋭い攻撃を繰り出す者が数人はいた。それ以外は……うん、自主訓練もせずに転生者の力頼りだったんだろうね。
「だ、まれ……ば…け、もの……」
「女の子に化け物だなんてひどいなー。ま、俺は違うけど」
兵士の一人の気を失う前に言い放たれた言葉を耳が拾い、思わず呟いてしまう。しかしそれは、鎌と鎧が衝突する音で搔き消された。
「くっ、マサキ殿が無傷で監視に付くことが出来ていると聞いていたが情報とは違うではないか!! これではマサキ殿よりも我々が――」
「おいおい、驚いている暇があるなら指示を飛ばせよ。ま、そんなことしても俺が全て刈り取るんだがな」
一人目の指揮官の男の後頭部を軽く殴る。そして意識が無いことを確認すると、俺は次の指揮官がいる方向へ視線を向けた。
今度の指揮官は女らしい。他にも編成されている人物も全員女で、衣装もどこぞの戦乙女を彷彿とさせるようなものだ。
「男女平等主義だから平気で殴るけどなっ!!」
転生者にも女はいたから、今更女相手に暴力を振るうのに罪悪感など湧かない。てかそもそも、女盗賊もいたし今更だよね。この世界はやらねばやられる世界だから。
接近すると、直ぐに状況は変わった。彼女たち隙のない連携に俺は防御に回るしかなく、徐々に指揮官から距離を離される。
「思ったよりも強いなぁ……」
「ふんっ、あんな訓練を怠っていた奴らと同じとは思わない事ねっ!!」
「そうだ……なぁっ!!」
「きゃっ!?」
力任せに大鎌を横に薙ぐ。風圧で先程まで攻撃の手を緩めなかった彼女たちが吹き飛ぶ、やっぱり力業が正義だよね。
でも流石に面倒になってきた。一応狂戦士みたいに防御を捨てて……っていう戦法も出来なくはないけど……今はまだ止そう。
「魔法が使えればもっと楽に戦えるんだが……っと」
死角を意識して投擲されたナイフを避ける。一応そっち専門もいるのね。でも、俺の本能には叶わなかったな。
いやごめんなさい調子こきました。本能なんてそんな大層なものなんかありません。一応気配感知は使えるが、反応しなかったし完全にまぐれで避けました。これは本当に運が良かったよ。
「あぶねっ、マジで油断できねぇなぁぁああ!!」
とりあえず驚いたことは隠すように怒鳴って大鎌をもう一度薙ぐ。すると、何かを殴った感触がした。その何かが吹っ飛んだ先を見ると、それは人間だった。装いからしてさっきナイフを投擲してきたヤツで間違いないと思うが、さらにその先を見て俺は思わず「あっ」と声を零してしまう。その先には女の指揮官がいた。
「でも丁度いい!!」
暗殺者を影に指揮官に近付く。そして指揮官に暗殺者が叩き落とされたと同時に折れは彼女の顔面を殴り飛ばした。
「これで二人目!!」
一気に軍の士気は下がり統率が乱れ始める。ここからはもう狂戦士の様に暴れまわっても問題ないだろう。
ただ、殺さないように気を付けないとな。
「さて、これで最後かな」
辺りは死体の山……ではなく気絶した人間の山。魔法使いも弓兵も、槍兵も騎士も、全員殺さずに倒せた。しかし数人は骨に罅が入っていたり、骨が折れているだろう。
「あとは王様の所へ向かうか」
人を踏まないように、逃げ遅れた王の下へと向かう。逃げ遅れたというよりは、腰を抜かしてその場から逃げようにも逃げられない方が描写は正しいか。
「どうも国王陛下。この度は舐めてくれてどうもありがとう」
「な、な、なぜ……」
王の目が泳いでいる。この爺さんは今の状況に対しての理解が追い付いていないようだ。
そこで俺は、王の呟きに答える。
「何故っ? そりゃお前がマサキってやつの力を見抜けなかっただけだろ」
「では何故彼は殺さず彼以外の転生者は殺せた」
「殺さなかったんじゃねぇ、殺せねぇんだ。他の奴らと違ってな」
これ以上は無駄な話はしない方がよさそうだな。お腹空いてきたし早く帰りたい。
「俺はもう帰る。恐らく兵士共は死んではいないだろうが、早めに治さないと死ぬ奴がいるかもな。それと……」
少し溜めてから王の目を見てその続きを言う。
「今回は殺さなかったが次は無い」
言いたいことは言った。そろそろ帰るとしよう。
立ち去ろうとした時、王に呼び止まれた。
「待て」
「……腹が空いてんだ、手短に頼むよ」
「何故……何故我が国の転生者を殺した……」
なんだ、そのことか。俺は振り向いて簡潔に答えた。
「私怨と嫉妬だ」
たかがそれだけで、と言いたげな表情。それはそれに少しムカついてしまった。
「言っておくがお前のところ以外の国も全部潰してる。それだけ俺はあいつらを妬んでるんだぜ? まぁ、気に喰わないと思ったこともあったけどな」
簡潔に答えるつもりだったが、教えなくてもいいことを言ってしまった。もうこれ以上ここに居ない方が言い。ここにいると更に感情的になって、折角奪わなかった命までをも奪いそうになる。
再び背を向けて去ろうとするが、後方からスカウトが来る。どこまで俺をイラつかせたいんだ。
あいつらみたいに俺も好き勝手にやらせてもらう。王の声を無視して俺はその場を離れた。
「殺さないでくれてありがとう」
「甘ちゃんだな。ま、王が死んだら俺の住む街も死ぬから我慢してやった」
「それでも、ありがとう」
マサキが隣で礼を言って来る。しかし俺はその顔を見ない。今見ると、恐らく俺は……うん、悔しいけれど堕ちる。
興奮状態から冷めて初めて分かった。気の迷いであって欲しいが、それを否定するかのように、マサキの感謝の言葉に喜んでいる自分がいる。
「それはこっちのセリフだ。なんか少し救われた」
歩みを止めて下を向く。そして意を決して俺は彼の名前を口にした。
「ありがとな、マサキ」
やっと名前を呼んでもらえたね、マサキくん